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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第11話

 マナは頭の回転の早い子らしく、もううしろから飛び降りている。
 おれは自転車をおりて雄叫びをあげつつ、犬もランドセルものせたままの自転車をかつぎ、ブロックふたつ分の高さを乗りこえさせる。引きこもりが大量発生している終末の世界で、毎日バイトに出かけていたという程度だが運動していてよかった。
 どうにか、乗り越える。
 がしゃんと音がして、ブロック塀のむこうに着地。
 おれは大きくももをあげて、自転車にまたがった。
 マナはジャンプして越えようとしているようだが、微妙な高さで自信がないらしく不安がっている。立ち止まっている彼女の両脇のしたに手を入れて、彼女を持ちあげて、ブロック塀を越えさせる。
「よし!」
 おれは汗だく。マナは自転車より重かった。
「マナ、はやく」
 ワンワン、と前かごの犬。せかすように鳴く。
 マナもうしろに乗った。
 やつらは――と見ると、
 うわ!
 どんどん迫ってきやがる!
 こっちが急いで逃げようとしていることに気づいて走ってくる。
 海パンとスーツの群れ。
 かなりシュールな光景だ。
 おれは立ちこぎ。
 ぐらりと自転車が揺れ、マナは両手でおれの持ちあがった腰を必死につかむ。なんだかこそばゆいが、いまはそんなこと気にしてる場合じゃない!
 ぐらり、と不安になるほど、力を入れた足のほうに自転車が傾く。横に倒れるかと思う瞬間、逆の足に力を入れて回転。ゆっくり……本当にゆっくりに思えるほど自転車の車輪が回り始めた。
「よし!」
 自転車は一度スピードがあがり始めると、おもしろいように速くなりだした。
 うしろを見ると、やつらは走って追いかけようとしていたところで、にやついていた表情がにわかに必死そうな表情に変わり、そのギャップがおもしろかった。
 おしとやかなマナにしてはめずらしく、彼女はあかんべーをしたらしい。手の動きと「べー」という声でわかる。
 おれは、恐怖と安全と目まぐるしく状況が変わったせいでテンションがおかしくなって、大声で笑った。
「あはははは!」
 マナもそんなおれを見て笑い声をあげる。きゃっきゃっと、うしろで跳ねている。
 そんなおれたちを見て、心底悔しそうな顔をしたチンピラ(外見は普通の大学生やサラリーマン)たちの顔が、どんどんと遠ざかっていった。

   *

 おれたちはその日、海沿いにあるレストランで宿泊した。
 もちろん宿泊施設ではない。
 OPENという表示が出ていたので、わずかな期待を胸に入ったのだが、店員も客も誰もいなかった。おれたちは、もしかしたら店員か店のオーナーが帰ってくるかと思って待っていたのだが、結局、誰も帰ってこなかった。
 そういえば、おれのバイト先のレンタルビデオ屋も別にシャッターをおろしたり、閉店の表示を出したり、臨時休業の張り紙をはったりもしなかったなと思いいたる。
 あと半月、正確には、ええっと残り何日だ? 今日を含めて残り十五日か。それで世界は終わる。地球は終わるのだ。
 いちおう一泊の宿泊代として十分な額を、マナのお金から置くことにした。
「時給一万円だけど、これって経費は別だよね?」
 おれは、おれがつくったイタリアンスパゲティーをつっついているマナにたずねた。
「経費?」
「そう、経費」
「そうですね。別でいいです」
 マナの許可も頂いたので、宿泊料金と食料を拝借した代金として、一万円札を三枚おいておく。レジの横に。
 レジスターは開いたままで、札は一枚もない。盗まれたのか、オーナーが持ちだしたのか、それはわからない。
 レストランと住居がいっしょになっているため、風呂もあった。相変わらずお湯が出るのでシャワーを浴びる。感謝感激。
 住居区画にはベッドもあったのだが、なんとなく他人のベッドをかってに使うのは気がひけて、おれとマナは大きな長椅子ふうのソファーふたつを移動させてくっつけ、即席のベッドとした。
 おれとマナとテツは並んで横になった。
 なんだか、おれたち以外誰もいないんじゃないかと思えるほど、波音しか聞こえないこの場所は寂しげだった。
 単純に、レストランは寝室にするには、天井が高すぎて広すぎたせいかもしれない。
「これで、今日も、終わりですね」
 マナがおれのわきのしたで、犬を抱えたままいう。
「そうだな」
 彼女が一語一語区切るようにいった気持ちが、痛いほどわかる。
 今日も終わった。明日も終わる。それをあと、ほんの十数回繰り返すだけで、すべてが終わる。
「あたりまえのように朝日が地平線にのぼって地上を照らすことも、もうなくなるんだよなあ」
 思っただけのつもりだったが、そう口に出ていた。
「そうですね。……わたし、まだ十一歳ですから、いろいろとしたいことがありました」
「へえー、おれとは違うな」
「お兄さんはないんですか? したいこと」
「前にもいったけど、ないな。まったくない」
 片腕はマナに腕枕をしているので、おれはもう片方の手で頭をかき、その手を天井に向かって伸ばした。
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