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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第10話

「ま、確かにこのほうがいいか。――あ、そうだ、マナ」
「なんですか?」
「もしものときは、うしろに乗って。おれが急いでこぐから」
「武装集団に襲われたときですね」
「そういうこと。……襲われないにこしたことはないけど」
 過去に、何度か武装集団と遠くですれ違うことはあった。
 離れていたためか、いかにも金がなさそうな男だったからか、無視されて、襲われた経験はない。
 とはいえ、マナはかなりかわいいし、犬もピンクのランドセルもひどく目立つ。もしかしたらああいうやつらの気にさわる(もしくは気に入られる)こともあるかもしれない。
「道はどうするんですか?」
「海岸沿いにしようと思う」
「海岸沿い?」
 マナが自転車をはさんで反対側を歩きながらたずねてくる。
 前方に赤信号。おれとマナは示しあわせたように止まる。どちらともなく、ふふふという感じで含み笑い。
「誰も信号で止まってませんねえ」
「まあここは〝空白地帯〟だし」
「空白地帯?」
 おれは空白地帯の定義を説明した。
「おもしろい表現ですね。……確かに空白地帯で車一台通りませんね」
 おれは、前方に陽光を浴びて輝く銀色の蜘蛛の糸のような細いワイヤーを見つけた。かなり離れているが、光の加減でときおりキラリと光る。水中の魚鱗のように。
「あれ。ワイヤートラップだ」
「……あ、本当ですね」
 おれたちの目はそのトラップに釘づけになる。
 自動車が走っていた頃なら無意味。ワイヤーのほうがちぎれたことだろう。だが、バイクくらいしかエンジンで走る乗り物が使えないいま、あのワイヤーでちぎれるのは人間の首のほうだ。
「……なんで、あんなものを仕かけるんでしょうね」
 マナはいらだったようにいう。
「……まあ、なんとなくわかるけど」
「そうですか?」
「まあね」
 おれはため息を吐く。
「きっと自分がすっごく不幸――なにせあと二週間くらいで死んじゃうんだからさ――さらに不幸な人間をつくりたいんだよ」
「お兄さんもそうなんですか?」
「いや。おれはそういうのはないな。――というか無気力で無関心ないまどきの若者だからね」
 おれは気のない返事を返す。
「あ。そうだ」
 おれが声をあげると、マナが聞いてきた。
「なんです?」
「マナのさっきの質問。なんで海岸沿いなのか答えてなかったろ?」
「そういえば……」
「海岸はさ、片方が海だからワイヤートラップが仕かけづらいんだよ。片方は標識なり、電柱なりに結べるけどさ」
「安全性が高いってことですね」
「そういうこと。……もちろんこうして自転車を押して歩いていれば、よっぽどうっかりしていない限りワイヤートラップには気づくけどね」
 信号が変わった。おれとマナは歩きだす。自転車のかごの犬はあいかわらず前方ばっか見ている。
 やがて、海沿いの道に出た。


「わー! 早い早い!」
 マナが自転車のうしろで歓声をあげる。自転車は快調。いまはゆるやかな下り坂。海沿いの道に満ちた潮のかおりを切りさくように、おれたちは走り抜ける。
 どう考えてもワイヤートラップを仕かけられない立地なので気が楽だ。
 マナはしっかりとおれの腹に片手をまわしつつも、もう片方を元気よくうえに突きだしてはしゃいでいるらしい。
 犬も現金なもので、マナが大喜びしていると嬉しいらしく、めずらしくワンワンと吠えていた。しっぽの先端がピンクのランドセルからかすかにのぞいて揺れている。
「なんだ……あれ」
 おれは前方のブロックを見た。
 ブロック。コンクリ製の四角い、塀などに使われるあれが、二段ほど積みあげて、道をあきらかに封鎖している。
 といっても高さはそれほどではないので、その向こうも見えた。
 まっすぐな道が普通に続いている。
「あれは、なんですか?」
 心なしかテンション高めのマナが聞いてくる。
「さあ?」
 おれは首をかしげる。
 どう見ても、ここを通る人間を邪魔する意図しか感じられない。もしかしたらこの先で大きな事故でもあって危険だから封鎖しているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
 おれたちが海岸沿いの道で立ち往生している姿は、浜辺から見えたのだろう。
 うかつだった、というべきだ。
「おい、獲物が網にかかったぜ」
「なあに持ってっかなあ?」
 若い男たち数人の話し声が近づいてくる。
 見ると、この堤防にのぼるためのコンクリの階段に向けて歩く、海パン姿などの男たちが数人いた。
 どうやら――ワイヤートラップの別バージョンらしい。ここで一時的に足止めするあいだに囲んでしまおうということだろう。確かに海岸沿いはワイヤーをくくるものがなくてトラップが仕かけにくいが、バイクや自転車を止めるなら、このブロック塀程度で十分だろう。
「マナ!」
 おれは叫ぶ。
 群がってくる男たちは、どう見ても好意的とは思えない嫌な笑みをはりつけている。
 っていうか、よく見るとサラリーマン――元サラリーマンというべきだろうが、スーツ姿の男まで混じっている。あまりにも違和感なくこの無法者の集団に混じっていたのですぐに気づかなかった。もう普通のサラリーマンとか、普通の大学生などという言葉は通用しない。
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