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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第9話

 中には微妙に動く渋滞もなくはなかったのだが、そういうところでも無責任に車を乗り捨てて荷物だけ持って歩いてどこかへ逃げる人まで出て、車がいたるところにとまって邪魔になっている。というわけで車は論外。
 例外的なのはバイク。
 バイクならば車と車のすき間をぬって走れるし、かなりの速度も出る。
 だが――。
「バイクは危険だよ。〝ワイヤートラップ〟がはやってる」
 もともとの用語のワイヤートラップがどういうものかは知らないが、ここでいうワイヤートラップとは、ちょうどバイクの運転手の首がくるような辺りに、釣り糸やワイヤーなど細いひも状のものを、通りを横切るように固定しておく犯罪行為のことだ。たとえば道の両脇に電柱と標識があったなら、その電柱にワイヤーを巻きつけ、標識までひき、そいつに巻きつける。これで〝ワイヤートラップ〟は完成。
 この近所だけではやっているのか、他の場所でもそうなのかは知らないが、少なくともこの辺りでバイクで移動するやつはいない。
 そのワイヤートラップを仕かける連中も、相手を殺す目的、ただの愉快目的、相手を倒して荷物を奪う目的などさまざまだ。
 マナにそのことを説明した。
「しかし、徒歩や自転車だと、武装集団が問題なのではありませんか?」
 マナがたずねてくる。
 武装集団は呼んで字のごとく。武装した法律を守らない不良集団――なのだが、いまの世の中不良じゃなくても法律などまったく守っていない。徒歩や自転車だとそいつらに襲われる危険は確かにあった。
「けど消去法でいくと、危険を察知しやすい徒歩や自転車――自転車はこがずに荷物をのせて押していくだけでもいいけど――が一番だと思う」
「車ダメ、電車ダメ。バイクもダメ。……なるほど、確かにそうですね」
 マナはうなずいた。
「料理が冷めるといけないし、先に食べようか」
 食事しながら話すのもいいかと思ったのだが、マナがまったく食事に手をつけないのでそう提案した。食べながらしゃべるような習慣は彼女にはないらしい。
 料理は最後の一口までおいしかった。
 食器を洗うのはおれということにした。ぶっちゃけ食器など放置していってもいいんだ。残りの日数では往復できない。どうせ日本列島が跡形もなくなくなるとわかっているのに、その日本列島のとある県のとある市のとあるボロアパートの食器が洗ってあろうがなかろうが関係ないだろうに、おれは丁寧に洗って布巾でふいた。
 そんなおれを、マナはなにが嬉しいのか丸テーブルのむこうで正座して見ている。ニコニコしながら。
「お兄さんは、自分のことを立派じゃないっていうけど、とても立派だと思います。こういう細かい日常の動作って大事だって思うんです。日常って、こういうことを放置したり、投げだしたり、いつもと違うリズムになったりすることから崩壊していくように思うから」
「難しいことをいうね」
 おれは肩をすくめる。英才教育を受けてきたマナ。それに、もともと聡明。もしかしたらおれより四字熟語とか知ってるかもしれない。小学生に負けるおれ。

   *

「この自転車で移動するんですか?」
 マナは、アパートの駐輪場にあるおれのママチャリを見た。
 シンプルなママチャリ。確か一万円弱で買った安物。ただし、かっこいいマウンテンバイクなどと違って、うしろに人が座れなくもないところがポイントだ。それにかごも大きいのでマナのピンクのランドセルも入る。
「でも寝袋とかどうするんですか? 予定だと十日はかかりますよね?」
「途中で見かけた、人のいない場所を使おう」
 おれはそう提案した。
 人口はいまかなり偏っているし、減ってきている。
 事故死、自殺、犯罪に巻きこまれての死亡。それらが非常に多い。ざっくり考えても、軽く一割。一千万人以上は死んでいると思われる。
 さらには各地にある空港や米軍基地などに群がる人々。彼らはその周囲で野宿して飛行機に乗せてもらえるように頼みこんでいる。各地の港も同様。海外に行けるような船のあるところでも、大金の入ったバックを死守しながら、乗せてくれる船を探す人がたくさんいる。
 なので、空いている住宅やアパートなどはたくさんあるはずだった。ホテルや旅館のたぐいもたいてい無人で入りたい放題なのだ。いちおうポリシーなのでお金は置いていくし、個人住宅でなく、宿泊施設を利用するつもりだが。そう説明すると、彼女も賛成してくれた。
「そうですね。荷物は少ないほうがいいですし」
 おれは自転車を押して、マナと歩きだした。テツという犬は、とことこと短い足で歩いてくる。足はマナよりテツのほうが遅いくらい。
「この移動速度だと予定より遅れるかな」
「じゃあ、テツはかごにいれていいですか?」
「でも、ランドセルが……」
 マナはランドセルのふたをあけ、その中に子犬をいれた。
 ちょうど首を出したふさふさした茶色い犬は、かってに走る自転車(おれが手で押している)で前髪?を揺らして快適そうだ。つぶらな黒い目で前方を見つめている。
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