ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
目次

第8話

 人間は繰り返すんだと思う。あやまちを、ミスを、失敗を。
 おれは〝達成できない〟という失敗を繰り返し続けてきた。たぶんそれがおれの本質。
 だから、あの少女・相澤マナを守るという依頼と、この日記を書いて、母と姉に手渡すというふたつの目標を達成しようと思う。このふたつの目標は互いに関連している。おれが離れ離れになった家族のもとにたどり着けるなら、マナも無事だろう。だからある意味では、この日記をおれの母と姉に届けること。それこそが目的といえるかもしれない。

 おれは日記の最初にそう書いた。
 ひどい文。
 けど、まあ、マナのいうとおり日記にしてよかったと思う。でなければ、そもそも一行目さえも書けずに終わっていただろう。
 なんとなく、いい感じに睡魔がおそってきて、おれは目を閉じた。
 おやすみ、マナ。

   *

 まだ外が暗い時分から、ごそごそと音がした。
 おれが薄目を開けると壁のような四角い影。
 驚いて目をこらすと、それはかけ布団を広げたマナだった。
「くしゅん」
 おれは思わずくしゃみした。
 視線だけで自分の体を見ると、のせていたはずの衣類が、すべて落ちてしまっている。布団のようにはいかなかったらしい。
「風邪を引いたら、目標が達成できませんよ、お兄さん」
 マナはおれが起きているとは思ってないらしいが、そう話しかけてきた。ひとりごとらしい。彼女は布団をそっとかけてくれた。
「お兄さんは〝達成できない〟ことを悩んでらしたけど、きっと人って、達成できるんだって思います。そりゃあ、たとえばわたしが気づかなくて、お兄さんが翌朝風邪をひいていて、三日も寝込めば、日程がぎりぎりでしたから、地球滅亡前にママとお姉さんに会うっていう目標は実行できてなかったかもしれません。でも、わたしがいます。テツもいます。……わたしも、家出なんて初めてでした。でも、テツが捨てられる。テツは死んじゃうんだ、わたしは生きれても。そう思ったらいてもたってもいられなくなって、家出できました。どんなに辛いおけいこごとでも毎日行きました。パパに逆らいませんでした、逆らえませんでした。けど、テツのためならがんばれました。……人はきっと、ひとりじゃ強くは生きられないんです。生きていくだけなら、ひとりでもできますけど」
 そういって、彼女はおれの布団にもぐりこんできた。いや、正確にはじゃんけんの勝者である彼女の布団だが。
 彼女の体温と布団の暖かさで、おれの体は温かくなる。水ばなが出そうだった状態が、じょじょに回復。
「これで、たぶん風邪はひかないと思います。……わたしもテツも温かいです」
 おれと犬っころとマナ。
 三人で川の字になって寝た。

   *

 翌朝目覚めると、彼女はすでに起きていた。
「あ。お兄さん、起きましたね?」
 通路が台所というせまいアパートの一室で、小学生の少女が料理をつくっている。
「いまハムエッグとサラダをつくってますから、待っててくださいね。温かいご飯もありますから」
 彼女はどうやら、おれの部屋の食材を使って料理をしてくれているらしい。おれの体にはかけ布団。なるほど。これだと彼女が先に起きて、おれにかけ布団をかけただけのように見える。よく気のまわる子だ。
 さいわい彼女の気づかいのおかげもあって、風邪はひいていなかった。確かに彼女がいなければ、一日目にして挫折していたかもしれない。いや、そもそも彼女がいなければ、かけ布団もあるから問題なかったのか? いーや、そもそものそもそも、彼女がいなければ目標が立てられなかったわけで。いや、そもそも、がいくつも続きそうになる。
「はーい、できましたよ」
 制服姿にエプロンで、料理を運んでくる。
 おれも皿を並べるのを手伝う。食器の大きさも色もばらばら。基本ひとり分しか置いてなかったからだ。
 丸テーブルに向かい合って座る。
「いただきます」
 マナがそういったので、おれもいつもはいわない台詞をいった。なぜ誰かと顔を合わせて、いただきます、というのはこんなに気恥ずかしいんだろう?
 とろりと、黄身が溶けそうなハムエッグをご飯のうえにのせて、おれはご飯といっしょにかっこんだ。
「――うん。うまい」
「そんな……ハムエッグなんて、誰がつくっても変わりませんよ」
「この半熟具合といい、しょうゆとマヨネーズのコラボレーションといい、最高だ」
 がらにもなくおれは褒めちぎる。
 マナは落ち着いた彼女らしくもなく照れていた。
 なんだか、こんなにほんわかした朝は初めてだった。あの終末確定以前も以後も。
「ところで、お兄さんはどうやって移動するつもりなんですか?」
「……それは、わりともう決めてるんだ。基本、自転車と徒歩だと思う」
「バイクは乗れないんですか?」
「それは、危険だと思う」
 お互いに、電車、バス、タクシーなどの交通機関は論外だとわかっている。あの〝空白地帯〟が存在するように、事故が重なりすぎて、車が通り抜けられない道がたくさんあるのだ。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。