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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第7話

「うまくいえないけどさ」
 おれはごろんと仰向けになる。ひじを崩し、両手をお腹の上において天井を見あげた。言葉をさがす。
「うまくいえないけどさあ、おれがいまここにいるのは、両親のおかげだろ?」
「ええ、そうですよね」
 姿は見えず、声だけが横から聞こえてくる。
「だからさ、始まりがあって終わりがある。そしていま終わりを実感してる。だから始まりに対して感謝したいというか」
「ふ、ふふふ……」
 少女が大人びた笑い方をした。
「お兄さん、おもしろいですね」
「そうか?」
「わたし、移動の休憩中、ネットでいろいろなマンガを読んでいたんですが、お兄さんみたいな人は、ナンセンスなギャグマンガにも登場してませんでしたよ。突飛というかなんというか」
 別にギャグではないのだが。そういいたくなったがこらえる。
「そういう気持ちって、わからないかなあ。……姉にもさ、べつに別れたあと会ったこともないし、あげくに思い出っていっても、ぼやけてて、よくあるドラマのエピソードふうなのはひとつも浮かばないんだ。つないだ手のぬくもりとか、逆光になってて顔は見えないけど笑ってるとか、みたいな。……はっきりいってなんにもない。けど、それでも、そんな細い縁みたいなものにも感謝したくなるっていうかさ。……ほら、さっき食ったカップ麺にしても、おれたちの顔の知らない人達ががんばってるから、ああやって温めて食べれたわけだし」
「……なるほど。お兄さんはいい人ですね」
 おれは褒められているのかけなされているのかわからないが、一応うなずいておいた。
「じゃあ、目標――それにしません? 終末まで、地球上の人類が死滅するまでの半月間の目標です」
「え?」
「お兄さんのママとお姉さんに、お礼をいうんです。どちらにおられるかわかってるんですか?」
「ああ。まあ、自宅の住所くらいなら」
「ここから遠いですか?」
「うーん、以前なら日帰りできたけど、いまじゃ……」
「ああ。公共交通機関も全滅ですもんね」
「そういうこと」
 電車もバスもダメ。というか、道のいたるところで事故が起きている。線路にしても踏切で止まった車などがあちこちにあって、もう電車が走ることなど不可能。
 一番信頼のおける移動手段は徒歩かもしれない。次に自転車、その次がバイクといったところか。まあ徒歩は徒歩で襲われやすく、逃げにくいという弱点もあるが。
 おれは彼女に母と姉の住所を教えた。
「終末までに間に合そうですね」
「まあ、きみとふたりで歩いても、おそらく間に合うだろうね」
「じゃあ、行きませんか?」
「いや。おれ、そういうの口でいうのは苦手で」
「じゃあ、手紙で」
「それも苦手だよ。……っていうか、口でいうのも、手紙もあまり変わらないと思うけど」
「じゃあ――」
 少女は真剣な表情でちょっと黙りこみ、いいアイデアが浮かんだらしくほほえみ、提案してきた。

「日記は、どうですか?」

「日記?」
「そう、日記です。……今日のこと、わたしとの出会いからさきほどの感謝まで。そして会いに行くまでの旅も日記に書くんです。そうすれば、自然とお兄さんの感謝も伝えることができますし、また、そこまでして会いに行ったということから、どれくらいその気持ちが本物かというのもわかると思うんです」
「……確かに直接いったり、手紙を書くよりはいいかな。日記を手渡すってのも変だけど」
「変じゃないです。すてきなことですよ!」
 少女の声に背中を押されて、おれは日記を書くことにした。


 彼女は、愛犬テツを捨てさせようとする父親のもとから家出してから一日半ほど経っていたらしい。そのため熱いシャワーを浴びられることをたいそう喜んでいた。
 おれは先にシャワーを浴び(家主だから先が当然だと彼女に説得された)、寝床に横になった。
 結局、寒い季節ということもあって、ベッドと布団をじゃんけんし、勝ったほうが好きなほうを選べることにした。ちなみに彼女は布団。おれは負けたので残ったベッド。敷き布団のうえに、大量の衣類をおくことで布団代わりにする。逆に、彼女は敷き布団代わりに厚手の衣類を敷くことにした。
 ユニットバスのドアが開く音がした。
 湯気とともに、彼女が姿をあらわす。
 着替えも用意していたらしく、かわいらしいトレーナータイプの寝間着に着替えている。
「シャワーありがとうございました」
「いや。別にたいしたことじゃないさ。明日は出発だし、もう寝よう」
「はい」
 彼女は素直に返事をして、髪をふいてから、寝床に入った。
 おれはベッドの横においてある卓上ランプをつけた。
 その明かりで日記を書くことにする。母と姉に会ったら渡す予定の例の日記。そのまず一ページ目の一行目。
 ……気張って考えると、かえってなにも浮かばなくなってきた。
 三分も考えれば、日頃レジ打ちくらいしか頭を使っていないので、もう知恵熱のような状態になる。
 そもそも、とおれは思った。カッコをつける必要、見栄を張る必要はあるのだろうか? そりゃあ、久しぶりに会う家族に見栄を張りたい気持ちはある。けれど、予定どおりの日程で着けば、たぶん余裕は一日二日程度しかない。そして二十四時間だが四十八時間だか過ぎれば人類は滅亡。
 そんなふうに考えていると、ちょっと力が抜けた。自然とペンが紙に向かう。
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