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白鶴報恩奇譚

原作: ジョジョの奇妙な冒険 作者: ロコモコ
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拾捌羽

「俺だって、せっかくの逢瀬を邪魔したくはないんスよ? でも、ねぇ。ほら、縫ったばかりの傷が裂けちゃマズいじゃないッスか。『仕方無く』ッスよ、『仕方無く』!」
「とか言って、本当は二人が媾(まぐわ)っている所を覗きたかっただけなんじゃないのかい? これだから童貞は嫌だよなぁ」
「ちっ、違ぇーしっ! アンタねぇ、ちっとは嫌み以外の事も言えないんスかぁっ?」
「ふーん、否定するのか。君の行動は全て僕には筒抜けているというのに、僕に向かって『嘘』をねぇ。ふーん」
「んがあぁコイツ本気で面倒臭ぇーッ!」

 『童貞』とは、と純粋な眼差しで質問をしてくる娘に対し、人である父は深い溜め息を吐き、同族の父は「自分達には関係無い言葉だ」と苦笑しつつ誤魔化した。
 二人は『優秀な医師』の治療の甲斐もあり、瞬く間に回復した。その翌日には、若者は悪人共を捕らえた領主、身体を治してくれた医師、娘の面倒を見てくれた絵付け師に深々と頭を下げ、心からの感謝と己の『全て』を彼等に語った。
 心優しい人間達は静かに若者の言葉に耳を傾けていたが、しかしその時、男の祖父は若者ではなく孫に一つほど問い質す。

「湖に帰る事が……彼等の最善だとしよう。それで承太郎、お前は幸せなのか?」

 暫く黙っていた男は、一言だけ、「その時が来れば」と祖父に答えた。
 誰もが、若者と娘が湖に戻る事を惜しんだ。しかし男が引き止めない限り留まる事は出来ないと若者が述べてしまえば、男が黙っている限り、誰の言葉も意味を成さない。
 心から『彼等』を愛する男と、彼に従順な若者は、誰よりも理に従っているつもりだった。

「本当に?」

 借りた寝間着を井戸の側で洗う若者に、背後から声が掛けられる。若者の傍で洗濯の様子を見ていた娘が顔を明るくさせて立ち上がると、彼女は声の主の元へと嬉しそうに駆け寄っていく。
 若者は、腰を下ろしたまま後ろを振り返った。

「……岸辺さん」
「露伴、で構わないよ『花京院』君」
「あの……僕に、用でしょうか?」
「そう、どうしても君に言いたい事がある。僕は一つ納得できない事があってね」

 男と若者、娘の三人は近日には湖の畔の家へ帰る事になっている。この家の者達は先日の一件で奉行元へ出向いているが、被害者と言えどそう易々と人目に晒される訳にはいかない若者は、屋敷に残って娘と共に家の仕事をこなしている最中だった。
 本日の仕事は終わらせている、と自称して屋敷に出向いていた絵付け師の店主は、足元に擦り寄る彼女を抱き上げて若者に近付く。

「可愛い娘さんじゃないか。実子でなくとも、二人して可愛がってあげてるんだろ?」

 痩せた腕に抱かれた『娘』は、生え替わり始めた羽根を大人しく撫でられている。若者が知らぬ間に余程仲良くなったのか、店主も手慣れた様子でその背に掌を滑らせると、彼女をそっと地面へ降ろす。
 娘は再び『父』の元へ駆け出すと、姿を変えて洗濯板の前に座った。

「……それが、何か?」

 若者は、この店主を少し苦手に思う。彼に危険は無いと判ってはいても、どうも探るような目付きが慣れない。身を隠して人に触れ合わないよう過ごしてきただけに、たとえ同じ姿をしていても、気分は落ち着かず胸がざわついてしまう。
 娘が一生懸命に布の汚れを落とそうと頑張る様子を見届けながら、若者は歩み寄ってくる店主に視線を移して立ち上がった。

「貴方には感謝しています。娘の正体を知りながら、それでも他言せず護り通して下さった」
「礼には及ばないさ。僕としても面白いモノを見せてもらったし、賢い子供は嫌いじゃない」
「……貴方の言いたい事は、何となくですが分かります。ですが、見目は同じでも我々は『貴方がた』とは違う。この子に飲ませた『呪術』が切れれば、徐倫も人に姿を変える事はなくなるでしょう」
「やっぱりね。その子を人間に変身させたのは君だったか」

 若者は、再び娘を見下ろして眉間に皺を寄せる。
 幼い同族を護るため、彼は敵が家に乱入した際、己の指に歯を立てて娘に舐めさせた。幼くとも人の姿をしていれば、見つかってもすぐには殺されないだろう……そう踏んだ若者の機転により、『湖の祝詞』が掛けられた血は瞬く間に『娘』を幼女に変えた。声を出さないよう合図した若者は葛籠の蓋を閉めると人間達に対峙、『仲間』が連れ去られる音のみを聞いていた彼女は、さぞかし恐ろしい思いをした事だろう。
 人となりて生きる事は、決して簡単なものではない。仲間の事すら知らない優しい彼女が、人の郷で生きていくには余りにも酷で危険過ぎる。

「僕としても、今回の件で身に染みて理解したんです。たとえ今、承太郎達が『火消し』に行ったのだとしても……貴方がたを信用しない訳ではないけれど、正体が知られた以上、此方の世界に身を置く事は出来ない」

 先日にした話を繰り返した若者に、店主は呆れたように鼻で嗤った。

「君の主人が何考えてるかは知らないけど、君達『鶴』は、自分の感情を大事にしたりはしないのかい? まぁ、『鶴』だから逆に従順なのだろうがね」
「……どういう、事でしょうか」
「そのままの意味さ。君の異様なまでの危機回避願望は論理的で嫌いじゃないが、その『願望』は君の『使命感』であって『気持ち』じゃあない。よく考えてもみろ、寧ろ感じるべきだ」
「……言っている意味が、よく分からないのですが」

 若者は首を傾げる。「出来た」と立ち上がった娘の頭を撫で、洗濯桶の中の水を木の根本に捨てた。彼が空になった桶に洗った洗濯物を入れて娘に渡すと、彼女は干し場へ向けて元気良く駆けて行く。
 背を向けたままの相手に、店主は「まったく」と首を振った。

「じゃあ分かりやすく教えてやるよ。君自身はどうしたいんだ、『花京院』君?」
「……『どうしたい』?」
「確かに人間は、『君達』よりもずっと醜く残酷な生き物だ。だが、君が信じた男がそんな人間ではない事も、君なら分かる筈だろう。それでも君はその『湖』とやらに帰りたいのか? 自分の育った群れの中へ戻りたいのか? 愛する男から娘も自分自身も奪い去って、君は人間の元から逃げていきたいのか?」
「……僕は……」

 店主の繰り出した質問に、若者は何一つ答えられず言葉を詰まらせた。そうしなければならない、という思いはあるのに、店主の質問に対しては全てに否定の答えが若者の頭に浮かぶ。
 己がどうしたいのか。己は、どうしたいのか。
 考えた事もなかった疑問に、若者は動く事さえ忘れて目を見開いた。

「受けた恩は返さなければ。でも正体がバレたから去らなければ。この二つの矛盾が『君』は理解出来るかい?」
「矛盾……?」
「君は受けた恩を返したかった。だから人間になった。頭を下げて『家に置いてくれ』と頼んだのも、彼の役に立ちたいという君の強い使命感からだ。だが、今はどうだ? 正体がバレて去らなければならないとしても、君はもう『使命感』だけでは動けない。今まで通り、君達三人で、あの家で暮らしたいのが君の本音だろうからな」
「わからない……わからない! 貴方は僕にどうしろと……っ?」
「自分の為に生きても罰は当たらない、って事さ。必ずしも、君の『使命感』が彼の幸せとは限らない。君の正体を知った彼は、少しでも君を『迷惑だ』と言ったのかい?」

 若者は言葉を詰まらせ、俯いてしまう。返事の無い若者に背を向け、店主は歩いてきた道を戻り始める。

「……もし僕の言葉が間違っていなければ、君の主人に祝言でも申し出てみればいいんじゃあないか? 彼なら、喜んで受けてくれると思うぜ」
「あ、あの」
「何だい、僕はもう用は無いよ」

 呼び止められ、振り返った店主に若者は「何故」と相手に問う。

「どうして、こんな事をわざわざ……?」
「簡単さ、僕は『嘘吐き』が嫌いなんだ。それが無自覚であろうとね」

 後ろでは、なかなか来ない『父』に娘が不思議そうな顔で名を呼んでいる。手を振って歩き去ってしまった店主の背を見つめたまま、若者は呆然と立ち尽くしていた。




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