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白鶴報恩奇譚

原作: ジョジョの奇妙な冒険 作者: ロコモコ
目次

拾漆羽

 ……花京院。

 愛する人の声を聞いた、気がした。
 若者が目を開けると既に夜は明け、外から差し込む陽の光が暖かく身体を照らしている。身体を起こそうと身を捩るが、その瞬間、腹に走った激痛に思わず身体を丸めて悶絶した。
 あれから何が起こったのか。自分は助かったのだろうか。気付くと身体は『人の姿』に戻っており、布団に寝かされた身体には腕や腹など、治療された跡も見受けられる。若者が何とか身体を起こして辺りを見渡すと、そこは、見た事も無い部屋の中だった。
 隣には、距離を置かずして敷かれた一組の布団。その中に横たわる愛しい顔は目を閉じたまま動かず、ただ、頭に巻かれた白い包帯が痛々しく映った。それ以外にも、よく見れば頬や額にも切り傷に血が滲んでいる。どこか顔色の悪い恋人の頬に恐る恐る手を伸ばすと、指に肌の温かさを感じ、若者はやっと胸を撫で下ろした。
 その時、眠っていた筈の男がその両瞼をゆっくりと持ち上げる。美しい、湖の底の様な瞳が若者の顔を捉えると、頬に触れる冷えた指に己の手を重ね、男は少し腫れた目を眩しそうに細めた。

「……起きたか」

 呟かれた声は少し掠れている。嬉しそうに、しかし力無く微笑む男に若者は少しだけ戸惑うが、隣り合うように再び布団の中へ横になると、男の黒い髪をそっと撫でた。
 心地良さそうに目を閉じる男に、若者は優しく『いつも』の朝の挨拶を掛ける。

「……おはようございます、承太郎。今朝は如何ですか?」
「悪くねぇな……花京院、怪我の具合は?」
「僕は大丈夫ですよ。……君の方こそ、酷い怪我に見える」
「……見た目だけだ。俺のは、掠り傷だぜ」

 それぞれの布団に身体を落ち着かせていても手だけはしっかりと繋ぎ、二人は仰向けに天井を見上げる。時折、互いに起きているかを確かめ合い、首を動かしては相手を見やって小さく笑い声を漏らした。
 二人が目覚める数時間前、誰もが恐れ危惧していた闇売買の商人達が一人残らず引っ捕らえられた。『鶴』の術後すぐ、酷い失血にいち早く気付いた弟によって男は迅速な処置と治療を行われ、何とか一命を取り留めるに至った。彼等の娘を預かっていた絵付け師の店主が事情を知ったのはその後であり、血で汚れた割烹着姿の弟が顔を見せるや否や、店主は心配も相まって、男の弟へ散々嫌みと文句を並べ立てていた。
 しかし、結局は店主自ら領主の屋敷へ出向いて明け方に戻ってきた領長に現状況を申告、全ての事情を聞いた領長はすぐさま敵方の一斉検挙を決行し、一世一代の大捕物は此にて大成功を治めたのだった。
 直後に行われた家宅捜索では、違法売買の証拠の他に、地下に打ち捨てられていた『彼等』の亡骸も全て発見された。
 容態の安定した二人は屋敷へと移され、皆も各々に朝を迎えて今に至る。大方痛みにも慣れてきた頃、男は若者の手を引いて「こっちへ来ないか」と誘いを掛けた。

「でも、怪我は……?」
「別に心配はないが、此方から動くのはまだ少し億劫でな」
「やっぱり酷いんじゃないですか。ただでさえ『君達』は『僕等』より治りが遅いんだ、安静にしていた方が身体の為ですよ」
「だが、お前が来てくれれば傷も早く治るかも知れねぇぜ」
「……また、そんな適当な事言って」
「無理なら構わねぇよ。お前も痛みがあるなら、大人しく寝てた方がいいしな」

 『自分』は手だけでも満足している、と不敵に笑った男に対し、挑発を感じた若者は身体を転がすように布団の中を移動し始めた。丁度一回転したところで背中から男の腕の中へと収まり、男も抱き込む形で若者を優しく捕らえる。しかし何処か傷に障ったのか、若者は微かに男が呻く声を聞いた。
 謝ろうと若者も咄嗟に顔を持ち上げるが、急に動いた衝撃で今度は彼が呻く事になる。
 お互い、満身創痍だ。男は思わず笑い声を漏らした。

「……やれやれ、無茶しやがって」
「くっ……お互い様でしょう。来いと言ったのは承太郎だ」
「しかし残念だな。この様じゃあ『何にも』出来ねぇぜ」
「……そう焦らずとも、『治ってから』でも遅くはないよ」

 男は後ろから若者の首に顔を埋め、色香にも似た甘い温度を己の肌に感じ取る。その優しい感触に少しだけ身を捩った若者は、笑んだ声で「駄目ですよ」と制止の声を掛けた。男の手を取り、指を絡める事で若者は相手を窘めるが、しかし逆に項へと口付けられ、身を強張らせると同時に甘い声を漏らす。

「……承太郎ってば」

 名を呼んで叱るも、男は「大目に見ろ」と若者をそっと抱き締めた。

「お前が、『花京院』が生きているという事を、この手でちゃんと確かめたい」

 今、すぐに。
 その声に、先程までの笑みは無い。何処か憔悴と安堵が入り交じる感情は若者にそれ以上の言葉を許さず、ただ、その温もりに寄り添う事で男の優しさに答えた。

「……また、『僕』を見つけてくれたんですね」
「当たり前だ。……何度でも、何度でも見つけてやる」

 髪に感じる少年の甘い香りに顔を寄せ、男はその腕に力を込める。
 今なら、何故彼が男の絵を『哀しい』と言ったのかも理解できる気がした。護れた筈の命でも、失ったものが還ってくる事は二度とない。己の手で灰にした『親子』は決して戻らず、彼等の魂が男に見える訳でもない。しかし今、確かに腕の中に捕らえた温もりは紛れもなく真実であり、失いかけた事に恐怖をぶり返しつつも、宝を取り返した歓喜に心は踊る。
 男は、己の絵が嫌いだった。見たままを写し取っても、どれだけ『彼等』を絵に閉じ込めても、非力な己が『彼等』の美を描ける筈が無いと思っていた。
 こうして今、愛する者の『全て』を抱き締めるまでは。

「……やっと護れたんだ。今度こそ、ちゃんと俺の手で」
「……でも、僕を助けるために、そんな怪我まで負って」
「今ここでお前が生きているなら、俺はそれでいい」

 振り向き、優しく細められた夕暮れ色の瞳が静かに揺れた。

「……とんだ物好きも居るんだね。人間のくせに」
「お前こそ。自分がとんだ物好きだって事忘れてんじゃねぇぜ、鳥」

 相手の眼に己の姿を見たその瞬間、互いの唇が音も無く触れ合った。その細い身体を男が優しく組み敷き、深く重なった舌が若者の首筋を這う。
 そんな、甘い時の中に二人が潜ろうとした頃。

「はい、止め――――――っ!」
「やめぇ――――――っ!」

 唐突に響いた青年と幼女の声に、二人は思わず吹き出して笑った。





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