ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

白鶴報恩奇譚

原作: ジョジョの奇妙な冒険 作者: ロコモコ
目次

拾久羽 最終

「お世話になりました」

 深々と頭を下げる若者に、屋敷の主は肩に手を乗せ「止しなさい」と苦笑する。
 一世一代の大捕物から一週間。『担当医』が唸るほどの驚異的な回復力を見せた二人は、備品や戴き物で大きくなってしまった荷を引き車に乗せ、男の家族に見送られながら屋敷を後にした。
 荷の中にはある程度の食料と、男の弟から貰った薬や包帯、彼等のために店主が設えた衣類も数点包まれている。元気いっぱいに坂を駆け登っていく娘を苦笑しつつ、台車を引く男とまだ脚の悪い若者も彼女の後に続いて道を歩く。
 時折休憩を挟みつつ、久しい我が家が遠くに見えて娘は翼を羽ばたかせる。まだ飛翔には早い幼毛が揺れ、懸命に声を上げては『早く、早く』と親達を急かした。

「あの子もすっかり食べ盛りですね。夕飯にはまだ早いのに」

 呆れたように微笑む若者を見て、男ははしゃぐ娘に視線を移す。

「……そういえば、昨日の日暮れから『あのまま』だな」
「そう、ですが……」

 少し寂しげな男の声に、若者は思わず息を飲む。
 本来なら、羽根を広げる『あの姿』が『彼女の姿』である筈だ。彼には『全て』を説明してある故に、人に姿を変えられる時間が限られている事も知っているのだが。

「……ただ、『娘』と『会話』が出来なくなるのが惜しくなっただけだ」

 俺も、鶴の言葉が解れば良いんだがな。
 苦笑を浮かべた男の言葉は、若者の心の中に深く突き刺さりながら響いた。

「…………」

 愛する男から『娘』も『自分自身』も奪い去って、君は人間の元から逃げていきたいのか?
 若者の脳裏に、先日に言われたあの店主の言葉が繰り返し流れる。

「脚は大丈夫か?」
「……ええ、もう平気です」

 二人は手分けして荷を降ろし、家の各所へ振り分けて片付けていく。陽も傾きかけた頃には荒らされた箇所も元通りに直し、やっと、彼等は我が家の囲炉裏に火を入れた。
 いつもの日常、いつもの風景が室内に灯る。日暮れには食事を前に二人が手を合わせると幼い『娘』が鳴いて応え、団欒を過ごした後は久々に『三人』で身体を清めた。

「……何だか、あっという間の一週間でしたね」

 脚を引き擦りつつも、湯気の上がる髪を拭いながら若者が苦笑する。「とんだ一週間だった」と溜め息を吐いた男は、腕の中で寝息を立てる娘を葛籠の中へそっと移した。

「もう懲り懲りだぜ、こんな事は。命が幾つあっても足りゃしねぇ」
「まぁ、そうですけど。でも僕は、とても有意義な時間が過ごせたと思いますよ」
「死にかけたのにか」
「確かに、僕も承太郎も酷い目に遭いました。君に出逢っても尚、僕は『全ての人間』が非道残酷な生き物だと思っていた。しかし君の家族達に救われて、やっと、そうではないのだと理解出来た気がするんです」

 若者は男の前に膝を突く。恭しく頭を下げた彼の様子を、男は黙って見つめる。

「……礼なら、言われる筋合いは無ぇぜ」

 愛する『家族』を助けるのは当たり前。そう告げて顔を上げるよう男は言うが、俯いたままの若者は膝上の拳を握り締めて震わせる。
 次に聞こえた少年の声は、微かに震えていた。

「……僕は、承太郎と一緒に居たい」
「……何?」

 若者が顔を上げる。微かに揺れる夕暮れ色の瞳が、偽り無い眼差しで男を捉える。
 『どちら』にもなれなくなった自分が、傍に居る事を許して欲しい。それが禁忌であると理解していても尚、心を潰しそうな程に抑えきれない強い想いが此処にある。
 己が使命すらも霞ませる程のこの想いこそが、あの店主に問われ、諭された若者の考え抜いた『答え』だった。

「僕は君と一緒に生きたい。君に貰った『命』を、君と添い遂げたいんだ」
「……テメェ、どういう意味で言ってるか分かってんのか」

 男は険しい表情を浮かべ、鋭い眼差しを若者に向ける。否定の言葉を想像した若者は一瞬臆したが、歯を食い縛って負けじと男を見つめ返す。

「許されない事だとは分かってる。僕の『我侭』が、君の迷惑になるだろう事も」
「……花京院」
「僕は人じゃない。寧ろ人を憎んでいた。でも君と出逢って、共に過ごして……こうして何度も救ってもらって、それを『当たり前』だと言う君に恩ばかりが増えていって」
「花京院」
「分かっているんだ、僕の様な生き物が、君にこんな想いを抱く事が間違っていると。それでも、僕は、僕は君の事が……っ」

 捲し立てられた声は遮られ、囲炉裏が照らす床の上へ若者は倒れ込む。覆い被さり無理矢理に唇を奪う男が僅かに離れた時、何処か余裕の無い表情で目の前の若者へと言葉を投げる。

「結局、お前はどうしたいんだ」
「……君が、好きだ」
「それで?」
「……それ以上は、分からない。僕はただ『願う』だけだ」

 見上げる瞳は涙に揺れ、細められた眼から一筋の滴が赤毛の髪へと流れる。
 若者は、「怖い」と囁いた。否定される事が恐ろしい、と泣いた。己のしたい事が見えても人の愛し方を知らぬ鶴は、一方的に告げた心が拒絶される事を紙張りの覚悟で構えるしか出来なかった。
 瞬く度に肌を濡らす彼に、男は「やれやれ」と額を突き合わせる。

「……俺は、そこまで信用ならねぇか?」
「信用、じゃないんだよ承太郎。君の為なら、全てを捧げられる。でもそれは、『君が望めば』の話で……」
「その時点で間違ってんだよ。捧げず求めろ。与えずに欲しがれ。此処へ初めて来た時の様に、頼んで強請って、お前が一番『贅沢』だと思うものを望んでみろ」

 お前は、何が欲しい?
 その言葉に、鶴は両手で顔を隠し嗚咽を漏らす。首筋から肩へと唇が這い、胸から腹へと指が滑る感触に身を震わせ、鶴は絞るような声で男に訴えた。

「……どうか、側に居させて欲しい」
「一生涯掛けて、ならな」
「……人でない僕を、どうか捨てないで欲しい」
「言っただろう、お前が『花京院』である限り、俺にはお前だけだ」
「……僕は、君が……っ!」

 君が欲しい。
 涙ながらの要求に、男は呆れたような、愛おしむ様な笑みを浮かべた。

「お前になら、幾らでもくれてやるぜ」

 何度も頷く鶴を抱き寄せ、男はその白い首に歯を立てる。
 互いを喰らわんばかりに掻き抱いた二人は、陽が顔を覗かせる頃まで、絶えず肌を重ね合わせ続けていた。


*


 今は昔。
 その鶴は、人間を憎んでいた。
 しかし今、鶴は人間と隣に並び合い、朱塗りの杯へ注がれた水に口を付ける。半端に残した杯を人間と互いに交換し、鶴はその人間と、残りの水を一気に呷って飲み干した。
 鶴が纏う、自らの羽根を引き抜いて織り上げた純白が、光を受けて美しく輝く。不意に赤毛の髪を撫でられて照れ臭そうに笑えば、傍らに寄り添う人間も、優しい笑みで鶴に応えた。

「……僕を、見つけてくれてありがとう」
「俺を選んだのはお前だ。此方こそ」

 皆に祝福されながら、二人は祝言の盃を交わして番の契りを結んだ。
 翌年には幼かった雛は家を巣立ち、仲間達の元へと羽ばたいていった。とはいえ、彼女も仲間達の勧めで『湖の祝詞』を受け、人の姿を得て時折は顔を見せに来ていた。皆の無事と水の治安、そして番となった雄鶴を二人に紹介しに来た事もあった。
 人として生きる事を決めた鶴は己の羽根を引き抜く事は終ぞ止めたが、仲間の協力を経て、夏場の生え替わりに羽根を貰う事で生地を織り続けていた。絵付け師の店主の元へのみ卸される生地は人気を博し、高級品として扱われるようになった。男の絵にも婚礼を期に変化が見られ、更に人気を博した事は言うまでもない。
 平穏な世に、彼等は先何年も何十年も、ずっと共に生き幸せに暮らした。丹頂鶴の寿命はおよそ二十年から三十年と言われるが、老いても尚美しく微笑む鶴は愛する者達に囲まれながら、五十年の数奇なる報恩の生き様に幕を閉じたのだった。

 その後、娘は鶴と同じく父の骨も湖に撒き、未来永劫二人の幸せが続くよう、彼等を湖の守神として湖畔の松の傍に祀った。





白翼報恩奇憚
END

目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。