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白鶴報恩奇譚

原作: ジョジョの奇妙な冒険 作者: ロコモコ
目次

拾禄羽

 二人があの屋敷へ向かってから数時間、店主は大いに困っていた。
 何処へ行くにも、何をするにも男の『娘』が後を付いて来てしまう。自分の言う事を聞くように、と『父親』は彼女に言い付けていった筈なのだが、ある一角に敷いた布の上から動かないよう指示しても、『娘』はとことこと身体を揺らしながら店主の後ろに付いて回った。
 しかし他に何かをする訳でもなく、彼女は本当に付いてくるだけだ。餌を探す訳でも、好奇心を見せる訳でも、悪戯をする訳でもない。店主が厠(かわや)へ行っている間も戸板の前で大人しく待っているし、作業をしていても傍らで見ているだけ。本当に、彼女なりに大人しく父を待っているらしい。
 寂しい故の行動かも知れない。鳥類の、しかも雛にしては異様な程の賢さはさすがに店主にも伝わったが、しかし居たたまれないまでの視線に冷や汗を浮かべながら、店主は眠れぬ夜を仕事をしつつ過ごしていた。
 そんな時、ふと雛は身体を持ち上げ、少し足早に何処かへと歩き始めてしまう。

「お、おい、何処行くんだよ?」

 突然の事に店主は慌てて筆を置き、雛の後を追い掛ける。先程とは真逆の展開に溜め息を吐きながら付いていくと、雛は厠の前に立ち、器用に嘴で戸板を開けて中に入ると、少しだけ隙間を残して戸を閉めた。
 真横には中庭が幾らでも広がっているのに、鳥は厠を使うものなのだろうか。初めて見る奇妙な現象に店主は目を丸くし、同時に、鳥類としての賢さを通り越した人間臭い仕草に強い興味を持つ。
 中の様子を見ようと、厠の扉に手を掛けて開こうとする。しかしその瞬間、まるで中から『手を使って』閉められたかのように、勢いよく完全に閉じられた。店主は咄嗟に腕に力を入れるが、中からも全力で開かれるのを阻止しているらしく、暫くの攻防戦の後、店主は扉から手を離した。
 鳥相手に、何をやっているんだ。冷静に考えると自分で自分が馬鹿のように思え、若き店主は雛が立て篭る厠に向かって強い口調で言い放つ。

「……徐倫、だっけ? 厠を使うなら、せめて一言断ってからでなきゃ困るんだけどなぁ?」
「………………」
「商品の上を歩かれでもしたら堪んないよ。もし僕の『絵』を汚したら、君の『父親』にはきっちり請求させてもらうからな」

 中からは、当然ながら何の反応も返っては来ない。当然分かってはいたのだが、相手は鳥と言えど得意先の大事な預かりものである。愚痴を述べたところで所詮は糠に釘、店主はこのまま厠の中に閉じ込めておきたい衝動を何とか抑え込み、「一言謝ったらどうだ」と無茶な言葉を投げながら厠の戸板に手を掛けた。
 すると、今度は素直に扉が開く。ところが中にいたのは古い着物を纏った一人の幼女だけで、あの雛の姿はどこにも無かった。
 否、この厠の中には先程の雛しか居ない筈だ。見た目には表れないが、店主の脳内は一瞬で混乱する。

「かってに、ごめんなしゃい」
「……誰だキミ。ここで何してる」
「じょいーん。かわや、ちゅかいました」

 舌っ足らずな言葉ではっきり答えた少女に、全てを理解した賢い店主はその場で卒倒した。


*


 屋敷に乗り込んでいた男は全てを終え、鶴を抱く弟と共に路地をひたすら駆け抜ける。領長一族の中でも特に異端な存在だった男はとても強かったが、そうとは知らない敵は証拠を知る二人の息の根を止めようと、武器を手に挙って彼等に襲い掛かった。
 怪我を負いながらも相手を蹴散らし、愛する者達を護った男は息を切らしながらも『恋人』の為に地面を蹴る。共に戦いながらも兄のお陰で比較的軽傷で済んだ弟は、そんな兄に待っているよう隣から叫ぶ。

「承太郎さん、無茶しねぇで下さい! この子を治したらすぐ迎えに来るッスから!」
「……俺なら心配無ぇぜ。それより早く、花京院を」

 二人はある一軒家に辿り着くと、男の弟は何の遠慮も無く玄関を開けて中へ侵入する。人一人が横になれるだけの台の上に動かない鶴をそっと乗せ、弟は棚から『仕事道具』を引っ張り出すと掛けてあった割烹着に袖を通した。
 彼もまた、若くして開業した『診療医』であった。幼い頃から大名家所蔵の東洋医学と蘭学にのめり込み、若干の年齢で彼は当領きっての町医者に育った。喧嘩も博打も彼には愛嬌、そんな皆に愛される『お医者の先生』に、壁に背を預けた男が心配そうな声で問う。

「……仗助、どうだ」
「さっきより息が弱くなってるッス。中で出血してるのかも知れねぇ……麻酔が使えねぇから、目が覚めて暴れられたら『終わり』だと思って下さい」

 そういう間にも、男の弟は鶴の腹を割いて治療を始めている。手際の良い動きを後ろ姿に見つめながら、男は何も出来ない自分自身の無力さを呪った。
 護ってやれなかった。その後悔だけが、男の心を締め付け天を仰がせる。

「頼む……そいつを、助けてくれ」
「……承太郎さん」
「俺に出来る事なら何でもする。だから……そいつだけは、どうか」

 初めて受ける兄の懇願。弟は歯を食い縛り、目の前の小さな命に全力を注ぐと再度誓った。
 男は自らの血が足を伝って足下を汚していくのを見ながら、崩れ落ちるように力無くその場へ座り込む。背を預けていた壁には男の動きに沿って血が塗られ、背から腹へと貫かれた傷は既に痛みを感じなくなっている。男は歪み始めた視界の中で懸命に目を凝らし、されるがままに弟へ身を預ける『恋人』をその瞳に捉えた。
 どうか、終わるまでは眠っていてくれ。俺は此処にいる、お前は心配しなくていい。
 愛する者の無事を祈るも、根の尽きかけた身体は地面へと倒れ落ちていく。

 花京院。

 音の出ない声で彼の名を呟き、男は視点の定まらないその眼を静かに閉ざした。




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