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白鶴報恩奇譚

原作: ジョジョの奇妙な冒険 作者: ロコモコ
目次

拾伍羽

「まったく、くそったれ仗助は問題しか持ち込まないよな」
「し、仕方無ぇだろっ? ジジイは昨日から出張で居ないし、あんな感じの承太郎さん見たの初めてなんだからさぁーっ」

 小声で口論する二人の先で座敷の段差に腰掛け、眠る『娘』の背を撫でる男は外の闇を据わった眼で見つめている。
 街に戻った所で敵地の目星は見当も付かず、男は城下に詳しい弟を頼って空条の屋敷へひとまず向かった。『昼間の一件』で貸しがある、と男の弟は兄に『ある用件』を頼まれるが、弟は自分一人の力ではどうにも出来ず、恥を忍んで絵付け師の元へと兄を連れてやって来た次第だった。

「余所者の奴等は、この界隈で既に悪名が立っている。僕にだって場所は判るぜ」
「マジっ? さすが露伴!」
「逆に聞くが、この街一帯は君の『庭』でもあるんだぞ。なのに何故君が知らないんだい? 借りにでも空条の八代目だろうに、この街を護る気があるのか無いのか……」
「はいはい悪かったなぁ! チクショー、誉めるんじゃなかったぜ!」

 外は欠けた月が高く昇り、冷たい風が道を流れていく。絵付け師の店主は屋号の標された地図を広げ、愛しげに『娘』を抱えている男にある一点を指差して説明した。
 男は何処か覇気の無い眼差しを紙の上に落とし、店主の指先を追いながら耳を傾ける。

「店としての屋号を届け出ているのに、唯一店舗展開していない屋敷があるんです。以前は呉服問屋が入っていたんですが、店の主が隠居してからはずっと空き家になっていました。それが去年の夏頃から、怪しげな一団が出入りするようになりましてね」
「うわ、もう『当たり』じゃん」
「……ジジイは、奴等の事について何か把握はしてるのか」
「警戒を仰有られたのは『殿下』直々でしたからね。如何せん証拠が無くて動けなかった所です、探っていた情報が役に立ちそうで良かった」

 男はゆっくりと腰を上げた。すると腕に抱いた『娘』が目を覚ましたようで、顔を上げた彼女に男は優しく笑んでその背に手を置く。

「……露伴先生。暫く、娘を預かっていてくれないか」
「むっ……『娘』さん、ですか……」
「大事な娘なんだ。怪我をさせる訳にはいかない」

 男の表情に唖然とする弟と店主を余所に、男は腰を屈めて『娘』の名を囁く。その指差す方向を彼女が向くと、目があった店主は肩を僅かに飛び上がらせた。

「徐倫、この人は露伴先生だ。優しい人だから、絶対にお前を虐めたりしない。この人の言う事をちゃんと聞いて、俺達が帰ってくるまで此処で待っているんだぞ」
「ううっ……散らかさないなら、いいけど……」
「まだ雛なのにビビり過ぎじゃねぇ?」
「……べ、別に僕はビビってる訳じゃあないぜ、くそったれ仗助め」

 店主が男から受け取った『彼女』は、まだ産毛も生え替わっていない、しかしそこそこに大きく成長した丹頂鶴の雛だった。ふわふわとした羽毛の身体を慣れない手付きで抱き上げ、店主は顔を引き攣らせながら何とか己の膝の上に雛を落ち着かせる。
 ずっしりとした重みに店主が小さく溜め息を吐いた時、男の弟が面白げに笑っている顔を見た店主は癪に触った様子できつく眉間に皺を寄せた。

「……承太郎さん、出来ればそこの弟君は同行させて頂けませんか? ここに居ても、鬱陶しくて適わないのでね」

 店主の嫌みに、男の弟はすぐさま反応する。

「あぁっ? テメーなぁ、俺が何したって……!」
「分かった。仗助、案内を頼むぜ」
「むっ……りょ、了解ッス」

 店主の膝の上で小さく鳴いた『娘』に一度だけ視線を送り、男はまだ文句を呟く弟を連れて絵付け師の店を後にする。教えられた場所に『彼』が居るという確信は何処にもなかったが、そこにもし手がかりがあれば、何かが分かるかも知れない。
 何としてでも、取り返さなければ。男は小さな望みと燃えるような怒りを胸に、弟と共に奴等の塒(ねぐら)とされる屋敷へ足を進めた。


*

 辿り着いたのは、成る程大きな古い屋敷だった。
 所々に朽ちかけた箇所は見えるものの、その塀の中でははっきりとした人間の気配が感じられる。
 灯された火、微かに聞こえる会話の声、男と弟は古いながらも立派な門の前に立つと、男は徐に脇の勝手口へ近寄り、突然蹴破って戸板を吹き飛ばした。

「えええっ、いきなりッスかっ?」
「……お前はもう帰っていいぜ。迷惑は掛けねぇ、後は自分で探す」
「だぁーっ、もう! ここまで来たんだ、今更見捨てられないッスよ!」

 男が迷い無く勝手口に入っていく後を、弟が慌てて追い掛け付いていく。屋敷の庭からも建物内の声が所々から聞こえてくるが、どこか物々しく感じる雰囲気に弟が喉を鳴らして息を呑んだ。
 部屋中から、怒鳴り声と走る足音が響いている。何が起こっているのか、自分達が乗り込む前から屋敷の中は混乱しているようだ。

「……何か、あったんスかね?」
「さぁな。行くぞ」

 至って冷静に答えた兄に弟は感心の意を持つが、その眼を見た直後に迷わず思い直す。
 大切な『恋人』を誘拐され、男が冷静である筈がなかった。寧ろ、怒りが頂点を越え、周りが見えていないだけだ。
 いつ何をしでかすか分からない兄を後ろから見守りながら、二人は縁側に沿って屋敷を探索していく。その時ふと聞こえた会話に、ある障子の真下で足を止めた。

「……ガキ一人ろくに見張れない……」
「あの怪我で、逃げられるはずが……」

 瞬間、出て行こうとした兄を弟は必死で掴まえて制止する。殺意をその眼に称える兄は「離せ」と弟を睨み付けるが、「場所を言うかも知れない」という弟の説得に、男は舌を打って渋々従う。

「地下の倉庫は探したのか?」
「一番最初にな。あったのは奴の着物だけ、あとは『廃棄物』が腐ってるだけだ」

 地下倉庫。
 この単語を聞き取った二人は、屋敷に倉が無い事を確認して床下へと進入した。蜘蛛の巣や埃、土で身体を汚しながらも構わず進んでゆく兄に弟が若干の嫌気を感じた時、「ここだ」と呟いた男の指差す先に、光の漏れている木製の大きな柱があった。
 囲んでいた木板を外し、中を覗くと梯子式の階段が見える。地下は石造りになっているようで、更にひやりと冷えた空気が外した箇所から外へと流れた。
 人の気配は感じない。男は弟と共に木板をどんどん外していき、自分が通れるだけの隙間を作って足を入れ、屋敷の地下廊下へと進入する。階段の上を見てみると扉は堅く閉ざされており、男は更に下へと向かって足を進めた。
 暫く進んだその先で、突然鼻を突いた臭いに弟が思わず顔を覆う。

「うっ……嘘だろぉ……っ?」
「………………」

 目の前には鳥と思しき死骸の山。その大きさと所々に散った羽根から、男には『彼等』が何のために囚われ、羽根を毟られ、打ち捨てられているのかすぐに見当が付いた。彼等は全て鶴だ。湖の鶴だけでなく、色々な場所から掻き集められた者達の成れの果てだ。

「花京院!」

 腐臭漂う冷たい闇に向かって、男は叫ぶ。しかし男の声が倉庫内に木霊しただけで、他には何の反応も見られない。もう一度叫んでも、返ってきた結果は同じものだった。

「……着物はあったんスよね。まさか裸で逃げた、とか?」
「奴等は『あの怪我で』と言った。ここに隠れている筈だ」
「でも、こんな鳥の死体しか無いような場所で、何処に隠れるってんスか? 最悪、死体の山に潜るとかでなきゃあ……」

 弟の溜め息混じりな言葉に、男は何かを悟った様に目を見開いた。瞬間、積み上げられた遺骸の山に駆け寄ると、徐に手を入れて肉塊を崩し、辺り構わず漁り始める。衝撃的な兄の行動に弟は言葉を失うが、しかし、雪崩れてきた肉の中から白い色を見つけて咄嗟に指を差した。
 「何か見えた」と叫んだ弟の指し示す場所を掘り起こすと、まだ羽根の残っている、鶴の原型を留めた一羽が姿を現す。それは成鳥である筈なのに背の羽毛は薄く、翼も所々に羽根の抜け落ちた箇所が目立つ。脚は折れ、嘴からも血が流れ出てしまっている姿に、余程酷く虐められたのだろうと男は感じた。
 膝を突いて濡れ汚れた鶴を優しく抱き上げると、動かないその背に震える手をそっと乗せる。まだ温かい肌と微かな鼓動を感じ、男は思わず安堵の息を吐いた。
 一方、手掛かりでは無かったのかと肩を落とした弟が、謝罪の言葉を漏らしながら男の側へ歩み寄る。男が抱く白い翼に視線を落とすと、男の弟は「可哀想ッスね」と鶴を悼む。

「ひでぇ怪我だぜ……羽根が残ってるって事は、最近捕まったんスかね?」
「……夏には生え揃うんだ。『こいつ』はまだ生きてる」
「えっ」

 思わず聞き返した弟に、男は動かないその身体を優しく抱き締めた。愛おしむ様に腕の中の鶴を撫で、その首元に顔を寄せて愛する恋人の名を優しく囁く。

「……花京院、助けに来たぜ」

 よく頑張ったな、と微笑んだ男の優しい言葉に、『名』を呼ばれた鶴は僅かに首を動かし、男の撫でる手に擦り寄るような反応を見せた。

「ぐ……グレート……っ!」

 驚いたのは、側で見ていた弟だ。
 異種間の不思議な交流に、弟は驚愕にあんぐりと口を開けて己の目を疑っていた。それは意志を通わせた兄と鶴の感動的な再開などではなく、兄が「命よりも大事な」と言った『恋人』が、大型の鳥だった事に対してである。立ち上がった兄に思わず身を引くが、「どうした」と問われてすぐに「大丈夫ッス」と答える。

「……早く戻って治療してやろう。仗助、『また』お前の診療所で診てやってくれるか?」

 もう此処に用は無い。男は鶴を抱えて来た道に目を向けた。

「承太郎さんの『大事な存在』なら、何だって全力で治してみせるッスよ!」
「……有り難う」
「うッス!」

 頼りになる弟の言葉に唇を噛み締め、しかし男は背を向けたまま、後ろに付いてくる弟へ小さく感謝を述べた。滅多に聞けない兄の言葉に弟は照れ隠しに頭を掻きながら、「急ごう」と兄を促す。
 しかし次の瞬間、倉庫に響き渡った声に二人は動きを止めた。

「そこに居るのは誰だッ!」

 揺れる灯り、何人もの足音。一本道の廊下をやって来る相手に、兄弟は顔を見合わせてから前に向き直る。

「俺、行きますケド?」
「いや、お前は援護を頼む。ちゃんと『手加減』はするよう努めるから、こいつを護ってやって欲しい」
「……了解ッス!」

 男は抱いていた『恋人』を弟に託し、襲い掛かってきた敵を相手に拳を構えた。





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