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白鶴報恩奇譚

原作: ジョジョの奇妙な冒険 作者: ロコモコ
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拾肆羽

 少年は、地獄の様な光景の中で孤独に闘っていた。
 地下倉庫の真上や廊下は騒がしく、人間達が何人も行ったり来たりを繰り返している。時折聞こえる汚い怒号はすれ違う相手を叱り、少年に向けて投げられる暴言も飛び交っているようだ。
 逃げられる筈が無い。もっとよく探せば見つかる。外にはまだ出ていないようだ。
 そんな言葉を聞き流しながら、少年は既に動かない身体を『仲間達』の遺骸に隠して息を潜めていた。

「生地の織り方さえ教えてくれれば、君の事はすぐにでも解放しよう」

 今から数時間前。
 材料が必要なら用意しよう、そう言われて縛られた彼の前に出された物は、首と足を落とされ胴だけになった白い身体だった。
 瞬間、少年の心に凄まじい憎悪の炎が燃え上がる。しかし今ここで暴れた所で、肉塊と果ててしまった身体が蘇る訳ではない。少年は愛する恋人の為だけに自らの身の安全を優先し、怒りを押し殺して亡骸を見下ろした。

「……抗えば、どうなる?」

 視線は下を向けたまま、少年は目の前の『敵』に口を開く。彼の言葉に不敵な笑みを浮かべた相手は、もちろん『それなりの処方』を、と断る術を奪いに掛かる。

「君だけでなく君の『主人』も、我々の手に掛かれば一溜まりもなく服従する事になるだろう。抵抗すれば、その身の安全も保障は出来ないな」
「……織り方を教えれば、本当に家に帰してくれる、と?」
「勿論だ。我々もそこまで悪人ではない、報酬も礼も添えて丁重にご帰宅させよう」

 目の前に横たわる『彼』は、湖で暮らす仲間ではない。羽根の艶や身体の大きさから、もっと厳しい環境下に居たであろう事が分かる。
 少年は顔を上げ、殺意の沸く笑みを此方に向けている相手にはっきりと言い返した。

「だが、断る」
「……何?」
「私は貴様等人間の言いなりにはならない。己の考う事のみに従い、愛する仲間の為だけに生きる」

 相手は表情を豹変させ、しかし、臆す事無く真っ直ぐに睨み返す少年の顎を掴んで上を向かせる。細い首が晒け出され、その白さに下卑た視線を向けた敵に、彼は嘲り小さく笑う。

「……貴様に身を許すくらいなら、火の中で焼かれる方がまだマシだ」
「餓鬼が吠ざくか。その成りでも物好きは幾らでもいる、『今の男』以上に『可愛がって』もらえるだろう」
「なら、『骸』で『独り遊び』の出来る人間を探しておくんだな。私が生きている間は、白羽根一枚にも触らないぞ」

 左頬を殴られ、少年の身体は右へ飛ぶ。考えを改めさせてやれ、という敵の言葉に、仲間であろう二人の人間が少年を抱え上げると、引き摺るように地下倉庫へと連れ込んだ。
 その中に広がる光景と強烈な死臭は彼に絶望を見せたが、何百と転がる仲間の遺骸に向けて突き飛ばされると、彼等は逃げられないよう少年の左脚を踏み折る。悲鳴を上げる前に少年の顔や腹を殴り付け、白い着物を剥いではその背を鞭で何度も打った。
 羽根を毟られた無惨な仲間達は、既に肉が朽ち、溶け始めている者もある。悔しさで少年の目に涙が滲むが、彼等が得意げになる事を胸糞悪く思った少年は懸命に激痛と暴力に耐えた。
 冷たく濡れた地面の上に倒れ込み、苦痛に呻く少年に彼等は嘲りと唾を吐き捨てて去っていく。

「考え直した方が身の為だぞ。俺達は、人間だって容赦しねぇ」
「お前を人質に、『あの男』を捕まえてくる事だって出来るんだからな」

 彼等が地下倉庫から出て行った後、少年は愛しい恋人の名を小さく呟いた。
 まさか彼の為に織った『己の輝き』が、こんな事になってしまうとは。人間の世界が汚れ穢れている事など、己は最初から解っていた筈だったのに。
 彼の優しさに触れ、愛に包まれ、己が関わってはならない世界へ足を踏み入れている事を、すっかり忘れてしまっていた。
 薄れゆく意識の中で、少年は走馬燈の様に想いを馳せる。今頃、彼は家に帰り着いているだろうか。もしそうなら、自分が居ない事に気付いて心配しているかも知れない。まだ幼い『娘』は、彼等に見つからずに済んだのか? 葛籠に隠され、独り残された彼女を見て、彼はどう思うだろう。
 もう一度彼に逢って、迷惑を掛けた事を謝りたい。
 彼に逢いたい。このまま、彼の元から去りたくない。
 しかしこの身を、彼を危険に貶める原因にはしたくない。
 死にたくない。まだ、死ねない。

「……承太郎……っ」

 目の前には、残酷にも汚い人間達に命を奪われた仲間達が積み上げられている。少年は痛む脚を引き摺って遺骸の上を這い進み、深緑の腰帯を解いて白い着物を脱ぎ捨てると、死臭立ち込める肉の山へその傷付いた身体を隠した。
 息を整え、意識を集中させる。その時、先程の二人が戻ってきて倉庫の扉を押し開いた。残された着物を見つけた彼等は、驚愕に声を上げて少年を探し出す。

「おい、アイツは何処へ行ったっ? 服だけが残ってるぞ!」
「そんなまさか……探すぞ、あの脚で移動出来る筈がねぇんだ!」

 まんまと少年を見失った人間達は、慌てて倉庫を後にする。身を隠し、息を潜める彼は様子を見ながら逃げ出す機会を暫く窺っていたが、すでに体力は限界を超え、満身創痍の少年はそのまま意識を闇に手放してしまった。





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