ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

白鶴報恩奇譚

原作: ジョジョの奇妙な冒険 作者: ロコモコ
目次

拾参羽

「やぁ、空条先生。相変わらずお忙しそうで」
「……どうも、露伴先生」

 この日男が訪れたのは、反物に装飾を施す絵付け師の店だった。
 絵付け以外にも、布を持ち込めば染め付けや呉服の制作もしており、以前純白の生地を一晩で着物に仕立て上げたのもこの店である。高度な技術、早過ぎる作業は街で人気を博し、街の人間であれば知らない者はいない程の有名な店だった。
 そんな店に、何故男が立ち寄ったのか。その脇には三本の反物が入った風呂敷を抱え、店の座敷に腰を下ろすと土産の高級生菓子を若き店主の前に差し出す。

「これは何でしょう?」
「……弟の、詫びを言いに来た」
「おや、空条先生に謝って戴く義理はありませんね。本人に謝る気が少しでもあるなら、奴自身を此処へ連れてきて額に土が付くほど頭を下げて貰いたいですな」
「……何の申し開きも無い」

 数日前、困った様子の祖父から困った事を聞いた。男には少々歳の離れた弟が居るのだが、如何せん、若さが有り余っているのか結構な問題児として度々家族を困らせていた。人当たりの良い性格で大変優しい人間ではあるのだが、どうにも賭事や遊び事が好きらしく、友人や馴染みの者相手になると平気で騙しに掛かったりしてしまう。
 ついこの前もこの店主相手に悪戯を仕掛け、危ない目に遭わせてしまったばかりだった。

「まぁ、貴方が直々に謝罪に来て下さったという事は、奴も大いに反省しているんでしょうが……今度あんな真似をしたら、奴の茶に鳥兜を入れてやるのでそのつもりで」
「……充分に注意しておく。本当に申し訳無い」

 頭を掻く男に苦笑を見せ、店主は生菓子を快く受け取った。

「ところで承太郎さん、その包みはもしかして例の『白鶴』じゃあないんですか?」
「ああ」

 白鶴、と呼ばれた風呂敷の中身は、祖父の助言でこの店に引き取って貰っている。男の愛しい恋人が織り上げた純白の布を手に取り、店主は目を輝かせて思わず「素晴らしい」と感嘆の言葉を漏らす。

「ここまで白いと、いっそ色を乗せるのが惜しくなりますよ。現に、この生地は白無垢として仕立てた方が人気がある」
「……実は、この反物を持ってくるのはこれが最後になる」
「えっ?」

 突然の申し出に、店主は声を上げて驚いている。その反応に男は申し訳なさそうに俯くが、店主に先日の『招かれざる来客』について一つずつ説明した。

「もしかしたら、ウチの連れ合いに危険が及ぶかも知れねぇんだ。この生地が良い評価を受ける事をアイツも嬉しく思っているようだが、これ以上噂になると不都合が出そうでな」
「そうですか……確かに、最近この街でも『闇売買』が入り込んだと客から注意を言われた事があります。前に『白鶴』を注文した客が、見慣れない男に生地の事を訊かれた、とね」
「……やはりな」
「この近辺で金になると言えば物は限られてくる。くそったれの仗助や、その仲間にも探りを入れて貰っておきましょう」

 店主は金の小判九枚を布に包み、三本の反物と引き替えに男へ差し出した。その額を見た男は驚いて受け取りを拒むが、店主は笑顔で金を男に押し付ける。

「これでも少ないぐらいなんですよ。ウチは、この三倍の値段で売らせて戴いてるのでね」
「や、やれやれだぜ……」
「一本三両で売れた、なんて聞いたら、例の『お連れさん』も卒倒するんじゃないですか?」

 良い土産話にしてくださいな。
 気前の良すぎる若き店主に見送られ、男は買い出しを済ませて自宅への帰路に着いた。長い山道を登りきり、夕日に照らされる我が家を見つけて到着に胸を撫で下ろす。
 しかし、開け放されたままの玄関を見た瞬間、その静かさに違和感を持った。男は歩いてきた疲れも忘れて足早に家へと近付き、荷を降ろして中へと入る。

「……花京院?」

 返事が無い。引き戸の戸板は蹴破られたように内側へ倒れ、座敷にも土足で上がったような土の跡を見つける。荒らされた様子はあまり見られなかったが、はっきりと感じ取った違いは、あの若者が姿を消している、という状況だけだ。

「花京院っ!」

 隣の部屋、離れの納屋にも彼の姿は無い。敷地中を探し回り、湖の方にまで行ってみたが、若者の影はおろか気配すらも存在しなかった。
 男は呆気に取られ、不安に息を切らす。ふらつく足で再度家へと戻った時、何処からか啜り泣く声が中から小さく聞こえてきた。最初に帰ってきた時には聞こえなかった声……幼子が泣いているようにも聞こえる声を探し、男は開きっ放しにされた機織り機の置いてある部屋へと足を踏み入れる。
 奥へと進む毎に、その声は段々と近付いていく。大きな葛籠の前て立ち止まると、男はそっと、その蓋を手に取りゆっくりと持ち上げた。

「ひ……っ?」

 中に敷いてある藁の上で、恐怖に目を見開いた幼い子供が小さく悲鳴を上げた。
 葛籠に入っていたのは、十の歳もいかぬ程の小さな幼女だった。以前に若者が来ていた様な古びた着物を身に纏い、怯え震える己を懸命に抱き締めている。彼女は驚愕に固まる男を「しまった」といった表情で見上げたが、しかし男の顔を確認した瞬間、幼女は目一杯に涙を浮かべて顔を歪ませた。

「っだ、誰だテメ……」
「とおしゃああああああああ!」

 男の顔目掛けて飛び付き、勢い余って男は後ろに体勢を崩す。尻餅を付いた衝撃も物ともせず、身体にしがみ付いたまま泣き叫ぶ幼女に大変戸惑ったが、男は理解出来ない現状に首を捻りながらも、彼女の頭を撫でて宥めながら声を掛けてみる。

「……おい落ち着け、テメェは誰だ」
「父しゃ、か、かきょいんが……あたし……っ!」
「花京院……花京院だとっ?」

 その瞬間、男は幼女の言葉に耳を疑った。
 幼女は嗚咽を繰り返しながら、「前に来た人間が来た」のだと一生懸命に答えた。相手の姿は見ていないらしいが、しかしその匂いは間違い無く以前に訪ねてきた三人の人間だった、と彼女は男に説明する。
 彼等が侵入してくる直前、『同族の親』と同じ名の男が自分を葛籠の中へ隠したという。人間達が家捜しを始めないよう多人数相手に彼は抵抗を試み、外に出て暫く争った後、人間達に連れて行かれた、と幼女は泣きじゃくりながら男に訴えた。
 男は、愕然としたまま幼女の話を静かに聞いていた。同時に、初めて見るこの幼女の『全て』を信じようとしていた。彼女が入っていたあの葛籠は、『娘』の為に中を出して藁を敷いた所謂『巣の代用』だ。囲炉裏の側にあった筈の葛籠だが、あれだけ大きな物を隣のこの部屋に移動させる理由は、一つしか思い浮かばない。
 彼はきっと『あの日』と同じように葛籠を移動させ、『娘』を『あの中』へ隠したのだ。

「父しゃ、ごめ、なしゃ……っあたし、なんにもできながっ……!」
「……一つだけ、教えてくれ」

 赤く腫れるほどに目を擦り、大粒の涙を拭う幼女は大きな瞳に男を映した。
 男は彼女を引き寄せ、優しく抱き締める。幼女を包むその手は、微かに震えていた。

「……お前は、徐倫なのか」

 何度も大きく頷いた彼女に、男は「人になれたのか」と何処か冷静に問う。そんな男に、幼女は鼻声で「花京院が『おまじない』をかけてくれた」、と答えた。

「……怖かっただろう。よく頑張ったな」

 再び泣き出した『娘』を抱き上げ、男は立ち上がる。彼女の背を撫で、優しく声を掛け、「もう心配無い」と微笑み掛けた。
 しかし、父の怒りを娘は全身に感じ取る。感情の無い、湖の底の様な瞳が僅かに細められた。

「……まだ少し、頑張れるか?」

 娘は頷く。男は簡単に荷物を纏めると娘を広い布で背に固定し、再び毛皮と蓑を纏った。
 聞きたい疑問は山程ある。あまり把握も出来てはいない。しかし、たった一つ理解出来る事は、愛する者が今まさに危険な目に遭っているという事だ。

「アイツを捜しに行くぜ、徐倫。……きっと、助けを待ってる筈だ」

 人知れず歯を食い縛り、男は既に闇と化した街への道を睨み付けた。





Next Story...

目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。