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白鶴報恩奇譚

原作: ジョジョの奇妙な冒険 作者: ロコモコ
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伍羽

 若者がこの家に留まる事を決めたその翌日、荒れ狂っていた風はすっかり収まって清々しい青空が顔を覗かせていた。あの吹雪は嘘のように過ぎ去り、日差しに照らされて積もった雪がきらきらと輝いている。

「これなら、街へ出ていけそうだな」
「……承太郎」

 若者に呼ばれ、男は振り返った。自分も付いていった方がいいか、という若者の問いに、男は首を横に振る。

「どうしても付いてきたい、ってんなら止めはしねぇが、無理して来る必要も無ぇぜ。俺が留守の間に、薪割りでも終わらせてくれてりゃ助かるしな」
「薪割り終わらせておきますっ」

 即答の若者を可笑しく思いながら、男は荷物を構えて背負う。その際、彼は古い風呂敷に包んだ小さな荷物を男に手渡した。
 何かと問えば、中身はあの白布の反物だと若者は答える。

「これを是非、新しい画材の足しにして下さい。紙か、筆ぐらいにしかならないと思うけど……」
「これは持っておけ、お前の大事な財産だろ」
「いいんです。貴方のために織った物だ」

 貴方が好きに使って下さい。
 そう半ば押し付けられる形で、男は仕方無く荷物の中に仕舞い込む。毛皮と蓑を着込み、男は若者に家を任せると街へ向かって雪道を歩き始めた。
 彼の生家がある街は、男が住む家から一時間ほど山を下った場所にある。街に下りて幾重にも広がる道を男は迷う事無く突き進み、小高い丘を登ってある屋敷の門を潜る。屋敷と言うにはあまりにも大きく、しかし城と言うには侘び寂を感じさせる建物の敷地内に、警備の者は誰もが男に頭を下げ、男は彼等の挨拶に答えながら、屋敷の敷居を跨いで中へと入った。

「おい、帰ったぜ」
「承太郎か! 連日の吹雪で心配しとったんじゃ、大丈夫だったかっ?」

 草履を脱いで座敷へ上がった瞬間、来客の知らせを聞いて駆け寄ってきた家主が男に体当たり宜しく飛び付いてきた。鬱陶しいと嫌がる男も何のその、頭を乱暴に撫で回されてやっと解放された男は、苛立った様子で乱れた髪を掻き上げる。

「やれやれだぜ……親父達は? まだ出張から戻らねぇのか」
「この吹雪で足止めを食っとるんじゃろう。ワシ一人留守番は暇で仕方無いわい」
「仗助は?」
「変わらず城下へ遊びに行っとるよ。だから独りで寂しくてのう」

 来てくれて良かった、と喜ぶ家主は男を中へと招き入れる。相変わらずの『家族』達に、男は呆れた様子で口癖を呟いた。
 男の生家は、この街を統べる大名の血筋であった。しかし決して贅沢という贅沢はせず、近隣諸国に権力を開示するだけの財力以外は全て庶民のために使い、正義感と思いやりに溢れた一族として、街の者からは大変慕われていた。

「それで? どうじゃ、『仕事』の方は」
「……今の所は『順調』だ」

 男が何故、地位の跡目を捨てて湖の離れに住み着いたのか。
 それは、男がまだ元服する前の事。家族と共に狩猟へ出た時、父とはぐれた少年はある湖の畔に迷い出た。獣を警戒しながら葦の林を掻き分け、一本の松に近付いたその時、純白の翼を広げて凛と佇む美しい鶴を少年は目にした。
 足下には雛が二羽ほど歩いており、自然の中で強く生きる彼等の姿に、少年は一瞬にして心を奪われた。その後、自分を捜してやって来た父と共に帰宅したが、その後も、少年は目撃した美しさに興奮して一晩眠る事が出来なかった。

「荷物を置いてくる」

 廊下を進んで突き当たり、自室として使っていた六畳間の障子を引く。持ってきた重い荷を降ろし、注文の品を『献上』するために風呂敷を広げて中を確かめる。幾つかに振り分けた絵の束を手に取った時、ふと、男はあの若者が持たせてくれた反物に気付く。

「……これも見せてみるか」

 包みのまま『彼の反物』を持ち上げると、男は自室から出て廊下を歩いた。
 少年が鶴の親子を目撃して二日後、ある猟師が一羽の鶴と雛の首を掴んで誇らしげに家へとやって来た。純白の翼は『彼女』の血と泥で汚れ、雛は首を完全に折られていた。
 変わり果てた姿の親子を見た少年は、その鶴達が、間違い無く自分の見たあの親子であろうと悟ってしまった。しかし、持ち込まれた鶴の雛は一羽だけ。猟師に問えば、寸での所で逃してしまった、と答えた。
 少年は、この鶴と雛の遺骸を買い取りたい、と父や祖父に頼み込んだ。可愛い息子であり孫が初めて頭を下げて強請った物を、彼を溺愛する二人が断る筈が無かった。
 鶴の親子は有名な大名家に買い取られ、立派な剥製になって、屋敷の一番目立つ場所に『飾られる』事になった。魂の抜けた躍動感の前に座り続けた少年は、それ以降、取り憑かれた様に鶴の絵を描き続け、その腕を磨いて鍛え続けた。
 親の手添えではなく、己の手から初めて自身の絵が売れたある日。何年も被写体に描き続けた美しい剥製を、少年は家の裏で灰になるまで焼いた。今もまだ生き延びているだろう『彼女』の『子』を、あの湖を、美しい仲間を、美しい風景を……必ず自分が護ってみせる、と少年は天に高く昇ってゆく炎を見つめ、『彼等』と己が心に堅く誓った。
 その内、買い手が多過ぎて間に合わない程の有名絵師に上り詰めた男は、自身の稼いだ金で、湖周辺の土地を全て買い取った。
 当初は生家である『この家』に対して反発や猟師達からの抗議もあったが、男は家族の助けを一切受けず、全て自分の力と交渉で解決してみせた。その事実がまた、彼の絵師としての名を上げる結果となった。
 男は売れ過ぎた名故に大名一族から距離を置き、跡目の候補からも離脱する事を宣言した。名目上は商売人と客、という関係になった男と一族だが、それでも、家族の者達は男をいつでも暖かく迎え入れてくれた。

「ジジイ、今回の分だぜ」
「おう、ご苦労さん。買い手共も、吹雪で遅れた所為で心待ちにしていたようじゃぞ」
「俺は頼まれた物を片っ端から書くだけだ」

 巻かれた絵を広げ、提出報告をしながら男はある包みを手に取る。

「そう言えば、見てもらいてぇモンがあるんだ」
「お? 期待しても良さそうな雰囲気の言い方じゃな」

 包みを広げ、姿を現した純白の布に空条家の家主は思わず感嘆の声を漏らした。
 夜を照らす月よりも白く、日向の雪よりも美しい。光の反射で浮かび上がる紋様は水面に広がる波紋の様で、手に取れば風の様に軽く、絹よりも滑らかだった。

「ど、どこで買ったんじゃ、こんな生地。相当高価な物のようじゃが……」
「ある知り合いから『貰った』んだが、俺はソイツを服に仕立てて返してやりたいと思ってる」「何ぃ?」
「岸辺の絵付け師に頼めば、明日には出来るか?」
「まぁ、そりゃあ……」

 出来ん事も無いだろうが、と答えた彼の祖父は、手を口に添えて急に小声で話し始める。

「承太郎、まさかお前、あの『小屋』で女性を囲っとるんじゃあないだろうの?」

 突拍子も無い祖父の質問に、男は露骨に不機嫌な表情を浮かべた。

「何故そうなるんだクソジジイ」
「こんな高級生地で着物を設えて、相手への贈り物にするんじゃろ? こんなの贈られたら、女性はイチコロだろうのう。材質は何じゃ、絹か? 白金か?」
「やれやれだぜ……」

 しかし男は大した反論もせず、生地を祖父へ預ける。やっと孫に春が来そうだ、と喜ぶ祖父に男は溜め息を吐きつつも、あの生地がどうやって織られているのか、何処か不信にも似た疑問を頭の片隅に抱き始めていた。





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