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鍵を拾った少年

ジャンル: ホラー 作者: ファンシーホラー
目次

第十一話

女の子は、ニッコリ笑顔だった。
「何して遊ぶ?鬼ごっこ?本物の鬼さんもいるよ?」
冗談にして欲しかった。
少年の笑顔が、引きつった。
先ほど、まさか本物の鬼との、鬼ごっこを求められるのではと、思っていたのだ。
しかし、どうやらからかわれたようだ。
可愛らしく、クスクスと笑いながら、冗談だといってくれた。
「だって、神官さんじゃないのに、鬼さんと鬼ごっこしたら、食べられちゃうもん」
本当に、おかしそうだった。
君も、正体は鬼か魔物ではないのか。
そういいかけて、本性を表されれば怖いので、黙ることにした。
「………えっと、鬼さんがいない鬼ごっこで」
お願いをした。
女の子は、それで許してくれたようだ。だが、少年にとっては、それでも十分に勇気を試される出来事であった。確かに、鬼ごっこを引き受けた。そして、本物の鬼が出てこないようにお願いをした。
なのに――
「はっ、はっ、はっ………」
少年は、必死に走っていた。
甘く見ていた己を蔑む余裕すらなかった。
ここは森の中である。
しかしながら、自分達人間が住まう森でないことを、忘れていた。
何かの尻尾を、踏んじゃったのだ。
「にゃ~ごぉぉおおおおおっ」
猫が、追いかけてきていた。
それも、ただの猫ではない。
いいや、見た目は猫だ。
オレンジと白の細いラインが交互に模様を作る、いわゆる縞模様(しまもよう)の猫だ。
ただし、大きさは、クマであった。
猫と分かる姿なのに、大きなクマのサイズだった。
いいや、クマより大きかった。メキメキと、樹木を時折倒しながら、突進してきた。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
如何に育ち盛り、運動盛りの十三歳でも、限度はある。ここは少年にとっては未知の場所、森の中。森で遊んだことは日常でも、山で育った修行者ではないのだ。
いや、修行を積んだ人物でも、少年と結果は同じだろう。
ただ、逃げていた。
「はははははっ、やっぱり猫、踏んじゃったぁ~っ」
仕組まれていたようだ。
これが、彼らにとって当たり前なのか、わざとなのか、分かりようがない。
怒るべきなのか、救いを求めるべきなのか、分かりようがない。
ただただ、少年は必死に走っていた。
「ちょ、た、たぁつ――」
助けてくれ。
そんな単語も、口から発せられる余裕はなかった。
ここは、不思議な森である。
森だと思っていた、それは問題ない。
だが、住まう生き物達は、子供向けの不思議な絵本そのままであった。
大熊サイズの、猫であった。
誰が教えてくれただろう、不思議な世界は実在したなど。
自分が、一番知っていたはずだ。鍵を拾った少年である。目の前に、不思議な扉が現れて、考えナシに通り抜けたマヌケである。
仕組まれたこととはいえ、これは自分の責任だ。
「目立たない子だから、みんな、気づかないんだよねぇ~」
なら、最初に教えてくれ。
草原は狭く、鬼ごっこの逃走範囲は、木々の間にまで拡大した。
結果、踏んじゃったのだ。
踏んではならないものを、木の根だと思っていたものを。
「そっ、そっそぉ――」
そういうことは、早く教えてくれ。
少年が口にしようか、そう思った言葉は、発する余裕など、なかった。
唯一つ、走ることだけが、大事なのだから。
あの大きな口でかみ疲れれば、終わりなのだから。
猫がねずみを捕らえたように、バクリと、あっけなく………
ここは、やはり怪奇の場所であった。
数分後――
「またねぇ~………」
「にゃ~、ごぉおおお~………」
女の子と、猫の二人が、元気よく挨拶をしてくれた。
女の子のとりなしによって、猫は許してくれたのだ。
わざとではなく、悪意もないのだ。どこまで知能があるのか分からないが、女の子のお願いは、聞いてくれるらしい。
なお、猫の名前は、『ダマ』らしい。
かつて飼い主に、名前はまだだと言われたのを、ダマという名前だと、勘違いしたという。
別にそれでもいいと、元の飼い主も、了承したらしい。
女の子は今、『ダマ』という猫の背に乗っていた。
ご機嫌だった。たくさん遊んだと、満足の笑みであった。
一方の少年は………
「あぁっ………あぁ………」
力なく、片手を上げた。
疲労困憊、ぼろぼろであった。
次の瞬間には、いつもの洗面所に戻っていた。
足元には、散らかしたままの、辞書やらその他もろもろ、扉が閉まらないよう、重り代わりの色々があった。
疲労困憊の上、まだ片づけをせねばならないのか。
ふと、振り返る。
先ほどは、太陽さんさんと降りしきる、真昼であった。
今は、月が最も高く上り始めている、夜空である。
お外は真っ暗で、二つの月が、満月も同然に、輝いている。『月の狂宴』として、伝えられている出来事。
それを少年は、体験していた。
最初こそ恐怖で、今はただ、疲れていた。
「はぁ………また遊ぼう、ってかぁ………」
着替えることなく、洗面所に突っ伏してしまった。
目覚めれば、冷たく、がちがちになった体をバキバキさせながら起き上がるだろう。
大汗をかいたままだ。風邪を引かなければいいと思いながら、すでに起き上がる意欲は、消えていた。
怪奇現象の二日目は、こうして終わった。

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