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鍵を拾った少年

ジャンル: ホラー 作者: ファンシーホラー
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第十話

「ただいま……と……」
少年は、部屋に戻っていた。
学校からは、無事に戻ってくることが出来たのだ。
怪奇現象に出会わず、もちろんその他にもだ。
幸いにして、旧校舎の見回りなど、まじめにするつもりがないらしい。警備員の影も見ることはなかった。これが油断となり、次回の訪問でばったり捕まって、指導室送り。そうならないために、注意を改めてするように先輩に言われたが、今は忘れたい。
だが、忘れなかったこともある。
「あ……そうだ……」
部屋の扉を閉めつつ、約束を思い出す。
お願いだった。
扉は、ちゃんと閉めること。
洗面所の扉が閉まらないように、辞書やその他もろもろを立てかけていたのだが、全て外したのだ。
なぜ、律儀に言うことを聞かねばならないのだ。
『転校生』とのやり取りを見ていると、あの幼い女の子は、見た目の通りの判断でいい。子供であって、子供でないものの、なすことは子供なのだ。
ただ、遊びたいだけなのだ。
「………またかよ」
閉めると、洗面所の扉が、青かった。
早速、青かった。
先日目にしたときには、恐怖を覚えたものだが、もう違う。怪奇現象であっても、こういうものと言う認識に変われば、怖くなくなるのは、なぜだろう。少年は、当たり前のように、今度は自分の意志で、青い鍵を差し入れた。
そして、扉を開けた。
自分の人の良さに感心しつつ、人ではない幼い女の子に、どこまで心を許してよいものか、悩みつつ。
そこは、昨日と同じ草原だった。
正しくは、森の中に、ポツリと拓かれた空間であった。
少年は、ほっとした。
もしこの森の光景が、墓場のように豹変していればと、不安だったのだ。
扉の出現と言う怪奇現象が日常と変わりつつあっても、怪奇現象なのだ。
最も、怪奇現象におびえ、想像力たくましくなっているだけでもある。それは、フード付きのマントをかぶった、小さな女の子におびえた先日が、教えていた。
フードの下は、怪物の顔かもしれないと、ずっとおびえていたのだから。
その女の子が、にっこりと笑って待っていた。
「いらっしゃい」
学校の資料室と、この森の中の草原。
怪奇現象であれば、二つの空間がつながっているということなのだろうか。必然性もなく、学校のそばに森があって、その近くに別のまた、何かがある。
それとも、同じ距離?
なら、女の子は駆け足でアパートまでの距離を移動したということか。少年を出迎えるために………
「ね、遊ぼ?」
にっこり笑顔で、せがまれた。
あるいは、命令。
少年は、自分は考えすぎかと思いつつ、気持ちを入れ替える。
『転校生』の話し振りでは、この子は、遊びたいだけの子供と言う印象でよいらしい。
幼い子供の遊び相手。
さて、どうしよう。
とりあえず、鬼ごっことか言われれば、躊躇するべきだろうか。本物の鬼と、追いかけっこをすることになっても、不思議はないのだから。
「えっと、ボクは明日もあるから………遊ぶのは、少しだけだよ?」
再会を約束したが、遊ぶ約束まではしていない。
本日は、挨拶。
扉をいつでも開けるように、扉はいつも閉めておく。そのように望まれ、かなえたのだ。そして、遊ぶ約束まではしていない、これはただの、挨拶。
怪奇現象に、律儀にお答えをしたのだ。義理は十分に果たしたと思う。
さて、幼い女の子に通じるだろうか。
そもそも、日常はどのようなものなのだろう。怪談のように、広い森の中でたった一人遊ぶ幽霊の女の子。その可能性もあるのだが………
「分かってるよ、ずっとこっちにいたら、お兄ちゃんは変わっちゃうから」
つまらなそうに、とんでもない発言が聞こえた。
少年は、いったい何に巻き込まれたのだと、慌てる。
怪奇現象に巻き込まれているのだと、自分が突っ込みを入れる。
ずっとこちらにいるのは、よろしくないらしいと。
「えっと……変わっちゃうって、どんな風に」
少年は、おびえた。
怪奇現象が日常だとあきらめながら、甘く見すぎではないかと。おとぎ話には、人が変身してしまう話が、いくらでもある。森の話なら、木々に変えられるというもの。いいや、バツとして樹木にされたのか、記憶はあいまいだ。急に、何の変哲もないはずの森の木々が、人の形に見えてきた。
もしも自分が、ここの木々のように変わってしまうのだとすれば、ここに長くいては、危険だと。
だが、違う意味であったらしい。
「だって、おっきくなって、おっきくなるの」
どういう意味だろう。
巨人化するのか。
少年は、もう少し詳しく話を聞いてみることにした。嫌な予感は、あくまで自分の想像力がたくましすぎるためだと、期待して。
幸い、期待は正解だった。
大人の姿に、変化するという意味だ。
「なんだ……そりゃ、僕たちは一年で何センチも背が伸びるし、十年もしないうちに、僕たちは大人になるよ。君たちは……」
『転校生』を思い出す。
五十年前と、同じ姿のままなのか、それとも、ほんの少しでも、成長しているのか。
訊く機会がなく、あまり意味のない気もする。件の『転校生』であるため、自分たちと流れる時間が異なることは、確かなようだ。
子供にとって、流れる時間が異なれば、変わったと表現するらしい。
それはそれ、これはこれ。少年は、女の子のご機嫌を取ることにした。
怪奇現象はそれとして、女の子は遊びたいのだ。満足すれば、帰してくれるだろう。

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