じゅうさんこめ
「残念ですが、この事に関して私は君に説教を出来る立場ではないようです。なぜなら、私自身ここに居た時ここの人間とは誰一人として馴染めなかったので」
「Sが?あんなにみんなに慕われているのに?」
「…皆さんが見ているのは私ではなく、Sという虚像にすぎませんよ」
「そんなことないわ!…みんなSやLを心から慕っていて、それで、でも私は」
自分とSを比べるなんて烏滸がましい。だってあまりにも違いすぎる。そう思うとだんだん悲しくなって、辛くて俯いた。
私には才能なんてない。誰よりも劣る自分が情けなくて仕方ない。ここは才能ある子達しか居ちゃダメな場所なのに、才能ない自分がみじめて、どうしようもなく見えた。
「才能のない人間なんていませんよ」
ひゅ、と音がした。
それは自分の喉から出た音で、「なんで?どうしてわかったの?」そう意味を込めてSを見上げるとSは私の目をじっと見つめてからまた優しい声音で、親が子に言い聞かせるように話し出す。
「君は自身を平凡であると言うようですが、一体だれが平凡であるという基準を作ったのでしょうね。どういう人間が平凡であると誰が決めたのでしょう。君が平凡だと誰かが言いましたか?」
「言われてないけど、私はここにいるみんなと違って難しい問題も解けないし、理解すらできない。」
「確かにここにいる子供たちに出される問題は難問ばかりですね。個別講義においては更に難解でしょう。では問題を変えましょう。世の中には皆が解ける勉学が出来ずともある分野で頭角を現した人間がいました。その人間は平凡でしょうか」
「平凡ではないわ、だってその人は自分の才能があるもの」
「そうですね。ではリリー、君は自分にはそのような才能はないと?」
「いろいろな分野を見たけれどどれも合わなかった。私にできるのはシッターのお手伝いをするだけ」
勉学の時間は嫌で、時折逃げ出してはハンナ達に仕事を貰った。最初は戸惑ってたハンナ達も、今では優しく色々なことを教えてくれる。
けれどそれだけ、できる仕事は限られているし才能なんて言えない手伝いだけだ。
「ハンナから聞きましたよ。君が良くハウスの手伝いをしてくれるのだと。丁寧に仕事をこなすから助かっていると言っていました」
「ハンナを知っているの?」
「ええ、良く知っています。彼女は私の友人ですから。そして君のように自分には才能がないと悩んでいた一人でした」
Sは懐かしむように目を伏せて、ゆるりと口元を緩ませる。確かにハンナは自分も勉強が苦手だって言っていた。だからロジャーが気を利かせて、彼女をハウスのシッターとして雇ったのだとも。
「君から見て、勉学が苦手なハンナは才能のない「平凡」な人間に見えますか?」
「そんなことない!」
ハンナは素敵な大人だ。私たち一人ひとりの心境の変化に気付くのもいつもハンナだった。
そんなハンナが私たちは大好きで、大切だと思っている。だから、ハンナの手伝いをした後に、彼女の笑顔を見ると心がほっこりと温かくなるんだ。
確かにハンナはSのような才能には恵まれなかったのかもしれない。けれど、それでも、ハンナが才能のない人間には到底思えない。
だって、あんなに優しい、お母さんみたいにみんなを包み込めるのは、きっと。
「そうですね、私もそう思いますよ。」
怒鳴り散らすようにハンナを援護した私に、Sは怒るどころか一層優しい眼差しをくれた。それにくすぐったくて、急に感情的になったことが恥ずかしくて、思わず立ち上がった姿勢からどうしていいか分からずにいた。
そんな私に、Sは私の頭に手を乗せると、そのまま撫でるでもなく、頭の上に手を置いたままゆるりと笑った。
「それが君の才能ですよ」
「わたしの、才能?」
「長所と短所は紙一重だと思います。人から見ればその人の良い点でも、他の誰かから見れば欠点にも見える。明るく人だと見る人もいれば、騒がしいと斬ってしまう人もいるということです。」
Sの言いたいことはわかる。
普通の学校に通っていた時の同じグループに居た子達だって、「物静かで大人しい」と褒める子もいれば「何を考えているか分からない根暗」とバカにする子もいた。
誰かから見たら好意的にとらえられることだって、他の誰かから見たら排除するべき点にもなる。
それを幼いころの私は怖いと思ったんだ。
「君の才能は、人のいいところを見つけるところ。そして人のためにちゃんと怒れるところですよ」
目を見開いた私に、Sは「ほら、才能がない人間なんていないでしょう?」と言いたげに優しく私を見下ろしていた。
「そんな君のいいところを、隠してしまっては勿体ないとは思いませんか?今まで君と関わってきた人はそれを君の魅力だと思ってはくれない人たちだったかもしれない。
けれど、まだ関りもしないのに今までの人達と比べて素っ気なくするのは良いことなのでしょうか」
わたしはSの真っすぐな瞳から目をそらしたくても、優しい温かさを感じるその目から何故か視線をそらせずにいた。
つづく
「Sが?あんなにみんなに慕われているのに?」
「…皆さんが見ているのは私ではなく、Sという虚像にすぎませんよ」
「そんなことないわ!…みんなSやLを心から慕っていて、それで、でも私は」
自分とSを比べるなんて烏滸がましい。だってあまりにも違いすぎる。そう思うとだんだん悲しくなって、辛くて俯いた。
私には才能なんてない。誰よりも劣る自分が情けなくて仕方ない。ここは才能ある子達しか居ちゃダメな場所なのに、才能ない自分がみじめて、どうしようもなく見えた。
「才能のない人間なんていませんよ」
ひゅ、と音がした。
それは自分の喉から出た音で、「なんで?どうしてわかったの?」そう意味を込めてSを見上げるとSは私の目をじっと見つめてからまた優しい声音で、親が子に言い聞かせるように話し出す。
「君は自身を平凡であると言うようですが、一体だれが平凡であるという基準を作ったのでしょうね。どういう人間が平凡であると誰が決めたのでしょう。君が平凡だと誰かが言いましたか?」
「言われてないけど、私はここにいるみんなと違って難しい問題も解けないし、理解すらできない。」
「確かにここにいる子供たちに出される問題は難問ばかりですね。個別講義においては更に難解でしょう。では問題を変えましょう。世の中には皆が解ける勉学が出来ずともある分野で頭角を現した人間がいました。その人間は平凡でしょうか」
「平凡ではないわ、だってその人は自分の才能があるもの」
「そうですね。ではリリー、君は自分にはそのような才能はないと?」
「いろいろな分野を見たけれどどれも合わなかった。私にできるのはシッターのお手伝いをするだけ」
勉学の時間は嫌で、時折逃げ出してはハンナ達に仕事を貰った。最初は戸惑ってたハンナ達も、今では優しく色々なことを教えてくれる。
けれどそれだけ、できる仕事は限られているし才能なんて言えない手伝いだけだ。
「ハンナから聞きましたよ。君が良くハウスの手伝いをしてくれるのだと。丁寧に仕事をこなすから助かっていると言っていました」
「ハンナを知っているの?」
「ええ、良く知っています。彼女は私の友人ですから。そして君のように自分には才能がないと悩んでいた一人でした」
Sは懐かしむように目を伏せて、ゆるりと口元を緩ませる。確かにハンナは自分も勉強が苦手だって言っていた。だからロジャーが気を利かせて、彼女をハウスのシッターとして雇ったのだとも。
「君から見て、勉学が苦手なハンナは才能のない「平凡」な人間に見えますか?」
「そんなことない!」
ハンナは素敵な大人だ。私たち一人ひとりの心境の変化に気付くのもいつもハンナだった。
そんなハンナが私たちは大好きで、大切だと思っている。だから、ハンナの手伝いをした後に、彼女の笑顔を見ると心がほっこりと温かくなるんだ。
確かにハンナはSのような才能には恵まれなかったのかもしれない。けれど、それでも、ハンナが才能のない人間には到底思えない。
だって、あんなに優しい、お母さんみたいにみんなを包み込めるのは、きっと。
「そうですね、私もそう思いますよ。」
怒鳴り散らすようにハンナを援護した私に、Sは怒るどころか一層優しい眼差しをくれた。それにくすぐったくて、急に感情的になったことが恥ずかしくて、思わず立ち上がった姿勢からどうしていいか分からずにいた。
そんな私に、Sは私の頭に手を乗せると、そのまま撫でるでもなく、頭の上に手を置いたままゆるりと笑った。
「それが君の才能ですよ」
「わたしの、才能?」
「長所と短所は紙一重だと思います。人から見ればその人の良い点でも、他の誰かから見れば欠点にも見える。明るく人だと見る人もいれば、騒がしいと斬ってしまう人もいるということです。」
Sの言いたいことはわかる。
普通の学校に通っていた時の同じグループに居た子達だって、「物静かで大人しい」と褒める子もいれば「何を考えているか分からない根暗」とバカにする子もいた。
誰かから見たら好意的にとらえられることだって、他の誰かから見たら排除するべき点にもなる。
それを幼いころの私は怖いと思ったんだ。
「君の才能は、人のいいところを見つけるところ。そして人のためにちゃんと怒れるところですよ」
目を見開いた私に、Sは「ほら、才能がない人間なんていないでしょう?」と言いたげに優しく私を見下ろしていた。
「そんな君のいいところを、隠してしまっては勿体ないとは思いませんか?今まで君と関わってきた人はそれを君の魅力だと思ってはくれない人たちだったかもしれない。
けれど、まだ関りもしないのに今までの人達と比べて素っ気なくするのは良いことなのでしょうか」
わたしはSの真っすぐな瞳から目をそらしたくても、優しい温かさを感じるその目から何故か視線をそらせずにいた。
つづく
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