ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

帰る場所

原作: その他 (原作:鬼滅の刃) 作者: 紫乃
目次

伝えたいこと

「どうして!!!」
彼女は自分の血鬼術が破られたことに驚いているようだ。
「鬼の血鬼術なら、禰豆子の血鬼術で簡単に破れる!!!」
「ムーー!!」
得意げな声が自分の耳元で聞こえる。
「ね、禰…豆子、ちゃん!?」
いつの間にか禰豆子ちゃんに抱き抱えられていた。女の子に抱き抱えられるという恥ずかしさに一瞬痛みを忘れた。今、きっと俺の顔は真っ赤だろう。
「この糞鬼が!!くたばれ!!」
猪突猛進、といいながら彼女に飛びかかっていく猪頭を被った鬼殺隊士―――嘴平伊之助の姿が見える。
――伊之助も来てくれたのか。
「いや!!たすけて、善逸!!」
彼女の涙に濡れた瞳が俺をまっすぐに捉える。俺の方へ手を伸ばしている。その姿が、昔の――彼女が人間だった頃の姿に重なった。
「逃げんじゃねぇ!!」
伊之助の日輪刀が彼女の首を捉えた。
「待て伊之助!!!」
俺の言葉で伊之助の日輪刀が彼女の首目前で止まる。
「はあああん!!??なんで止めんだよ、紋逸!!」
「…善逸?」
炭治郎も俺を心配そうに見ている。
「俺が……倒す、から」
「おめぇ、ボロボロじゃねぇか!!??そんなんで倒せんのかよ!?」
「――――」
正直に痛みで意識持ってかれそうだし、体はボロボロでフラフラだ。俺だって本来なら伊之助や炭治郎に譲りたい。だけど―――。
「この鬼は、俺がやらなきゃダメなんだ」
俺が、決着をつけなきゃダメなのだと、そう思ったのだ。だから。
ムームーと心配そうに唸る禰豆子ちゃんを炭治郎に預けて、彼女の正面に向き直る。瞳に映った彼女は、とても怯えていた。
「――ぜ、善逸?」
俺を呼ぶ声も、震えている。怖いのだ。彼女には俺の言いたいことが分かっているから。
「茨ちゃん、ごめんね」
「―――いや…やめて…言わないで…」
「俺は、君の特別にはなれないよ」
「やめて!!!」
彼女はその場に崩れ落ちる。俺の言葉が聞こえないように耳をふさいでいる。その体は小刻みに震えていた。
俺はその首に自分の日輪刀をあてがう。
「―――もっと、早く」
「――――え?」
彼女は俺の言葉に反応して、顔を上げる。
「もっと、早く君に出会いたかった」
「――――!!」
「さよなら、茨ちゃん」
刀を振り切った瞬間。最後に見た彼女の顔は、笑っていた。

もっと、早く君に出会えていたら良かったのに。
俺が1人だった頃、1人だけいたんだ。俺を本当に慕ってくれていた女の子が。それが、茨ちゃんだった。とても大人しくて、上品な女の子だった。花が好きで、よく花言葉を教えてくれていた。彼女の耳飾りと左頬の刺青。2本の、黒い薔薇。2本の薔薇は“この世界に2人だけ”、黒い薔薇は“貴方はあくまで私のもの”という意味を持つ。それだけ、彼女が俺を想っていたことが分かる。その想いにこたえることが、今の俺にはできないのだ。
もっと、早く―――鬼になる前に出会いたかった。そうしたら、幸せにしてあげられたかもしれない。もう、今となっては叶わないけど。せめて、俺が区切りをつけたかった。

日輪刀を鞘に収めた後、俺の体は大きく傾いた。思い出したかのようにまた、あの痛みが襲ってきたのだ。
「善逸!!!」
「紋逸!!!」
「ムーー!!!」
炭治郎、伊之助、禰豆子ちゃんが傾いた俺の体を抱き起こして、何か言っている。痛みがひどくて、正確に聞き取れない。だけど、3人が顔が蒼白になるほど焦っているのは“音”でなんとなく分かった。茨に飲まされた薬の効果は、察しがついている。このまま意識を失えば、次に目を覚ましたときには、俺はもう―――――。
言いたいこと、伝えたいことは今伝えなければ。永久にそんな機会はめぐってこないかもしれない。
「たんじろ、伊之助……、助けにきてくれて、ありがとう。俺、信じてたよ。お前たちなら……来てくれるって」
「善逸、もう喋るな!!」
最後なんだから、喋らしてくれよ。今しか、ないんだよ。もう、俺には―――今しか。だから、お願いだよ。俺のわがままを聞いてくれよ。ただの自己満足になっちゃうけど。お願いだからさ。
「禰豆子ちゃん、大好きだよ」
一方的に伝える想いなんて、ずるいと分かっているけれど。それでも、伝えときたかった。禰豆子ちゃんに対するこの想いは、本物だから。これが叶わないものだとしても、それでも良かったのだ。ただ、伝えられればそれだけで、良かった。
3人の悲しい“音”が耳に入ってくる。その音を聞いて、俺も悲しくなった。でも、涙は見せたくない。最後ぐらい笑ってお別れしたい。
わがままばっかりで、本当にどうしようもない男だと、自分でも思う。ごめんね、こんなずるい男で。こんな、バカな男で。
「みんな、大好きだよ―――」
お別れは言わない。それを言葉にしてしまったら、きっと一縷の希望も望めなくなる。だから、言わないよ。大好きなこの場所にちゃんと帰ってこれるように。
―――ああ、どうしていつもこうなんだろう。
嫌なことがあったときは、いつも目の前には夜空が広がっているのだ。憎たらしいほど綺麗な星空が。よどみのない綺麗なこの空みたいに、俺の人生も好転すればいいのに―――。

その言葉とともに、俺の意識はぷつりと途切れた。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。