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帰る場所

原作: その他 (原作:鬼滅の刃) 作者: 紫乃
目次

帰りたい場所

「―――――ねえ」
誰かの声が聞こえる。凜として綺麗な“音”だ。
「―――――ねえ、聞こえてる?」
先程よりも力強い声で呼びかけられる。徐々に怒っている“音”が強くなっていく。このまま眠っているとやばい――――。直感的にそう思った。
恐る恐る目を開けてみる。その目に映ったのは薔薇の耳飾りと左頬に薔薇の刺青をした少女――――いや、少女の姿をした鬼だった。
「あ、やっと起きた」
「―――っひ」
「怖がらなくていいのよ?私はあなたを食べる気なんてないんだから」
そんなはずはない。鬼は欲望のまま人間を喰う生き物だ。俺が喰われない保証なんか、どこにもない。今すぐ叫びだして逃げてしまいたい。だが、先程負った傷が痛んでそれどころではなかった。
「ふふふ、あははははは」
ずっと俺を見つめていた鬼は急に笑い出した。心の底から楽しい“音”がする。
「やっと、会えたね。善逸」
「――――え」
どうして俺の名前を知っているのか。
「ずっと探してたんだよ?鬼になる前からず―――っと」
鬼に“なる前”から?つまり、人間だった頃からということだ。
この鬼は、俺の知人かもしれない。
「人間だった頃のことはあんまり覚えてないんだけど。なんでかな、あなたのことは覚えてた」
鬼から聞こえる“音”は、俺が禰豆子ちゃんに向ける感情と同じモノだ。
――――恋をしている“音”だ。
その笑顔の面影に昔の記憶の女の子が重なった。
「私と死ぬまで一緒に、過ごしましょう?」
おぞましく歪んだ笑顔とともに、その子の名前を思い出した。
「―――茨ちゃん」
「名前、思い出してくれたんだね。嬉しい」
さらに笑みを深めて、茨は言う。
どうにかしてここから逃げ出したい。怖くて怖くてたまらない。
「ね、ねえ茨ちゃん。俺、このままだと死んじゃうよ。せ、せっかくまた会えたのにそんなのいやじゃない?」
どうにかして、彼女を外に行かせられれば、その間に雷の呼吸で逃げられるはずだ。
何でもいいから、外に行かせる理由を作れば――――。
「そうねぇ。それは確かにいやだわ。私、もっと善逸とお話したいもの」
「じゃ、じゃあ、せめて外に行って包帯とか傷薬とか買ってきてほし―――」
「でも」
俺の言葉を遮って、茨は言う。
「血の滴るあなたもとても素敵だわ。だからもう少し我慢してよ、私のために、ね?」
血の気が引くのを感じた。彼女は分かっている。俺の考えていることが全て。彼女と駆け引きをするのは無理だ。無理矢理にでもここから逃げるしかない。
「無駄よ?ココは私の血鬼術で作った空間だもの。そんな体じゃ逃げたりできないわ」
にっこりと満面の笑みを貼り付けて、茨は淡々と事実を話す。
「だから、ゆっくりお話ししましょう?」
―――怖い怖い怖い怖い。
俺の頭の中は恐怖で支配されていた。もう、何を言われても怖くて仕方がない。体もずっと震えている。冷や汗も止まらない。
―――誰か、助けて。
―――――――――――――――――――――――――――炭治郎。
不意に炭治郎の顔が浮かんだ。

どうした善逸?

優しく声をかけてくれる、炭治郎の顔が。
その途端、1つの感情がわき上がってきた。

―――帰りたい。

みんなが待ってる、俺の居場所へ。

こんなところで怖がって、震えて、逃げている場合ではない。帰るんだ。みんなの待つ場所へ、生きて―――!!

「善逸」
名前を呼ばれただけだ。それだけ、なのに。また体が震え出す。彼女の“音”が今まで聞いたことないくらい静まりかえっている。
恐怖に呑まれて聞き逃したのだ。彼女の“音”が変化していることに。
「どうして私を見てくれないの?」
彼女の一言一言が重く体にのしかかる。
「目の前にいるのは私なのに」
「い、茨ちゃ―――――」
「他の奴のことなんか考えないで!!」
激昂した彼女は俺の胸倉を掴んできた。その動作は乱暴でさらに傷口から血がしたたり落ちる。失血による目眩がひどい。
「善逸は私のことだけ考えてればいいの。善逸には私だけがいればいい…善逸は私のモノ……ああ、そうだわ」
何かを思いついたようだ。頭がくらくらして、うまく思考がまわらない。それでも、ここから早く逃げなければならないことは明白だった。本能的にまずい、と感じたのだ。
「これで、善逸は私のモノ…」
まだなにかぶつぶつと呟いている。ぼんやりとした頭で状況を確認していた―――のだが。
いきなり顎をつかまれ、顔を上に向かせられた。唇に触れる柔らかい感触に意識を持っていかれる。口づけされていると気づいたときには、もう遅かった。彼女の口づけと共に口の中に何か冷たいものが流れ込んできた。のどを鳴らして、それを飲み下す。
―――何か、のまされた!?
とっさに彼女を突き飛ばす。その衝撃で体を地面に強打する。痛いなんて言っている暇はない。早く逃げなければ――――。

ドクン――――――。

「――――っあ!!!???」
脈を打つたびに痛みが増す。ただただ痛い。体が悲鳴をあげている。意識が持っていかれそうなほどの激痛が体中をはしる。
――――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「大丈夫よ、痛くて苦しいのは最初だけ。それを乗り越えれば、後はもう楽になれるわ」
痛みで何も考えられない。それなのに、彼女の声だけは明確に聞こえた。
「これで、あなたは私のモノ」
ほくそ笑む彼女は、とても綺麗に見えた。
そして、痛みに耐えきれなくなったとき、聞こえたのだ。

「善逸!!」

馴染んだ、優しい“音”が、聞こえたのだ。
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