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帰る場所

原作: その他 (原作:鬼滅の刃) 作者: 紫乃
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守りたいモノ

「ああああああ、もう疲れたああああああ!!!!」
「…そうだな、確かに疲れた」
炭治郎には珍しく、俺と一緒に深いため息をついている。鬼自体は俺が気絶している間に炭治郎が倒してくれたから、任務は割とすぐに終わったのだ。問題は鬼を見つける前の聞き込み調査だ。鬼を見た、という人に話を聞きに行ったまでは良かった。ただ、その人がおしゃべり好きで大体3時間ぐらい話につきあわされたのだ。目的の情報を得るために無駄な時間を過ごしたものだ。
「あの人話が長すぎるよ。無駄に疲れた…」
「ま、まあ、もう帰るだけだし、お礼にいっぱい洋菓子もいただいたからいいじゃないか」
「それにしたってさぁ…。もっと、こう…どうにかならなかったのかなぁ」
炭治郎の言うとおり、その人は話を聞いてくれたお礼に、と洋菓子を風呂敷いっぱいに持たせてくれたのだ。蝶屋敷の女の子たちにはいいお土産になるだろう。あと、伊之助にも。
きっと、きゃいきゃいと可愛くみんなで洋菓子をほおばって、笑顔になる蝶屋敷の風景が思い浮かぶ。それを考えれば、3時間話につきあうぐらい、苦ではない気がしてきた。
「もう、早く帰ろう…。帰って禰豆子ちゃんと戯れたい…」
「禰豆子も最近、善逸との散歩が楽しみになってるみたいだからなぁ」
背負っている箱に目線をやりながら、炭治郎はぽつりとこぼす。その言葉にいつもなら叫び出すところだが、我慢した。これ以上体力を消耗したくなかったのだ。なんだか異様に、今日は体が疲れているのだ。
それは炭治郎も同じようだ。いつも以上に疲れている“音”がする。それに加えて、鼻が本調子ではないらしい。戦いのときもいつもよりも反応が鈍かったように思える。
「鼻、大丈夫か?」
「ああ、うん。まだあんまり匂いがわかんないけど…。あの鬼、強烈な“匂い”がして…」
炭治郎は鼻がいい。俺の“音”と同じで、“匂い”で相手の考えていることがわかるらしい。今は全く機能していないようだが。
「早く帰って、しのぶさんに薬もらえよ」
そんないつもの帰路のことだった。背後から炭治郎に向かって、すごい勢いで嫌な“音”が近づいていることに気がついた。炭治郎は気づいていない。鼻が機能していないせいだ。
―――守らなきゃ。
とっさにそう思った。
「――――炭治郎!!!」
とっさに炭治郎の体を突き飛ばす。その瞬間に、体を突き抜けるような鋭い痛みが襲った。
「―――――っ!!!」
「善逸!!!!!」
炭治郎の青ざめた顔がぼやけた視界に入る。俺に駆け寄ろうとしているみたいだ。
――――ダメだ。
「く…るな…!!」
まだ、“音”が消えてない。俺を襲ったモノはまだ、近くにいる。あきらかに、炭治郎を狙っていた。鼻のきかない炭治郎じゃ、正体不明の敵相手は危険だ。
―――守るんだ。
俺が、守らなきゃ。
体を走る痛みに耐えながら、立ち上がる。思っているよりも傷は深いようだ。些細な動きでさえも、傷口から血がボタボタと地面におちるのが見える。だが、幸い足は無事だ。これならまだ、呼吸で戦える。
「善逸、無理するな!!」
炭治郎は止血をしようと当て布を俺の体の節々に当てる。
「早く血を止めないと…!!」
「炭治郎…大丈夫だから、離れて――――」
「大丈夫なわけないだろう!!!」
突然の怒号に、びくりと体がはねた。炭治郎は般若のような顔をして、俺の目をまっすぐ見つめて言った。
「善逸は“鬼”じゃない、人間なんだ!!傷だってすぐには治らない!!」
敵の“音”に集中しすぎて、炭治郎の“音”を聞き逃していた。
炭治郎は怒っている。俺にではなく、自分自身に。
「どうして肝心なときに限って、頼ってくれないんだ」
消え入りそうな声で、炭治郎がぽつりとこぼす。今にも泣き出しそうな顔だ。苦しそうに顔を歪める炭治郎に、俺は胸が締め付けられた。そして同時に俺の中で2つの感情が葛藤していた。
――そんな顔をさせたかった訳じゃない。ただ、笑っていてほしかった。
――痛い、逃げ出したい、助けてほしい。
――俺がいなくても、みんなが笑って過ごせるなら、俺なんて。
――俺もみんなと、炭治郎たちと笑っていたい。

―――――俺も、炭治郎たちと一緒に帰りたい。

自分の本心が分かったとき、それはもう、叶わないのだと確信した。
背後で“音”が聞こえたからだ。
「ごめん、炭治郎」
もう一度、炭治郎の体を突き飛ばす。その動作でまた血がしたたり落ちたが、そんなことはもうどうでも良かった。ただ、炭治郎が助かるのなら、それで良かったのだ。自分のことなんて、どうでも良かった。
突き飛ばされた炭治郎は先程よりもひどく顔を歪めていた。その顔をみて、胸がひどく痛む。目を見開いて、手を俺の方にのばして、俺をどうにか引き戻そうとしてくれている。その手をつかめたら、どんなにいいだろう。
でも、その手をつかむことは――――もうできない。
「ごめんな」
背後からばくり、と何かに呑み込まれた感覚を最後に、俺は意識を手放した。
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