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帰る場所

原作: その他 (原作:鬼滅の刃) 作者: 紫乃
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嫌な思い出

「空がきれいだなあ…」
瞳に映る星空を眺めながら、俺はぽつりと呟いた。
「…痛い」
じんじんと鈍い痛みを伝える自分の頬をさすりながら、思うのだ。
俺は“1人”なんだ、と―――――。
「ほんとは、分かっているんだけどなあ…」
俺は昔から耳が良かった。相手の“音”を聞けば、何を考えているかなんてお見通しだ。
俺が今、こんな思いをしているのは、あいつらが嘘をついていたからだ。
―――騙されていることは分かっていた。
いつだって、俺を信じてくれる人はいない。だって、俺はすぐに逃げるから。嫌だ、嫌だと泣きわめいて、無理だ、無理だと弱音を吐く。そんな人間だから、誰も信じてはくれない。ただ騙しやすいバカな奴。都合のいい人間なんだ。
―――そんなこと、わかっていたはずなのに。
何度騙されても、何度嘘をつかれても、俺は信じたいと思う人を信じた。その結果がこれだ。結局、今回も裏切られた。
「はは…。俺ってほんとバカだなあ」

ただ、仲間がほしかった。

ただ、1人でいたくなかった。

「…借金どうしよ」
騙され続けた俺に残ったのは莫大な借金だけ。一生はたらいても返せるか分からない額だ。最近傷が絶えないのも、借金取りから逃げまくったせいだ。
「…ほんと、バカだ」
おさえきれなくなってこぼれた涙は、月明かりに照らされて夜空の星のように輝いて見えた。


「――――善逸?」
俺の名前を呼ぶ声で現実に引き戻される。任務のために訪れた街で夜まで時間を潰している最中だったのだ。さっきまで隣に座っている鬼殺隊の同期、竈門炭治郎と話をしていた。その途中でだいぶ周りも暗くなり、夜空には綺麗な星が輝いている。それを見て、嫌な思い出が頭の中によみがえったのだ。炭治郎からすれば、急に静かになった俺を不審に思って声をかけたのだろう。炭治郎から心配している“音”が聞こえる。
俺はその思い出を思考から排除して炭治郎に返事をする。
「ああ、何、炭治郎?」
「何、じゃないだろう。急に黙ってどうしたんだ?いつもなら俺が止めないとうるさいくらい話し続けるのに」
「え?俺そんなにうるさい?いつもうるさいの!?炭治郎そんな風に思ってたわけ!?傷ついた!!俺傷ついたよ!!!」
毎度のごとく、いきなり言葉の刃を突き刺してくるな、炭治郎は!!!それがどれだけ俺を傷つけているのかわかってんのか!?
心の内でそう文句を言う。ものすごく優しい奴だってことは分かっているけど、率直に悪口を言われると傷つくのだ。それに加えて、炭治郎には悪気が一切ないところがなおさらたちが悪い。
「いや、うるさいのは本当だろう。いつも蝶屋敷のアオイさんとか、藤の家紋の家の人に怒られてるじゃないか」
「え、いや、それは、そう、なんだけど……」
俺は事実を突きつけられるとめっぽう弱い。毎回怒られて反省はしているのだが、不安になると叫んでしまう癖は簡単には直せないのだ。もちろん、悪いとも、直したいとも思ってはいるのだが。
「そんな事よりも、だ」
そんな事!?そんな事って何!?俺がうるさいことはどうでもいい事なの!?え、言い出したのは炭治郎だよね?俺がうるさいって言い出したのは炭治郎だよねぇ!?
そう講義をしようと、俺は口を開いた。しかし、それは結果的に飲み込むことになった。なぜなら――――
「それで――どうして、急に押し黙ったんだ?」
先程の嫌な思い出が、炭治郎の言葉によって、またよみがえったからだ。
「それは、その…。嫌なこと、思い出しちゃって…」
そうだ。嫌な思い出だ。俺が、まだ1人だった頃の思い出――――。
だけど――――。
「でも、今は違うんだ。炭治郎も禰豆子ちゃんも、伊之助だっているし。俺は、1人じゃないんだって、分かってるから」
「――善逸」
「だから、大丈夫」
俺はもう1人じゃないから、大丈夫。
そう、分かっている。だけど、ずっと1人だったせいで、未だに信じられないのだ。だから、時々こうして、自分に言い聞かせている。それでも、今日みたいに昔の思い出を思い出したり、たまらなく不安になったりするのだ。だから、何でもいいから、言葉に出したり誰かと話したり、独り言を言ったりするのが癖になって、なおせなくなってしまった。情けないと分かっていても、すぐにわめいて、泣いて、他人にすがってしまうのだ。自分が1人じゃないと確認するために。
こんな自分が、俺は心底嫌いだった。
「ほら、もうさっさと鬼倒して帰ろうよ!!俺は弱いから頼りになんないかもしれないけど!!」
「大丈夫だ、善逸は強いからな」
「お前、それ毎回言うけど、俺ものすごく弱いからね?全くもって強くなんてないからね?ねえ、聞いてる?」
炭治郎は心底嬉しそうな顔で何度も繰り返すのだ。善逸は強い、と。俺からしたらとんでもないことを連呼されているのだが、嬉しそうにしている炭治郎を見るのは、嫌いじゃない。
そんな事をこっそりと胸の内に秘めながら、鬼の情報を探しに夜の街へ調査に出かけるのだった。
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