「ホームレス・ルームメイト②」
??「シュルルル…、シュルルル…」
天井に張り付いた巨大蜘蛛は、携帯を取り上げたまま仁根の様子を窺っている。
仁根「あ、ああ…。」
衝撃的な情景に動くことが出来ない。今なら声を上げて助けを求める余裕もでてきたが、下手に行動しようものなら捕食されそうな気がして迂闊に声を発せない。しばらく硬直状態が続く中、巨大蜘蛛がその長く伸びた足をゆっくり動かし、天井から壁へ、壁から床へと伝い降りてくる。
仁根「ひ…。」
距離が縮まらないよう、その動きに合わせて平行移動する。だが、その行動も虚しく、蜘蛛の足が床に着いた瞬間、一気に距離を詰め壁際に追い込む。再び身動きが取れなくなった仁根。
仁根「くぅ、もうだめだっ…!」
覚悟を決めて目を瞑る、だがそのままの状態で数秒たっても何もされる気配がない。瞑っていた片方の目をゆっくりと薄く開けてみたが、蜘蛛はじっとこちらの様子を窺うだけだった。
仁根「…あの、食べないの?」
恐る恐るそんなことを口にしてみる、意思の疎通などできるはずないとは思っていてもこの緊張感から逃れたくてダメもとで話しかけてみたのだ。
??『…黙れ、そのまま静かにしていれば危害は加えない。』
仁根「え…。」
突然蜘蛛から発せられる言葉に、瞑っていた目を開ける仁根。まさか会話ができると思っていなかったので「え、喋れるの?」と困惑しつつも、とりあえず危害を加えないという返事に一先ず安心し、ゆっくりと蜘蛛の方に顔を向ける。
仁根「…あれ、お前まさか…亜人か?」
蜘蛛の風貌に驚きその姿をよく確認しなかったが、改めて確認すると、ただの巨大蜘蛛ではなかった。通常、蜘蛛の頭部に位置する部分にそれはなく、代わりに透き通るような白い肌の美しい女性の半身が生えている。所謂『アラクネ』と呼ばれる種族の亜人だったのだ。
アラクネ『そうだ。私はアラクネ族の亜人だ。』
仁根「なんだそうか。」
亜人と判明した瞬間、ほっとした表情を浮かべる仁根。
アラクネ『む…急に落ち着いたな、怖くないのか?』
仁根「そりゃ最初は突然変異の化け物蜘蛛だと思ってたから滅茶苦茶怖かったよ。でもアラクネなら会話が通じるし、なんとか話合いできるでしょ。そもそも他種族間交流法があるからそう易々と危害は加えられないだろうしね。」
アラクネ『そうか…まあいい、変に暴れなければ私もそれで。」
そう言うと、アラクネは壁際から後退し、仁根の拘束を解く。そのまま部屋のやや中央まで移動し静止した。
仁根「ふう、どうも。」
アラクネ『悪かったな、この姿を見たやつは同種でない限り、大抵驚き叫んで話すら聞いてもらえないからな。』
仁根「あぁ、まあ普通はそうなるかもね。そもそも虫とかダメな人多いし。」
アラクネ『そこらの虫と一緒にされるのは不愉快だ。』
仁根「す、すみません。」
アラクネ『いや別に、そういうのは慣れてるから。』
アラクネが手を上げると、先程仁根から取り上げた携帯を、指先から糸を垂らし吊るした状態で見せつける。
アラクネ『けど一応これは預からせてもらう。隙を見つけて通報されたら面倒だからな。』
仁根「まあ、ですよね。」
仁根は、押さえつけられたときにできた服のシワを伸ばしながらアラクネのもとに歩み寄る。
仁根「で、君はなんで俺の部屋に上がり込んでるの?これまでの行動からすると何か深い事情がありそうだけど。」
アラクネ『勝手に部屋に入ったのは謝る。人目を掻い潜り隠れながら移動し続けで少し疲れてな。少しでも休息できる場所をと探してたら、ここを見つけて。ちょっと休んだら出ていくつもりだった。』
仁根「ちょっと待って、なんでわざわざそんな事を?君のホストファミリーは?ここにいるってことは他種族間交流の留学生とかだろ。」
嫌な予感がしながらも、あえて彼女からその答えを聞き出そうとする。アラクネは一息つき、意を決したように仁根を見つめる。
アラクネ『…私は留学生じゃないよ、『ある奴』を追って人間の地まで来たんだ。だから見つかったら本国に強制送還される、言わば犯罪者、ね。』
仁根「やっぱりかぁ~~~。」
嫌な予感が的中し、思わず頭を掻き乱す。一度大きくため息を漏らした後、なんとか冷静さを取り戻す。
仁根「てか、なんとなく予想できてたからそれはいいや…いや、よくないけど…。で、そこまでして『そいつ』に会わなきゃいけないわけ?ひょっとして恋人かなんか?」
アラクネ『はぁ!?』
何気ない仁根の言葉に顔をしかめ、胸ぐらを掴み再び仁根を壁際へ追い込んだ。
アラクネ『ふざけるな!あいつは私の一族を理由もなく傷つけ村を荒らした正真正銘の犯罪者だ!私はその復讐の為にここまでやってきたんだ!奴に復讐できるなら同じ犯罪者でもなんでもなってやる!』
仁根「ぐぐ、悪かった、よ…。変なこと言ってごめん。」
苦しむ仁根を見て冷静になり、咄嗟に掴んでいた手を放す。
アラクネ『あ、すまん。つい…。』
仁根「げほ、ごほ、…いや俺も失礼なこと言ったから。」
アラクネ『…。』
仁根「復讐、て言ってたね。とりあえず、ちゃんと話を聞くよ。このまま立ち話もなんだから座って、お茶でも飲む?淹れてくるよ。」
アラクネ『い、いや、もう出ていくから。』
仁根「まあまあそう言わずに。安心しな、ここまで乗り掛かった舟だし、警察に突き出すつもりもないからさ。」
仁根のその言葉に、アラクネは何も言わずただ仁根に従い床に座り込む。
――――
お茶の注がれた二つのコップを持ってきた仁根。一つはアラクネの前に置き、一つは自身が持ったままアラクネの対面に座る。注がれたお茶を飲みながら、ゆっくりと少しずつ事情を話し始める。
仁根「つまり、ある日突然何者かが村にやってきて、君の村を荒らしまわった挙句、仲間達を傷つけていったと。で、色々と犯人の情報を収集していたら、そいつは亜人で、今この人間社会で暮らしているところまでつきとめたと。」
アラクネ『そうだ。』
仁根「うん、それは確かに酷いな。復讐したい気持ちもわからないではない。」
アラクネ『別に、無理に同情してくれなくてもいい。』
仁根「いや、無理してないよ。でもそれなら尚の事、留学生として申請出してこっち来ないと。今みたいにこそこそ隠れながら犯人探したって見つかるものも見つからないでしょ。」
アラクネ『それはそうだが、申請から許可されるまでの手続きに時間がかかる。今留学希望者が多くて役所が多忙なのは知っているだろう?』
仁根「あぁ、まあね。」
アラクネ『私はそれが待てないんだ。一刻も早く犯人をつきとめたい。こうしてる間にも、奴は悪びれもなくのうのうと生活していると思うと腹が立つ。」
硬く鋭い爪の生えた指に力が入り、握りしめたコップにヒビが入る。
仁根「まぁまぁ落ち着いて。…よしわかった!」
アラクネ『?』
仁根は何かを決したように膝をはたき、その勢いのまま起立する。
仁根「アラクネ、君でよければだけどしばらくこの部屋を活動の拠点にしてみない?」
アラクネ『は?!な、何を言って…!』
仁根「実は俺も理由あって、ここで生活してくれる亜人探してるんだよね。ここでルームシェアするはずの亜人がこれなくなってさぁ、本来亜人との共同生活前提で借りる部屋だから困ってたんだ。」
突然の提案に困惑するアラクネ。少し考えると、表情を暗くして答える。
アラクネ『さっきも言ったが、私には許可証がない。他種族間交流の資格がないんだ、申請した時点で私が留学の許可証がないことがバレて即強制送還だ。最悪お前も犯罪者に加担したとして罪をかぶる危険性もあるんだぞ。』
仁根「それなんだけどさ、何とかなるかもしれないんだ。」
アラクネ『…?』
仁根「一か八かなんだけどね。その為にもその、ちょっとだけ、携帯返してもらえるかな?ダメ?」
仁根から取り上げた携帯を見つめるアラクネ。本来、自身の容姿を見ただけでも逃げ出す者が多い中、自分より小柄で非力な人間が見せるこれまでの行動に、彼女の冷たく固まった心をほぐしつつあった。
アラクネ『…信じるわけじゃない、裏切れば命はないぞ。』
小声でそう呟きながら、絡めた糸をほどき携帯を仁根に渡す。
仁根「ありがとう。」
そう言うと、ポケットから小さな紙を取り出し、どこかに電話をかける仁根。
その夜、周りの家々もちらちら消灯しはじめる時間、部屋に仁根とアラクネ、そしてもう一人女性の姿があった。
仁根「…。」
アラクネ『…。』
墨須「……なるほどね、事情は察したわ。」
先程電話を掛けたのは墨須の携帯だった。仁根から事の顛末を包み隠さず語られ、夜も更ける中駆けつけてくれたのだ。二人の目も前で椅子にもたれかけたまま、腕を組み思考する様子を見せる墨須。
仁根(やっぱり、無理があったかな~。)
墨須「いいんじゃない、別に。」
仁根「え、いいの?」
思いのほか簡単に、しかも好転的な方向で決着がついた。
墨須「だって仁根くん、新しい亜人の子探してたんだしね。丁度いいじゃない。彼女の許可証については任せといて、こっちでうまくやって彼女用の許可証作って持ってこさせるから。」
仁根「た、助かります!良かったなアラクネ、これで犯罪者にならなくて済むぞ!」
アラクネ「信じられない、こんなにあっさりうまくいくとは…流石は他種族間コーディネーターだ。」
二人の称賛の声に、得意げに胸を張りもっと褒めてと催促をする墨須。
墨須「まぁ普通はこんなのありえないけどね。立場上、ホントは今からでも部隊招集して二人とも連行するんだけど。」
仁根&アラクネ「『!!!』」
墨須「ぶっちゃけ、そっち(正攻法)しちゃうと色々やることが増えて面倒なのよ。しかもこんな夜中にさ、そんなバタバタしてらんないっていうか、今だって同僚と飲んでるときに携帯なって一気に場しらけちゃうしさ…、さっさと終わらせて飲み直したいってのもあってさ…」
ぶつぶつと愚痴をこぼす墨須にいたたまれなくなる仁根。
仁根「と、とにかくありがとうございます。墨須さんに連絡してよかった。」
墨須「こほん、だから言ったでしょ。バックアップしますって。それにあなたならこの危険な橋上手く渡れそうな気がするしね。」
仁根「?」
墨須「ふふ、こっちの話よ。でも一つだけ忠告、特にアラクネさん。」
アラクネ『!?』
墨須「今回、あなたの件は個人の復讐として解決しようとしないで、今後生活を共にする相方とよく相談して行動すること。万一犯人を特定したら私にも連絡すること。了解できるかしら?」
アラクネ『ああ、わかった。約束する。』
墨須「よろしい、ではまた!よーーーし!飲み直すわよーーー!」
必要最小限で事を解決し、すぐに出ていく墨須。
仁根「よかった、本当に。なにより君が犯罪者にならなくて済んで。」
仁根の何気ない一言に、思わず笑みがこぼれる。アラクネと出会って、初めて見る笑顔だ。
アラクネ『本当、お前は変な奴だな。』
仁根「そう?」
アラクネ『普通、不法侵入したこんな見た目の奴にここまでしないだろう。』
仁根「見た目は関係なくない?君はアラクネなんだしそれが普通の姿で…」
アラクネ『シダカ。』
仁根「うん?」
シダカ『私の名だ、これから共存するんだから名前くらい覚えてもらわないとな。」
仁根「シダカ、か。いい名前だね。そんじゃ、これからもよろしく、シダカ。」
シダカ『よろしくな、…相棒。』
二人は堅い握手を交わす。仁根の長い一日は終わりを迎え、そして、シダカとの新しい一日が始まる。
天井に張り付いた巨大蜘蛛は、携帯を取り上げたまま仁根の様子を窺っている。
仁根「あ、ああ…。」
衝撃的な情景に動くことが出来ない。今なら声を上げて助けを求める余裕もでてきたが、下手に行動しようものなら捕食されそうな気がして迂闊に声を発せない。しばらく硬直状態が続く中、巨大蜘蛛がその長く伸びた足をゆっくり動かし、天井から壁へ、壁から床へと伝い降りてくる。
仁根「ひ…。」
距離が縮まらないよう、その動きに合わせて平行移動する。だが、その行動も虚しく、蜘蛛の足が床に着いた瞬間、一気に距離を詰め壁際に追い込む。再び身動きが取れなくなった仁根。
仁根「くぅ、もうだめだっ…!」
覚悟を決めて目を瞑る、だがそのままの状態で数秒たっても何もされる気配がない。瞑っていた片方の目をゆっくりと薄く開けてみたが、蜘蛛はじっとこちらの様子を窺うだけだった。
仁根「…あの、食べないの?」
恐る恐るそんなことを口にしてみる、意思の疎通などできるはずないとは思っていてもこの緊張感から逃れたくてダメもとで話しかけてみたのだ。
??『…黙れ、そのまま静かにしていれば危害は加えない。』
仁根「え…。」
突然蜘蛛から発せられる言葉に、瞑っていた目を開ける仁根。まさか会話ができると思っていなかったので「え、喋れるの?」と困惑しつつも、とりあえず危害を加えないという返事に一先ず安心し、ゆっくりと蜘蛛の方に顔を向ける。
仁根「…あれ、お前まさか…亜人か?」
蜘蛛の風貌に驚きその姿をよく確認しなかったが、改めて確認すると、ただの巨大蜘蛛ではなかった。通常、蜘蛛の頭部に位置する部分にそれはなく、代わりに透き通るような白い肌の美しい女性の半身が生えている。所謂『アラクネ』と呼ばれる種族の亜人だったのだ。
アラクネ『そうだ。私はアラクネ族の亜人だ。』
仁根「なんだそうか。」
亜人と判明した瞬間、ほっとした表情を浮かべる仁根。
アラクネ『む…急に落ち着いたな、怖くないのか?』
仁根「そりゃ最初は突然変異の化け物蜘蛛だと思ってたから滅茶苦茶怖かったよ。でもアラクネなら会話が通じるし、なんとか話合いできるでしょ。そもそも他種族間交流法があるからそう易々と危害は加えられないだろうしね。」
アラクネ『そうか…まあいい、変に暴れなければ私もそれで。」
そう言うと、アラクネは壁際から後退し、仁根の拘束を解く。そのまま部屋のやや中央まで移動し静止した。
仁根「ふう、どうも。」
アラクネ『悪かったな、この姿を見たやつは同種でない限り、大抵驚き叫んで話すら聞いてもらえないからな。』
仁根「あぁ、まあ普通はそうなるかもね。そもそも虫とかダメな人多いし。」
アラクネ『そこらの虫と一緒にされるのは不愉快だ。』
仁根「す、すみません。」
アラクネ『いや別に、そういうのは慣れてるから。』
アラクネが手を上げると、先程仁根から取り上げた携帯を、指先から糸を垂らし吊るした状態で見せつける。
アラクネ『けど一応これは預からせてもらう。隙を見つけて通報されたら面倒だからな。』
仁根「まあ、ですよね。」
仁根は、押さえつけられたときにできた服のシワを伸ばしながらアラクネのもとに歩み寄る。
仁根「で、君はなんで俺の部屋に上がり込んでるの?これまでの行動からすると何か深い事情がありそうだけど。」
アラクネ『勝手に部屋に入ったのは謝る。人目を掻い潜り隠れながら移動し続けで少し疲れてな。少しでも休息できる場所をと探してたら、ここを見つけて。ちょっと休んだら出ていくつもりだった。』
仁根「ちょっと待って、なんでわざわざそんな事を?君のホストファミリーは?ここにいるってことは他種族間交流の留学生とかだろ。」
嫌な予感がしながらも、あえて彼女からその答えを聞き出そうとする。アラクネは一息つき、意を決したように仁根を見つめる。
アラクネ『…私は留学生じゃないよ、『ある奴』を追って人間の地まで来たんだ。だから見つかったら本国に強制送還される、言わば犯罪者、ね。』
仁根「やっぱりかぁ~~~。」
嫌な予感が的中し、思わず頭を掻き乱す。一度大きくため息を漏らした後、なんとか冷静さを取り戻す。
仁根「てか、なんとなく予想できてたからそれはいいや…いや、よくないけど…。で、そこまでして『そいつ』に会わなきゃいけないわけ?ひょっとして恋人かなんか?」
アラクネ『はぁ!?』
何気ない仁根の言葉に顔をしかめ、胸ぐらを掴み再び仁根を壁際へ追い込んだ。
アラクネ『ふざけるな!あいつは私の一族を理由もなく傷つけ村を荒らした正真正銘の犯罪者だ!私はその復讐の為にここまでやってきたんだ!奴に復讐できるなら同じ犯罪者でもなんでもなってやる!』
仁根「ぐぐ、悪かった、よ…。変なこと言ってごめん。」
苦しむ仁根を見て冷静になり、咄嗟に掴んでいた手を放す。
アラクネ『あ、すまん。つい…。』
仁根「げほ、ごほ、…いや俺も失礼なこと言ったから。」
アラクネ『…。』
仁根「復讐、て言ってたね。とりあえず、ちゃんと話を聞くよ。このまま立ち話もなんだから座って、お茶でも飲む?淹れてくるよ。」
アラクネ『い、いや、もう出ていくから。』
仁根「まあまあそう言わずに。安心しな、ここまで乗り掛かった舟だし、警察に突き出すつもりもないからさ。」
仁根のその言葉に、アラクネは何も言わずただ仁根に従い床に座り込む。
――――
お茶の注がれた二つのコップを持ってきた仁根。一つはアラクネの前に置き、一つは自身が持ったままアラクネの対面に座る。注がれたお茶を飲みながら、ゆっくりと少しずつ事情を話し始める。
仁根「つまり、ある日突然何者かが村にやってきて、君の村を荒らしまわった挙句、仲間達を傷つけていったと。で、色々と犯人の情報を収集していたら、そいつは亜人で、今この人間社会で暮らしているところまでつきとめたと。」
アラクネ『そうだ。』
仁根「うん、それは確かに酷いな。復讐したい気持ちもわからないではない。」
アラクネ『別に、無理に同情してくれなくてもいい。』
仁根「いや、無理してないよ。でもそれなら尚の事、留学生として申請出してこっち来ないと。今みたいにこそこそ隠れながら犯人探したって見つかるものも見つからないでしょ。」
アラクネ『それはそうだが、申請から許可されるまでの手続きに時間がかかる。今留学希望者が多くて役所が多忙なのは知っているだろう?』
仁根「あぁ、まあね。」
アラクネ『私はそれが待てないんだ。一刻も早く犯人をつきとめたい。こうしてる間にも、奴は悪びれもなくのうのうと生活していると思うと腹が立つ。」
硬く鋭い爪の生えた指に力が入り、握りしめたコップにヒビが入る。
仁根「まぁまぁ落ち着いて。…よしわかった!」
アラクネ『?』
仁根は何かを決したように膝をはたき、その勢いのまま起立する。
仁根「アラクネ、君でよければだけどしばらくこの部屋を活動の拠点にしてみない?」
アラクネ『は?!な、何を言って…!』
仁根「実は俺も理由あって、ここで生活してくれる亜人探してるんだよね。ここでルームシェアするはずの亜人がこれなくなってさぁ、本来亜人との共同生活前提で借りる部屋だから困ってたんだ。」
突然の提案に困惑するアラクネ。少し考えると、表情を暗くして答える。
アラクネ『さっきも言ったが、私には許可証がない。他種族間交流の資格がないんだ、申請した時点で私が留学の許可証がないことがバレて即強制送還だ。最悪お前も犯罪者に加担したとして罪をかぶる危険性もあるんだぞ。』
仁根「それなんだけどさ、何とかなるかもしれないんだ。」
アラクネ『…?』
仁根「一か八かなんだけどね。その為にもその、ちょっとだけ、携帯返してもらえるかな?ダメ?」
仁根から取り上げた携帯を見つめるアラクネ。本来、自身の容姿を見ただけでも逃げ出す者が多い中、自分より小柄で非力な人間が見せるこれまでの行動に、彼女の冷たく固まった心をほぐしつつあった。
アラクネ『…信じるわけじゃない、裏切れば命はないぞ。』
小声でそう呟きながら、絡めた糸をほどき携帯を仁根に渡す。
仁根「ありがとう。」
そう言うと、ポケットから小さな紙を取り出し、どこかに電話をかける仁根。
その夜、周りの家々もちらちら消灯しはじめる時間、部屋に仁根とアラクネ、そしてもう一人女性の姿があった。
仁根「…。」
アラクネ『…。』
墨須「……なるほどね、事情は察したわ。」
先程電話を掛けたのは墨須の携帯だった。仁根から事の顛末を包み隠さず語られ、夜も更ける中駆けつけてくれたのだ。二人の目も前で椅子にもたれかけたまま、腕を組み思考する様子を見せる墨須。
仁根(やっぱり、無理があったかな~。)
墨須「いいんじゃない、別に。」
仁根「え、いいの?」
思いのほか簡単に、しかも好転的な方向で決着がついた。
墨須「だって仁根くん、新しい亜人の子探してたんだしね。丁度いいじゃない。彼女の許可証については任せといて、こっちでうまくやって彼女用の許可証作って持ってこさせるから。」
仁根「た、助かります!良かったなアラクネ、これで犯罪者にならなくて済むぞ!」
アラクネ「信じられない、こんなにあっさりうまくいくとは…流石は他種族間コーディネーターだ。」
二人の称賛の声に、得意げに胸を張りもっと褒めてと催促をする墨須。
墨須「まぁ普通はこんなのありえないけどね。立場上、ホントは今からでも部隊招集して二人とも連行するんだけど。」
仁根&アラクネ「『!!!』」
墨須「ぶっちゃけ、そっち(正攻法)しちゃうと色々やることが増えて面倒なのよ。しかもこんな夜中にさ、そんなバタバタしてらんないっていうか、今だって同僚と飲んでるときに携帯なって一気に場しらけちゃうしさ…、さっさと終わらせて飲み直したいってのもあってさ…」
ぶつぶつと愚痴をこぼす墨須にいたたまれなくなる仁根。
仁根「と、とにかくありがとうございます。墨須さんに連絡してよかった。」
墨須「こほん、だから言ったでしょ。バックアップしますって。それにあなたならこの危険な橋上手く渡れそうな気がするしね。」
仁根「?」
墨須「ふふ、こっちの話よ。でも一つだけ忠告、特にアラクネさん。」
アラクネ『!?』
墨須「今回、あなたの件は個人の復讐として解決しようとしないで、今後生活を共にする相方とよく相談して行動すること。万一犯人を特定したら私にも連絡すること。了解できるかしら?」
アラクネ『ああ、わかった。約束する。』
墨須「よろしい、ではまた!よーーーし!飲み直すわよーーー!」
必要最小限で事を解決し、すぐに出ていく墨須。
仁根「よかった、本当に。なにより君が犯罪者にならなくて済んで。」
仁根の何気ない一言に、思わず笑みがこぼれる。アラクネと出会って、初めて見る笑顔だ。
アラクネ『本当、お前は変な奴だな。』
仁根「そう?」
アラクネ『普通、不法侵入したこんな見た目の奴にここまでしないだろう。』
仁根「見た目は関係なくない?君はアラクネなんだしそれが普通の姿で…」
アラクネ『シダカ。』
仁根「うん?」
シダカ『私の名だ、これから共存するんだから名前くらい覚えてもらわないとな。」
仁根「シダカ、か。いい名前だね。そんじゃ、これからもよろしく、シダカ。」
シダカ『よろしくな、…相棒。』
二人は堅い握手を交わす。仁根の長い一日は終わりを迎え、そして、シダカとの新しい一日が始まる。
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。