「ホームレス・ルームメイト①」
あまりの唐突且つ衝撃的発言に、思考停止状態になり一瞬場が静まり返る。墨須の言葉をじわじわと理解し始めた仁根は、ぽつりと呟く。
仁根「ルームメイトが、…来ない?」
墨須「そう。」
仁根「どうして…?俺、なんか悪いことした?いやしたか、顔合わせの時間遅刻したし。」
墨須「う~ん、来ないの決まったのは急遽だったけど、それが原因ではないわね。」
仁根「じゃあ、どうして。」
墨須「話せば長くなるんだけど、まああなたとルームシェアする相手だったから知る必要があるし、とりあえず座って。」
墨須が手で招き仁根に座るよう指示する。本来椅子もテーブルも仁根のもってきた家具一式なのだが、借りてきた猫のようにその指示に従う仁根。テーブルをはさみ、向かい合わせの状態から墨須が話を続ける。
墨須「さて、今日来るはずだった他種族の、ケンタウロスの娘ね。」
仁根「はい。」
墨須「彼女、いや、というよりケンタウロス族の習性みたいなものなんだけど、あの子達ってすごく気高い種族なのよ。情に流されやすいというか、運命やその場の雰囲気みたいなものに酔いやすいところがあってね。」
何も言わず、只々頷き素直に話を聞く仁根。
墨須「彼女がここに来る途中、道に迷って立ち往生していた老夫婦に出会ったみたいなの。困っている人を見捨てることができない彼女は一緒に目的地を探していたのね。で、苦労しながらもようやく目的地に到着した達成感、道中老夫婦のやさしさと器量の大きさに心打たれて、そのままその家のファミリーとして暮らすことを決意したってわけ。」
墨須「それで、彼女から伝言なんだけど、『突然こんなことになってしまって本当に申し訳ないと思っている。いずれ近いうちに詫びをする。』だそうよ。」
墨須は、要点だけをまとめ伝え終えると、少しの間静寂が部屋を包む。「納得いくわけない。」当然だ、そんな返事をもらうことは覚悟の上、仁根の反応を待つ。
しかし、そんな予想とは裏腹に、彼の顔からは怒りや悲しみといった負の感情は見えなかった。ただ何かを考えるように、一点だけを見つめる。
仁根「そう、ですか。」
墨須「怒らないの?」
仁根「いや、普通ここは なんじゃそりゃ!てな感じで突っ込みいれるところなんでしょうけど、う~んなんというか彼女は悪気があったわけじゃないですもんね。人助けをして、しかもそこで本当に一緒に暮らしたい人と出会えたんなら、ここで見ず知らずの奴と共同生活より全然いいことだと思うし。いや、それがなによりですよ。」
予想外れの返事に、少々呆気にとられる墨須。仁根のその嫌味のない素直な気持ちを聞いていると、不思議な安心感を覚える。責任を問われなかったから?罵声を浴びるのを聞かずに済んだから?いや違う、この感覚は初めての経験ではない。そう、まるで初めて出会った頃の『彼』に似た何かを感じとったからである。
仁根「事情は察しました。じゃあ俺からも使うようで悪いですけど彼女に伝言してもらっていいですか?」
墨須「何かしら。」
仁根「詫びはいりません、あなたの幸せな生活を陰ながら応援していますって。」
墨須が感じ取った何かは、その一言で確信した。思えば普段なら面倒くさがって適当に誰かに押し付けていた今回の件、彼に出会うための運命だったのかなと。そう思うと不思議と笑みがこぼれてしまう。
仁根「?俺何か変なこと言いましたかね。」
墨須「いえ、似てるなぁと思って。」
仁根「似てる?」
墨須「こっちの話よ、気にしないで。」
そう言うと、気持ちを切り替えるように膝を軽く叩く。
墨須「さて、前振りはここまで、もう一つ重要なことがあるから話すわね。」
仁根「え、まだ何かあるんですか?」
墨須「むしろここからが本題よ。」
墨須はにぃと笑みを浮かべる、その不敵な笑顔に不安を覚える仁根。」
墨須「このマンションは、亜人と人が共同生活を送ることが大前提。いかなる事情があったとしても、たった一人で暮らすことは規約違反となるわ。」
仁根「まあそうなりますね、だから早々に立ち退いて次の暮らす場所探さないと…。」
不安気にする仁根を制止するよう話を続ける。
墨須「その必要はないわ!この私、他種族間交流コーディネーター・墨須が、多田野 仁根君を全面バックアップします!」
胸を張り得意げに手をかざす墨須。その突然の行動と発言に、一瞬場の空気が凍りつく。
仁根「え、それって…。」
墨須「留学希望の亜人はまだたくさんいるからね。要は新しい亜人の子を連れて来るから、改めて共同生活すればいいって話よ。今回の件は予想外のこととはいえ、私達も知らん顔はできないしね。その旨は、既にマンションのオーナーさんにも伝えて許可はもらってあるの、だから安心して。」
その言葉を聞いて、安堵の表情を浮かべる。落ち着いて話を聞いていたとはいえ、流石に引越し初日で退去しないといけない辛さは変わりない。その事実が解消されただけで、仁根は胸がいっぱいになるのである。
仁根「よかった、とりあえず俺引っ越さなくていいんですね。」
墨須「ええ、早速今から本社に戻って諸々手続きをしてくるから、数日後、亜人の子と一緒にまたお邪魔するわね。」
仁根「はい、色々とありがとうございます。すみません、最初変に声を荒げたりして。」
墨須「いえいえ、それが普通の反応よ。それに、こういうのもう慣れてるから♪あ、コーヒーお代わりもらえる?」
――仁根部屋・玄関前廊下――
帰り仕度を済ませ、玄関の扉を開ける。
墨須「それじゃ、お邪魔しました。 」
仁根「はい、それじゃあ。」
扉が閉まり、玄関扉の前一人になる仁根。ヒールの鳴る音が遠ざかって聞こえなくなる頃、扉を背にもたれ掛かり一息つく仁根。昼からの騒がしい一日がようやく終わりを迎え、どっと疲れが込み上げてきたのである。
仁根「本当に、なんなんだろうね今日は。」
そんな独り言をつぶやきながら、姿勢を戻し、部屋へと戻っていく。
――ゴトッ
仁根「…うん?」
その時、妙な物音が聞こえた。部屋の荷物が落ちたわけではない、しかしハッキリとした鈍い音。墨須も帰った後、今この空間にいるのは間違いなく自分一人だけ。やっとのこと落ち着いたのに更なる不安が仁根を包む。
仁根「誰だ!」
部屋の扉を開け、声を上げる。辺りを見回すが、人影はない。部屋に置かれた荷物が荒らされたような様子もなく、どこかから侵入された形跡もない。気のせいだろうか、けれどそれで済ませられるような些細な音ではなかった。念のため近くに置いてあった手ごろな大きさの棒を手に取り、じわりじわりと部屋の中心へ移動する。
仁根はただの人間である。特殊な能力があるわけではないが、確かにわかることがある。今この部屋には自分以外の「何か」がいると肌で感じるのだ。
仁根「い、いるのはわかってるんだぞ!出てこないなら、今から警察に連絡するからな!」
ダメもとで鎌をかけてみる。携帯を手に取り、電話するふりで耳に当てるが、音沙汰はなし。やはり気のせいだったのだろうか?不安ながらも携帯をゆっくり耳から離そうと動かす。
シュ!!
突如、携帯が何かに絡みつき、天井へと巻き上げられる。あまりの早業に何が起きたか理解できず、先程まで携帯を持っていた手をしばし見つめる。状況を理解した時、仁根は即座に天井へと顔を向ける。
??「シュルルル…。」
そこには、リビングの天井を丸々覆ってしまうくらい大きく長い足を広げた巨大な蜘蛛が張り付いていた。
仁根「~~~~~~っ!!」
想像を絶する恐怖が、身体を震わせ、声にならないほどの叫び声を上げる。
仁根の長い一日は、まだ終わりそうにない。
仁根「ルームメイトが、…来ない?」
墨須「そう。」
仁根「どうして…?俺、なんか悪いことした?いやしたか、顔合わせの時間遅刻したし。」
墨須「う~ん、来ないの決まったのは急遽だったけど、それが原因ではないわね。」
仁根「じゃあ、どうして。」
墨須「話せば長くなるんだけど、まああなたとルームシェアする相手だったから知る必要があるし、とりあえず座って。」
墨須が手で招き仁根に座るよう指示する。本来椅子もテーブルも仁根のもってきた家具一式なのだが、借りてきた猫のようにその指示に従う仁根。テーブルをはさみ、向かい合わせの状態から墨須が話を続ける。
墨須「さて、今日来るはずだった他種族の、ケンタウロスの娘ね。」
仁根「はい。」
墨須「彼女、いや、というよりケンタウロス族の習性みたいなものなんだけど、あの子達ってすごく気高い種族なのよ。情に流されやすいというか、運命やその場の雰囲気みたいなものに酔いやすいところがあってね。」
何も言わず、只々頷き素直に話を聞く仁根。
墨須「彼女がここに来る途中、道に迷って立ち往生していた老夫婦に出会ったみたいなの。困っている人を見捨てることができない彼女は一緒に目的地を探していたのね。で、苦労しながらもようやく目的地に到着した達成感、道中老夫婦のやさしさと器量の大きさに心打たれて、そのままその家のファミリーとして暮らすことを決意したってわけ。」
墨須「それで、彼女から伝言なんだけど、『突然こんなことになってしまって本当に申し訳ないと思っている。いずれ近いうちに詫びをする。』だそうよ。」
墨須は、要点だけをまとめ伝え終えると、少しの間静寂が部屋を包む。「納得いくわけない。」当然だ、そんな返事をもらうことは覚悟の上、仁根の反応を待つ。
しかし、そんな予想とは裏腹に、彼の顔からは怒りや悲しみといった負の感情は見えなかった。ただ何かを考えるように、一点だけを見つめる。
仁根「そう、ですか。」
墨須「怒らないの?」
仁根「いや、普通ここは なんじゃそりゃ!てな感じで突っ込みいれるところなんでしょうけど、う~んなんというか彼女は悪気があったわけじゃないですもんね。人助けをして、しかもそこで本当に一緒に暮らしたい人と出会えたんなら、ここで見ず知らずの奴と共同生活より全然いいことだと思うし。いや、それがなによりですよ。」
予想外れの返事に、少々呆気にとられる墨須。仁根のその嫌味のない素直な気持ちを聞いていると、不思議な安心感を覚える。責任を問われなかったから?罵声を浴びるのを聞かずに済んだから?いや違う、この感覚は初めての経験ではない。そう、まるで初めて出会った頃の『彼』に似た何かを感じとったからである。
仁根「事情は察しました。じゃあ俺からも使うようで悪いですけど彼女に伝言してもらっていいですか?」
墨須「何かしら。」
仁根「詫びはいりません、あなたの幸せな生活を陰ながら応援していますって。」
墨須が感じ取った何かは、その一言で確信した。思えば普段なら面倒くさがって適当に誰かに押し付けていた今回の件、彼に出会うための運命だったのかなと。そう思うと不思議と笑みがこぼれてしまう。
仁根「?俺何か変なこと言いましたかね。」
墨須「いえ、似てるなぁと思って。」
仁根「似てる?」
墨須「こっちの話よ、気にしないで。」
そう言うと、気持ちを切り替えるように膝を軽く叩く。
墨須「さて、前振りはここまで、もう一つ重要なことがあるから話すわね。」
仁根「え、まだ何かあるんですか?」
墨須「むしろここからが本題よ。」
墨須はにぃと笑みを浮かべる、その不敵な笑顔に不安を覚える仁根。」
墨須「このマンションは、亜人と人が共同生活を送ることが大前提。いかなる事情があったとしても、たった一人で暮らすことは規約違反となるわ。」
仁根「まあそうなりますね、だから早々に立ち退いて次の暮らす場所探さないと…。」
不安気にする仁根を制止するよう話を続ける。
墨須「その必要はないわ!この私、他種族間交流コーディネーター・墨須が、多田野 仁根君を全面バックアップします!」
胸を張り得意げに手をかざす墨須。その突然の行動と発言に、一瞬場の空気が凍りつく。
仁根「え、それって…。」
墨須「留学希望の亜人はまだたくさんいるからね。要は新しい亜人の子を連れて来るから、改めて共同生活すればいいって話よ。今回の件は予想外のこととはいえ、私達も知らん顔はできないしね。その旨は、既にマンションのオーナーさんにも伝えて許可はもらってあるの、だから安心して。」
その言葉を聞いて、安堵の表情を浮かべる。落ち着いて話を聞いていたとはいえ、流石に引越し初日で退去しないといけない辛さは変わりない。その事実が解消されただけで、仁根は胸がいっぱいになるのである。
仁根「よかった、とりあえず俺引っ越さなくていいんですね。」
墨須「ええ、早速今から本社に戻って諸々手続きをしてくるから、数日後、亜人の子と一緒にまたお邪魔するわね。」
仁根「はい、色々とありがとうございます。すみません、最初変に声を荒げたりして。」
墨須「いえいえ、それが普通の反応よ。それに、こういうのもう慣れてるから♪あ、コーヒーお代わりもらえる?」
――仁根部屋・玄関前廊下――
帰り仕度を済ませ、玄関の扉を開ける。
墨須「それじゃ、お邪魔しました。 」
仁根「はい、それじゃあ。」
扉が閉まり、玄関扉の前一人になる仁根。ヒールの鳴る音が遠ざかって聞こえなくなる頃、扉を背にもたれ掛かり一息つく仁根。昼からの騒がしい一日がようやく終わりを迎え、どっと疲れが込み上げてきたのである。
仁根「本当に、なんなんだろうね今日は。」
そんな独り言をつぶやきながら、姿勢を戻し、部屋へと戻っていく。
――ゴトッ
仁根「…うん?」
その時、妙な物音が聞こえた。部屋の荷物が落ちたわけではない、しかしハッキリとした鈍い音。墨須も帰った後、今この空間にいるのは間違いなく自分一人だけ。やっとのこと落ち着いたのに更なる不安が仁根を包む。
仁根「誰だ!」
部屋の扉を開け、声を上げる。辺りを見回すが、人影はない。部屋に置かれた荷物が荒らされたような様子もなく、どこかから侵入された形跡もない。気のせいだろうか、けれどそれで済ませられるような些細な音ではなかった。念のため近くに置いてあった手ごろな大きさの棒を手に取り、じわりじわりと部屋の中心へ移動する。
仁根はただの人間である。特殊な能力があるわけではないが、確かにわかることがある。今この部屋には自分以外の「何か」がいると肌で感じるのだ。
仁根「い、いるのはわかってるんだぞ!出てこないなら、今から警察に連絡するからな!」
ダメもとで鎌をかけてみる。携帯を手に取り、電話するふりで耳に当てるが、音沙汰はなし。やはり気のせいだったのだろうか?不安ながらも携帯をゆっくり耳から離そうと動かす。
シュ!!
突如、携帯が何かに絡みつき、天井へと巻き上げられる。あまりの早業に何が起きたか理解できず、先程まで携帯を持っていた手をしばし見つめる。状況を理解した時、仁根は即座に天井へと顔を向ける。
??「シュルルル…。」
そこには、リビングの天井を丸々覆ってしまうくらい大きく長い足を広げた巨大な蜘蛛が張り付いていた。
仁根「~~~~~~っ!!」
想像を絶する恐怖が、身体を震わせ、声にならないほどの叫び声を上げる。
仁根の長い一日は、まだ終わりそうにない。
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