十八章 カーラ帝国、ルモンド・カーラ二世
「遠いところ、わざわざ来ていただいたというのに、こちらの確認ミスで別邸にご案内させてしまい、申し訳ない」
カーラ帝国の帝王、ルモンド・カーラ二世自ら謝罪を口にする。
クラウディアは養父の考えが当たっていたことに驚く。
「これまでの間になにか不便なことはなかったでしょうか」
微笑みながら聞いてきたのは宰相であると名乗った見た目七十歳くらいの男性。
氷のような冷たい雰囲気の大臣もまた、ふたりのことを気遣うが、そのように言うようにと言われたかのように感情が入っていない。
それでもクラウディアたちは招き入れてくれたことに感謝し、親切にしてくれたロナウドを誉め、また夕食の席に招待してくれた帝王を賛美する。
相手側に、ただのお人好し、世間知らずとでも思ってもらえたらいい。
その為ならどんな道化を演じても構わないとクラウディアは思う。
しかし、生まれも育ちも王族のダジュールにそこまで道化にさせてしまうのは忍びない。
また、あまりにもやりすぎてしまえば、バカな王妃をもらった間抜けな王というレッテルを貼られてしまう。
それもクラウディアは望んではいなかった。
できれば堂々と凛々しくもあり猛々しくもある誇れる王の姿でいてほしい。
心がチクチクして止まらない。
次第に笑みがひきつりはじめるのを感じ始める。
このままでは作り顔が剥がれてしまう……
「おや、王妃様はどうもお顔の色が優れないようですが?」
クラウディアの様子にいち早く気づいたのは、氷のような大臣だった。
クラウディアの真正面にいるので、どうしても監視されていれば異常に気づいてしまうだろう。
「船旅が疲れたのではないでしょうか」
そう気遣ってきたのは宰相。
「王はかなり船旅でお疲れであったと報告を受けていましたが、実は王妃の方だったのでは? もしかして、ご懐妊?」
「……え?」
「わかりますよ。停戦中とはいえ敵同士。敵国に入られるのですから、ご懐妊であることは隠したいものです。ですがご安心ください。敵国のややこをどうにかしようなどと考えませんから、体調が優れないのであれば医者に診ていただきましょう」
懐妊のはずはない。
それは当人同士が一番わかっている。
だがクラウディアの表情が曇っていくのは確かで、それを具合が悪いと受け取ってくれたことは幸いかもしれない。
ダジュールは、
「妃だけでも先に退席させていただければと思います。よろしいでしょうか、帝王」
「もちろんですよ、レイバラル王。今は敵同士ではないですし、友好のあかし、和平のために来ていただいているわけですし、無理強いなど、するわけがありませんよ。宰相の発言は無礼すぎた。私が代わりに謝罪させていただくことで許していただけるだろうか」
物腰の柔らかい帝王を演じているようにしか思えないクラウディアは背筋がゾクッとする。
なぜかこの帝王が怖い。
危険であるとクラウディアの中に流れるカルミラの血が言っているよう。
そう思いこむと顔色がますます悪くなっていく。
「本当に大丈夫か、クラウディア」
公式での来訪、公式での招待の場で、妃を名で呼ぶのは、それだけ気が動転していることになる。
「なにをしているか、宰相、大臣。私の主治医を呼べ。早く!」
薄ら笑いを浮かべていた帝王が真顔になり指示をだす。
おそらく、こうなる予定ではなかったのだろう。
大臣も宰相もあたふたとしながらもなんとか帝王の主治医を呼び連れてきた。
その後は夕食は中断、そして早々に終了。
用意された部屋のひとつに運ばれたクラウディアは帝王の主治医に診察され、結果は疲労ということになった。
「環境の変化に耐えられなかったのでしょうな。聞くところによると、民衆の出とのこと、ずっと張りつめていたのでしょう。ふたりだけでの来訪、頼れるのはレイバラル王だけですので、妃のことを大事になさい」
しばらく休み、栄養のあるものを食べればすぐ回復するといい、出て行った。
「ごめんなさい、こんなことになって」
「いや、クラウディアが謝ることはない。そもそも、俺が船酔いをしたのが悪い。おまえの言うように薬を飲み、いや酒もほどほどにしておけばよかった。おまえには俺しかいないというのに、レイバラルの王宮でもひとりにしてしまっていたな。本当にすまない」
「もう、やめて。あなたらしくない。ダジュールはヘタレでいた方がらしいよ」
「っう、おまえまでヘタレっていうな! とにかく、今は休め。俺の目的のことを案じているなら心配はいらない。ここで交友関係を深めておけば、また来る機会もあるだろうから」
「……ダメ、それはダメだよ。また、なんてない。今しかないの。時間はね止まらないんだよ。常に動いていて後戻りはできない。だから前に進むしかない。進もう、前に。決行するよ、予定通りに」
「しかし……!」
「大丈夫。わたしがこうなってしまったことで相手も油断していると思う。ここは医学も進歩しているのかな。さっきの駐車ですっきり。さっきまでのはなんだったんだろうって感じだから、偵察してくる」
「ダメだ」
「大丈夫だって」
「ダメだといったら、ダメだ。せめて今夜は静かにしていてくれ」
「ダジュール?」
「俺はもう、なにも失いたくない。だから、今の最優先はふたりでレイバラルに戻ることだ。それが危ぶまれるようなら、計画は頓挫してもいい」
いいながらクラウディアの体を抱きしめた。
利用できるものは利用してでも父王の死の真相を知りたいと動いていたダジュールからは想像もできないほどの変わりよう。
目的のためならなんでも利用する信念を持ったダジュールもいいが、こうして誰かの安否を優先に動こうとするダジュールもいい。
クラウディアはドキドキする鼓動を気づかれないよう隠すことに必死になっていた。
カーラ帝国の帝王、ルモンド・カーラ二世自ら謝罪を口にする。
クラウディアは養父の考えが当たっていたことに驚く。
「これまでの間になにか不便なことはなかったでしょうか」
微笑みながら聞いてきたのは宰相であると名乗った見た目七十歳くらいの男性。
氷のような冷たい雰囲気の大臣もまた、ふたりのことを気遣うが、そのように言うようにと言われたかのように感情が入っていない。
それでもクラウディアたちは招き入れてくれたことに感謝し、親切にしてくれたロナウドを誉め、また夕食の席に招待してくれた帝王を賛美する。
相手側に、ただのお人好し、世間知らずとでも思ってもらえたらいい。
その為ならどんな道化を演じても構わないとクラウディアは思う。
しかし、生まれも育ちも王族のダジュールにそこまで道化にさせてしまうのは忍びない。
また、あまりにもやりすぎてしまえば、バカな王妃をもらった間抜けな王というレッテルを貼られてしまう。
それもクラウディアは望んではいなかった。
できれば堂々と凛々しくもあり猛々しくもある誇れる王の姿でいてほしい。
心がチクチクして止まらない。
次第に笑みがひきつりはじめるのを感じ始める。
このままでは作り顔が剥がれてしまう……
「おや、王妃様はどうもお顔の色が優れないようですが?」
クラウディアの様子にいち早く気づいたのは、氷のような大臣だった。
クラウディアの真正面にいるので、どうしても監視されていれば異常に気づいてしまうだろう。
「船旅が疲れたのではないでしょうか」
そう気遣ってきたのは宰相。
「王はかなり船旅でお疲れであったと報告を受けていましたが、実は王妃の方だったのでは? もしかして、ご懐妊?」
「……え?」
「わかりますよ。停戦中とはいえ敵同士。敵国に入られるのですから、ご懐妊であることは隠したいものです。ですがご安心ください。敵国のややこをどうにかしようなどと考えませんから、体調が優れないのであれば医者に診ていただきましょう」
懐妊のはずはない。
それは当人同士が一番わかっている。
だがクラウディアの表情が曇っていくのは確かで、それを具合が悪いと受け取ってくれたことは幸いかもしれない。
ダジュールは、
「妃だけでも先に退席させていただければと思います。よろしいでしょうか、帝王」
「もちろんですよ、レイバラル王。今は敵同士ではないですし、友好のあかし、和平のために来ていただいているわけですし、無理強いなど、するわけがありませんよ。宰相の発言は無礼すぎた。私が代わりに謝罪させていただくことで許していただけるだろうか」
物腰の柔らかい帝王を演じているようにしか思えないクラウディアは背筋がゾクッとする。
なぜかこの帝王が怖い。
危険であるとクラウディアの中に流れるカルミラの血が言っているよう。
そう思いこむと顔色がますます悪くなっていく。
「本当に大丈夫か、クラウディア」
公式での来訪、公式での招待の場で、妃を名で呼ぶのは、それだけ気が動転していることになる。
「なにをしているか、宰相、大臣。私の主治医を呼べ。早く!」
薄ら笑いを浮かべていた帝王が真顔になり指示をだす。
おそらく、こうなる予定ではなかったのだろう。
大臣も宰相もあたふたとしながらもなんとか帝王の主治医を呼び連れてきた。
その後は夕食は中断、そして早々に終了。
用意された部屋のひとつに運ばれたクラウディアは帝王の主治医に診察され、結果は疲労ということになった。
「環境の変化に耐えられなかったのでしょうな。聞くところによると、民衆の出とのこと、ずっと張りつめていたのでしょう。ふたりだけでの来訪、頼れるのはレイバラル王だけですので、妃のことを大事になさい」
しばらく休み、栄養のあるものを食べればすぐ回復するといい、出て行った。
「ごめんなさい、こんなことになって」
「いや、クラウディアが謝ることはない。そもそも、俺が船酔いをしたのが悪い。おまえの言うように薬を飲み、いや酒もほどほどにしておけばよかった。おまえには俺しかいないというのに、レイバラルの王宮でもひとりにしてしまっていたな。本当にすまない」
「もう、やめて。あなたらしくない。ダジュールはヘタレでいた方がらしいよ」
「っう、おまえまでヘタレっていうな! とにかく、今は休め。俺の目的のことを案じているなら心配はいらない。ここで交友関係を深めておけば、また来る機会もあるだろうから」
「……ダメ、それはダメだよ。また、なんてない。今しかないの。時間はね止まらないんだよ。常に動いていて後戻りはできない。だから前に進むしかない。進もう、前に。決行するよ、予定通りに」
「しかし……!」
「大丈夫。わたしがこうなってしまったことで相手も油断していると思う。ここは医学も進歩しているのかな。さっきの駐車ですっきり。さっきまでのはなんだったんだろうって感じだから、偵察してくる」
「ダメだ」
「大丈夫だって」
「ダメだといったら、ダメだ。せめて今夜は静かにしていてくれ」
「ダジュール?」
「俺はもう、なにも失いたくない。だから、今の最優先はふたりでレイバラルに戻ることだ。それが危ぶまれるようなら、計画は頓挫してもいい」
いいながらクラウディアの体を抱きしめた。
利用できるものは利用してでも父王の死の真相を知りたいと動いていたダジュールからは想像もできないほどの変わりよう。
目的のためならなんでも利用する信念を持ったダジュールもいいが、こうして誰かの安否を優先に動こうとするダジュールもいい。
クラウディアはドキドキする鼓動を気づかれないよう隠すことに必死になっていた。
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