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五月雨

原作: 銀魂 作者: 子リス
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祭り 最終話

「仁、てのはお前さんかい?」

高杉が騒動の主犯たる機巧技師と話している後ろで、それとなくその場に立っていただけの仁に、不意に老人が声をかけてきた。驚いたのは当然だ。自分はこの老人と面識がないにも関わらず名前を呼ばれたのだから。

「ええ、そうですけど」

困惑しながら返事をする仁を、高杉が目を細めて見ている。老人こと平賀源外は、そうかい、と嬉しそうに笑った。

「どうして僕の名前、知ってるんですか」

「仁、お前あの人形はどうした」

どうして自分が分かったのだろうか。平賀源外に問おうと口を開きかけた時、高杉が不意に言葉を遮ってきた。

首を傾げるが、人形とは射的で手に入れたものの、土方の襲撃でもらい損ねたあの人形の事だと分かり、声を漏らした。

「ああ、人形!」

「今ならまだ間に合うだろ、貰って来い」

慌てて仁は閑散とした会場へ戻って行く。



仁が走り去ったあと、その様子を眺めていた平賀源外は、ふん、と鼻を鳴らした。じろりと此方を見る高杉と目が合うが、不思議と怖いとは思わなかった。

「どうやらお前さん、俺が三郎の親父だとあの子に知られたくないらしいな」

「知って得をする話でもねぇだろう」

高杉の言葉に、もう一度ふんと鼻で笑う。そういう事じゃねぇよ、と最大限に皮肉りながら二の句を継いでやる。

「違うだろ。騒動を起こしたのは、あんたの口車に乗せられた三郎の親父だ、とあの子に知られたくねぇんだ」

腕を組みながら踏ん反り返って言う。自分で選んだ道とはいえ、この男の口車で歪んでしまった老い先だ。最後に存分と悪態をついてやる。

「銀時か。余計な事を吹き込みやがって」

「三郎の事を奴に教えたのはお前さんだろう」

忌々し気に言う高杉の言葉を、源外はさらりと返した。

「銀の字が嬉しい事を教えてくれたんだ。戦場にいた小さなあの子を倅が機巧で喜ばせていたってね。本来、機巧はそうなくちゃいけねぇと思い出したよ」

豪快な源外の笑い声が高杉の耳にこびりつくように、いつまでも残っていた。



仁が祭りの会場から戻ってきた時、その手に人形はなかった。やはり見つけられなかったのか、と高杉が問うと仁はにっこり笑って首を横に振った。

「人形をもらったあと、欲しがってた女の子にあげたんです」

橋の欄干に腰をかけ、足をぶらぶらやりながら仁が言う。

「ほんとに喜んどったよ。可愛い子やったなぁ」

自分の善行に酔いしれている仁を鼻で笑ってやる。こいつは射的自体をしたかったのだろうから、本当に欲しがっていた子どもの下に行ける方が人形も本望だろう。

ずきりと痛んだ頬に顔を歪めていると、仁が顔を上げて此方を向いた。

「そういえば、坂田さんと喧嘩した原因はなんですか」

ふと思い出したように仁が尋ねてきた。頬っぺた大丈夫ですか。と続けて問いかける仁を見ながら、先程の平賀源外とのやり取りを思い出す。源外の言葉を聞いた時には、源外と三郎の関係を仁に告げる事くらい何ともないと思えていた。しかし、子どもに喜んでもらえたと笑う仁の姿と、あの日の仁と遊ぶ三郎の姿を勝手に重ねてしまい、理由を口にできない。

「ははぁん、また意地の張り合いですか」

言い淀んでいる高杉を見て、片意地を張っていると思ったらしい。

「うるせぇ」

そういうことにしておこう。高杉は仁から顔を背けながら短く悪態を吐いた。

「昔から二人とも意地っ張りやったなぁ。だって、金魚すくいした時だってそうやったし」

笑いながら口にした仁の言葉に、高杉は目をしばたいた。騒動の前に交わした会話で、仁は幼い頃に金魚すくいした時の事を覚えていなかったはずだ。

「それが原因で、僕金魚すくいできなかったんですよね」

「思い出したのか?」

「ええ、まあ。おかげ様で」

そう言いながら、仁は高杉の腫れた頬を指差した。高杉は苦々しい顔をし、仁を睨みつけた。



遠い昔、仁がせがんだ金魚すくい。ただ六つの子どもにできるはずがないと、銀時が言い出した。手本を見せてやると先陣斬って挑んだ銀時の網は呆気なく破れた。それを冷やかした高杉だが彼も銀時と全く同じ末路を辿る事になる。

金魚すくいという繊細なゲームが元々向かない二人の苛々はピークに達し、ついには取っ組み合いの喧嘩をやった。諫める桂の言葉を無視し銀時の放った拳が高杉の頬に決まり、よろめいた高杉は傍らの仁とぶつかった。

仁はそのまま体勢を崩し、金魚の桶に突っ込んだのだった。大泣きしている仁を抱き起した松陽先生は、二人に盛大な拳骨をお見舞いすると、仁の着替えのため地中にめり込む銀時と高杉と、ため息をつく桂を残し一旦塾へと帰った。

さて、戻ってきた仁に残された三人が差し出したのは金魚が三匹入った袋だった。意地を張り合い、一匹ずつ獲れるまで、小遣いを使い果たし、泣かせた仁のために頑張ったのだと言う。

これが、金魚すくいをした記憶がない仁が祭りの最中に金魚の袋を提げていた謎の答えだった。



大きなたんこぶと腫れた頬のまま無言で金魚の袋を差す出す高杉を、思い出すだけで面白い。声を上げて笑う仁を横目で見ながら高杉は言う。

「あれだけの努力を忘れたの一言で片付けた時には殺してやろうと思ったが、どうでもいい事まで思い出しやがって」

「嬉しかったんは、本当ですよ」

くくっと喉を鳴らしながら、盛大に笑うのを我慢している。

「やっぱり祭りっていいですね。また一緒に行きましょう」

にこにこと年甲斐もなく無邪気に笑う仁を一瞥し、笠を目深く被る。

「気が向いたらな」

その一言だけ溢すと踵を返して橋を渡り始める。

仁は、祭りの喧騒を思い出してみる。賑やかな祭囃子を、提灯に色めきだった櫓を、祭りの匂いを、花火の轟きを、先生の手の感触を、思い出してみる。また敬愛する先輩方とみんなで行けたらいいのに。

橋を渡り終えようとしている高杉の背を追い、仁は祭りの提灯に背を向け、走り出した。
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