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五月雨

原作: 銀魂 作者: 子リス
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祭り 5話

人込みの中、夜空に浮かぶ花火を見上げていると、銀時は昔を思い出す。

まだ十代の自分は、賑わう祭りの中を桂と高杉と肩を並べて歩いている。互いにどつきあいながら歩いていると前方を歩く松陽先生が振り返って諫めた。他の人の迷惑でしょうと。松陽先生と手を繋ぎながら歩いていた仁も大きな目をして振り返る。

仁の髪は濡れていた。年長者の自分達の喧嘩に巻き込まれ、金魚すくいの桶に突っ込んだからだ。

あんなに喧嘩をして、まだ懲りないなんてね。松陽先生がぼやくと、俺たちは決まって罰が悪い顔をして黙り込む。

さあ、急がないと花火が上がってしまうよ。そう先生が言った瞬間、先生の後ろの空で花火が上がった。一斉に見上げた空の先、次々と開く花火を見上げて、仁がふき出した。間に合いませんでしたね、と楽しそうに笑っていた。

「今回は、間に合ったな」

小さく呟いて、笑みを溢す。あの頃から随分日が経ったが、花火はいつ見ても変わらない。そこがいいのだと銀時は思う。

新八と神楽は傍らにいないが、どこかでこの花火を見ているだろう。平賀源外を労いながら見ているに違いない。じいさんの出番が終わったら声をかけにいくか。

「——やっぱり祭りは派手じゃねぇとなぁ」

銀時の思考は、ねっとりとした声により遮られる。一瞬で背筋が粟立つのを感じた。即座に木刀に手をかけた。が。

「動くなよ」

背に当たる、刀身の感触に腕を止めた。

くくっと不気味に笑い、白夜叉だの、弱くなっただのと揶揄を口にする高杉の言葉が、先程思い出していたあの頃の高杉とあまりに違う。あの日を思い出したのは一体何の因果だろうか。背後の人物は、もはや別人だった。



ギイィン、と鋭い音を響かせながら、再び沖田の剣を受ける。鍔迫り合いで互いの双眸を睨みながら、踏ん張る足に力を入れた。

認めたくないが、単純な力比べなら沖田に分があるようである。仁は少しばかり自分が情けなくなる。

だが今は、いかにこの戦闘を早く終わらせるかを気にしなければならない。「いかに早く」という点では、韋駄天の自分に適う者がいよう筈もない。

ふっ、と小さく笑みを溢し、仁は沖田の刀を受ける力を抜いた。あまりに突然すぎて沖田はバランスを崩す。まるで目の前の人間が溶けていなくなったかのような動きだった。

態勢を整えた沖田の姿を、仁は階段の脇で眺めていた。ここまで距離をとっておけば、逃げるのは容易い。

すぐに間合いを詰めようとする沖田を牽制するため、仁は口を開いた。

「残念やけど、沖田君。今日はここまでや」

沖田が短く不機嫌そうな声を漏らすのが聞こえた。

「お互い、仲間のところへ戻った方がええと思う。真選組は今頃大変なはずやで」

「どういう意味でぃ」

「そのまんまの意味や」

にっこりと笑顔を見せると、沖田が眉を顰めたのが分かる。

「ほな、また会おうな」

仁はすぐさま沖田に背を向けて走り出す。自身が持ちうる全速力で。



平賀三郎、という男の名前を銀時は覚えていた。高杉率いる鬼兵隊に所属していた事は勿論のこと、まだ十歳に満たない仁とよく遊んでいた男だった。根城にしていた廃寺で、平賀三郎が次々に披露する機巧に仁がはしゃいでいたのを思い出す。

攘夷戦争の最中、弟分を心配していた銀時にとって彼の存在はとても有難かった。彼の死に胸を痛めているのは、父親だけじゃない。その胸の痛みが分かるからこそ、平賀源外の悲しみに喘ぐ姿を見過ごす訳にはいかなかった。

銀時の拳が、高杉の頬を直撃する。



「流石、高杉さんやねぇ。ここまで派手に騒ぎを起こすなんて」

押合いへし合いの人の群れに抗いながら、騒ぎの中心に向かって走る。

花火が上がったら騒動が始まる事は事前に高杉から聞いていた通りだが、本当に自身が手を下さずとも起こっている騒ぎに、仁は感服してしまう。一体どのような手を使えば、こうも上手く騒動を起こせるのか。

ふと、遠くで紫の着物の男と奇抜の衣服を着ている男が目に入る。

「坂田さんや」

無意識の内に足が止まる。滅多にない見事なまでの銀髪の男を見紛うはずがない。

じんわりと懐かしい気持ちで胸がいっぱいになる。もう十年も会っていないのか。その男を呼ぼうと口を開いた。

しかし、次の瞬間には銀時が高杉に鉄拳を食らわせた。

「うわっ」

短く呻きながら、思わずぎゅっと目を瞑った。ここまで、骨がぶつかる音が聞こえたような気がして、ぞっとした。じんわり胸に人がった懐古の念も呆気なく吹っ飛ぶ。

そっと目を開くと、ふらつく高杉に構いもせずに銀時がどこかに走り出したところだった。

何となく銀時を呼び止める事も出来なかったため、名残惜しい気持ちを押しとどめる。ふらふらと体勢を起こそうと足を踏ん張っている高杉に苦笑を一つ洩らす。

銀時はどうやら本気で殴ったらしい。まったく、この先輩達ときたら。顔を合わせば喧嘩ばかりするのだから。

「また坂田さんと喧嘩ですか」

「・・・うるせぇ」

高杉の下に歩み寄ると、殴られた頬を庇う高杉に飄々とした声で言う。二人の喧嘩に狼狽えていたのはうんと幼い頃の話だ。憎々し気に返事をする高杉が努めて顔を見せないようにしているのがまた面白い。

仁はふふっと小さく笑った。
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