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三途の川を渡る電車

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第21話

「まあまあ、落ち着こうや。……ここは死神の鎌なんぞもらえんかったことにして、素直に『現世』とやらの〝駅〟が来るまで待つってのはどうや?」
 確かに夕陽が沈んでいると、夕陽が沈んでから理解した。
 刻々と車内は暗くなっていく。
 きちんと照明はすべてついているはずなのだが、……不思議と暗い。まるでろうそくの明かりのように。その暗さが、ぼくらの心細さを際立たせた。
「〝怪物〟を放置してか?」
 ギャングは尋ねた。
「だったらどないせいちゅーねん!」
 クロスは怒鳴った。
「正直うちかて混乱しとる。いきなりな展開目白押しや! けど、なんやようわからんけど、ここが三途の川を渡ってる最中で、元の世界に戻れるって聞いた以上、確かに〝怪物〟は怖かったけど、それ以上に元の世界に戻れへんかもってのが怖いんや」
「じゃからといって、わしらで〝犯人捜し〟のような真似をするのものう」
 ストリートは、無造作にのびたわりには品のいい白髭をなでた。
「普通に考えるなら、サンクスさんとギャングさんとピュアさんは除外してもいいよね。あと襲われそうになって間一髪で助けられたぼくも」
 シンヤがそういう。
「どういう意味や?」
「だってそうでしょ? あの〝怪物〟が自分の心が作りだしたものなら、当然自分を攻撃したりしない。自分は可愛いもの。学校の先生なんかは格好をつけて『他人に優しく、自分に厳しく』なんて口にするけど、実際は自分に甘くて、他人に厳しい言動しかしちゃいないよ」
「まあいいたいことはわかるなあ……」
 クロスは天井を仰ぎ見て、ため息を吐く。
 ぼくは口を開いた。
「あの、ひとつ発言してもよろしいでしょうか?」
「なんや、サンクス。いいたいことあるなら、ひとつといわずいくつでもいわんかい」
「……どうして皆さん、あの〝車掌〟のいうことを信じているんです?」
「なんやて?」
 クロスは首をかしげた。
「ストリートさんやギャングさんも、先程の車掌の話を信じたんですか?」
 ぼくが尋ねると、ストリートとギャングはそろって頷いた。
「実際まさに死神という格好をしておったしの」
「それに車掌の格好もな」
「それはそうですね」
 ぼくはふたりの意見にうなずく。
「けど、それと彼がいっていたことに信憑性を持てるってことにはなんの関係もない。唐突に現れた不審な人物――人と呼んでいいのかもわからない存在が、訳のわからないことをいったんですよ? もしかしたら全然適当な台詞かもしれない」
「そんな、あほな……。……なあ、普通こういう臨死体験の話みたいなんがあって、あんな意味深に登場したやつがおったら、そいつのいうことは普通正しいやろ? だいたいすべてを疑ってかかってたら切りがないやんか」
「それはそうです。けど、皆さんがあまりにもあっさりと〝車掌〟のいうことを信じたので、注意したかっただけです。わかっているのは、その死神の鎌でなら、ぼくらの手足を切り落とすくらい楽々できることと、この車両にはおそらくぼくら六人以外の乗客はおらず、乗客以外は車掌だけってとこくらいですよ」
「前者は実際に目の前で実演して、現に腕をなくしたから事実としてわかっていること。後者はぼくら自身が足で確かめたこと。だからだよね、お兄ちゃん」
 シンヤがそう尋ねてくる。
「はい。そういうことです」
「……まあ確かに一理あるのう。……少なくとも、この鎌を持って殺し合いをするよりはましじゃ」
「それにぼくもこの電車が走っているのは三途の川で間違いないと思いますが、ぼくら〝乗客〟六人が本当に実在するかどうかさえも疑ってます」
「……は? なんやて?」
「記憶喪失とぼくらは思っているけど、実際はぼくら六人は存在しないか、ぼくらの中に本体と呼べる人間がひとりか、もしくは複数いて、残りもあの〝黒い怪物〟同様に、心が作りだしたものである可能性も否定できないんじゃないでしょうか?」
 ぼくのその言葉は、記憶喪失になっている五人によほど心理的に大きなショックを与えたらしかった。薄暗くなった車内でも、彼らの顔が青ざめるのがわかった。

「嘘よ! あたしは実在してる! だってだから心が苦しいの! 二股されたあげく、その相手があたしの親友だったなんて……あたしは耐えられない! だから自殺したのよ!」

 ピュアが叫んだ瞬間、
 彼女の背後に控えるように、ゆっくりと〝黒い怪物〟が像を結び、実体化した…………。

 ぼくらは、たぶん五人が五人とも彼女の台詞にふたつの衝撃を受けた。
 ひとつは、彼女が記憶を多少なりとも取り戻したということ。
 もうひとつは、
 ――自殺。
 その言葉は、なぜかなぜかなぜか、ぼくの心に突き刺さった。突き立った。突き立ったままえぐり込むように、さらに深く深く深く、入り込んだ。
 ぼくだけでなく、ギャングもストリートもシンヤもクロスも、酷く傷ついたようなショックを受けたような顔をしていた。
 おそらく「自殺」という言葉に、なにか心当たりがあったのだろう。
 同時に、ぼくの脳裏には、これまでまったく思い出せなかった光景が浮かんだ。
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