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三途の川を渡る電車

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第15話

 ただひとり座席にふんぞり返り、腕を組んだままシンヤは、
「それにさ。ギャング、あんたもいってただろ? 突然現れたって。でもって他のピュアやストリートも認めているように、そして突然消えた。――つまりここから導き出される結論は、突然出現したり消えたりできるってことだ。……じゃあほんの数秒間、窓の外に出現し、消えた可能性だって充分ある」
「…………」
 十六歳のピュアから見ても、ずっと年下に感じるであろう少年に、ピュアの感情論は論破された。
 いい返せないで、睨みつけている。
「そんなに睨まないでよ、お姉さん。……まあまあ見れた顔なんだしさ。もったいないよ?」
「うっさい!」
「それに事実はきちんと認識しておいたほうがいい。少しでも生存率を上げるためにね」
「生存率?」

「考えても見なよ。ぼくはてっきりここに閉じ込めれているだけだと思ってた。それが目的だと。けど、そんな怪物がいるとしたら――当然目的は、ぼくたちを殺すことだ」

「殺す? ……え。……だ、誰を?」
 ピュアは茫然と口を開いた。
「当然、ここに閉じ込めた人間をさ」
「……え。意味わかんないんだけど。なんであたしがこんな意味不明な状況で殺されないといけないのよ!」
「そうだぞ、ガキ! 変なこといって、おれらを怖がらせようってのか!? だいたいよー、もし殺す気なら、なんで出たり消えたりする? それに、おれのケガもピュアのケガも軽い。こんなケガならあと百回したって死なないね!」
「…………」
 冷めた温度のない目で、少年は順繰りに喚き立てる顔を見つめた。
「じゃあさ、なんでお兄ちゃんもお姉ちゃんもそんなに声を荒げてるの?」
「え……」
 ピュアは口をぽかんと開ける。
「襲われて気づいたんじゃない? ――ああ、この黒い怪物は悪意を持っているって」
「ど、どうして、あんたにその怪物が悪意があるなんてわかるのよ!」
「だって小学生だってよくするもの。ぼくはしなかったけど、昆虫標本を作ったクラスメイトがいってた。じわじわ殺すのが楽しいって。いきなり殺してから磔にするより、磔にしてじょじょに死んでいくのを眺めるのが楽しいって」
「そんな……残酷な……」
「ねぇ、お姉ちゃんはさ、残酷じゃないの? そういう暗い喜びってのをまったく理解できないの?」
「あたりまえよ、わたしは虫とか超嫌いだし、見るのも触るのも嫌! そんなのをいじめて楽しむなんて変態よ! 変態!」
「じゃあ、虫じゃなければいいんじゃない? そっちのお兄ちゃん――サンクスとかさ。やつあたりしていじめたりしてない?」
「…………」
「あれ、もしかして図星?」
「――ハ、ハァ? ばっかじゃないの」
 会話は終わりだというふうに、ピュアは腕を組んでシンヤから顔をそむけた。
 けど、シンヤは続ける。
「こんな理不尽な状況に閉じ込めれた。不満もある、不安もある……それを一番弱そうな、最も反撃しなさそうなそっちのお兄ちゃんで憂さ晴らししてたんじゃないの? ――ぼくはさ、べつに誰かを嫌うのがよくないなんていってないよ? 誰だって好き嫌いはある、それが正常な人間ってものさ。――けどだからといって、それを理由に自分を正当化して理屈をこねて、意地悪な態度を取るのってのは違うんじゃないの」
 ぼくは――
 なんだか不思議な気分だった。
 こんな小さないけすかないガキが、ぼくがいいたいことをいってくれたような気がしたのだ。もちろんぼくは虫をそんなふうに殺したことなど一度もないし、暗い喜びなど知らない。わからない。理解できない。ピュアのことだって別に怒ってなんかいない。まったく怒ってなどいない。か弱い女子高生が不安になってやり場のない怒りをぼくにぶつけているというのなら、それは仕方のないことだ。ぼくはただ耐えるだけ――――
 ――あれ? 耐えるってなにから?

 ピシッ、と。
 亀裂が入るような音がした。もしくは走行中の電車の窓に、小石が鋭くぶつかったような音。
 そして、ぼくら六人は、同時に見た。
 じろり、と。
 車内を眺め回す、充血したような巨大な目を。その全体を覆う霧のような球体の影を。あの〝黒い怪物〟を――――。

「ひぃっ……!」
 予想外に一番初めに悲鳴をあげたのは、先程まで堂々と話していたシンヤだった。
 彼の小さな体は座席から転がり落ち、車内の赤茶色の床に落ちた。
「逃げろ!」
 ギャングの判断は速かった。彼はまっ先に進行方向とは逆のドアに突進する。それにピュア、クロス、ストリートの順に続く。
「カモン! カモン!」
 ドアを開いた状態で固定し、ギャングが手を振っている。
 けど。
 腰が抜けたらしいシンヤは、その場にしゃがみ込んだままだった。
 あの黒い怪物――それは、するりと、まるでお化けが壁をすり抜けるようにして車内に姿を現した。
 大きさは、ちょうど車内をふさぐくらい。座席から天井までをぴったりとふさぐような、綿のように捉えようのない楕円形。
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