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本丸狂想曲

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: 烏丸梢
目次

「融解する秘密」

一瞬もしも自分が巨乳な審神者の元に仕える様子を考えたが、もしもは一瞬、刹那で消えた。いや、消した。
そこにはこの戸の向こうにいるトンチキな考え方をする審神者がいない。
貧乳で、案外暴走しやすく、余計なリサーチ力が高くて、でも笑顔が可愛らしくて、気はとても優しくて、心根は美しい。そう思える人が『もしも』の世界には居ない。
その代わりにあの人の隣には自分で無い『自分』が共にいるという。
思わず考えて寒気がした。と同時に頭の奥がジリリと焼け付くような気がした。

自分ではない『男』が彼女の寵愛を受けているという。

そんなこと、そんな未来など断じて許せない。
存外自分が強欲な事を思い知る。いや、これが愛するということなのだろう。人の身体をもって間もないが何か不思議と確証があった。
これは明確な嫉妬。
違う『自分』に対する嫉妬など滑稽だが、この気持ちは真実でしかない。

「あの……なので……『一期』さんには……あれ? 何でだろ、声が、震え…る」

戸の向こうの人は震える声で先を進めようとしたが、言葉は言葉にならないようだった。
これを自分は信じたい。たとえ己の良い様に捉えた解釈だとしても、この繋がり、絆が本物だと信じたかった。
それでも口を開いたのは流石に腹に据えかねていたからなのか。

「主」

「ひゃい!」

自分の声は驚くほど低く響いた。それに驚いたのか彼女は呂律が回りきってない。
申し訳思う反面、もう振り回されるだけは嫌だと思った。

「主は、『私』が他の本丸へ行き、他の審神者に仕えるのがお望みですか?」

傷つけるつもりはなかったが、きっと彼女は傷ついただろう。それが例え自分で被った業だとしても。
ほんの少しの空いた胸と罪悪感が混ざり合う。

「それは……」

彼女もきっと同じ想いだろう。同じだと思いたい。そう信じたい。
そんな臆病な気持ちもあるが、今は言いたい事を言い切りたい。自分も気持ちを彼女に伝えたい。それだけで一杯だった。
これを人は嫉妬というのだろう。

「私は嫌です。私以外の『一期一振』が貴女のそばに居て、貴女に微笑みかけているなんて見たくもない」

冷たい声がその場に響いた。
こんな一面も持っているのかと自分でも驚くが、こんな自分がいる事を素直に受け止めた。

「……でもっ、一期さんは、巨乳の方が好みなんですよね……?」

この人も普段見せない子供のような不安さを声に見せている。
そう、嫉妬する自分も、怖がる彼女も、相手に見せたくないありのままの自分自身の姿だった。
けれど、その姿はとても愛おしく感じる。

「では、主はどうですか? 私が他の本丸へ行き他の女性審神者に微笑んでいる。そんな姿は見たいですか?」
「……っ!」

少々いたずらが過ぎたかもしれないが、これも聞かん坊に対する灸である。
粟田口の長兄としては甘やかすのも得意であるが、きちんと叱るべき時には叱る。そちらも得意であった。

「私は『貴女』でなければ、愛する気持ちも知らなかったでしょうし、このような説得もしなかったでしょう。しかしながら私個人のわがままを言わせてもらうならば、姿形がどうあろうと『貴女』以外の女性を慕うつもりはありません」

きっと後で羞恥心に襲われるのだろうが、今はそんなことは知った事ではない。

「で、でもっ、でも! 一期さんは私の本当の姿を見て嫌いになったのでは……?」

本当にこの人は暴走すると周りが見えなくなるらしい。思わず口が微笑んでしまう。

「万が一にも嫌いになっていたらここで説得しておりませんし、」
この先は言うか言うまいか考えた。が、言う事にした。

「仮に嫌いになっていたとしたら、愛おしい主の魅力的な姿を見れて、自分は幸運だなとも思ってません」
「い、一期さん!?」
この時の自分程笑顔な者はこの場には居ないだろう。
「好いた女性の一糸纏わぬ姿を見たいとは、存外に私も助平な男なのですな。それを思い知りました」
「~~っ!!!!」
「……で、主はこんな私を嫌いになりますかな?」
「それはっ!! 嫌いに……なんてなれたら、こんな苦労はしてません……」
「私も、気持ちは以前と同じままです」
「一期さん……一期さんはこんな私を嫌いにならないんですか……?」
怯える声ですら自分に見せる本当の姿と思えば可愛くて仕方なく感じる。
「まさか! 今は前より更にお慕い申し上げておりますよ」
素直にそう伝えると自分の中でもストンと降りるものがあった。
姿形の好みをこだわることも確かにあったが、最後にはやはりこの人の中身を好きになったのだ。今ならそう確信できる。

「……一期さん、ごめんなさい、私、色々と誤解してたみたいで……」
きっと戸の向こうの人は小さく身を縮め、泣きそうになっているのだろう。容易く想像できた。
「気にしておりません。さあ、出てきて下さりませんか。貴女の顔が見たいのです」
ふと気にしていなかった外野に意識を向けると、周りもどうやらホッとしたようだった。
ようやくこの騒ぎが終わる。
誰もがそう思った。

「あれ?あれ?え?なんで?開かない?」

そんな可愛らしい声が聞こえるまでは。


【続】
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