9話
「わりいな、いつもの頼む」
「土方さん、こんにちは。そこに腰かけてお待ちください」
江戸に来てから数か月が過ぎた。
だいぶこの街での生き方も慣れてきて、常連さんも増えてきた。
一時期は江戸を離れようと考えていたがやはり住人の数に比例して客層は増え商売繁盛だ。
病状は深刻なものから軽症のものまで様々だけれど、深刻な病状のものは病院から紹介で来る場合のほうが多いから直接ここへやってくるのは軽症のかたばかりだった。
別段次に行く場所の当てもないし、無理に引っ越すこともないだろうとそのままになっている。
そんな常連さんの中でも、最近一番顔を見るのがこの土方さんだった。
週1で顔を出してくれるこの方の事はいつも着流しで来るため、胃薬が必要な職業に付いているらしいということくらいにしか知らないが、時折本当に顔が青ざめていて思わず栄養ドリンクを無償で出してしまったくらい。
きっと気苦労の多い人なんだとそれ以来サービスとして出すようになった。
この人よりも来ている人がいるって?
あの人は会った次の日からずっとツケで来ているため客には換算しないことにしている。
「胃薬を飲むのもいいですが、用法用量は守ってくださいね」
「わーってるって。最近根を詰めすぎて飲む回数が増えただけだ」
あの万事屋さんとは大違いな人だ。
時折仕事場の部下の愚痴を聞くが、この人はその部下の尻ぬぐいまで黙ってしてあげているらしい。
同居人である神楽さんに気遣うことすらないと聞く(神楽さん談)彼とは大違いだ、この方の爪の垢を煎じて飲んでみたらどうだろうか。この方と万事屋さんが知り合いなんて偶然ないだろうから、そんなこと言う機会もないのだろうけど。
「そういやこの辺にここ以外の薬師屋はあるのか?」
「え?」
薬草を煎じていると後ろから聞こえた問いに思わず素の声が出てしまい、振り返ると目を丸くしてこちらを見ている土方さんが目に止まった。
「え?ってお前……いや違うぞ?別にここが嫌だから他探すから教えろとかそういうんじゃねぇぞ」
「はあ…」
「何だその目!俺の言っていること疑ってる目だろうが!違うからな、俺はそんな失礼なことを言う人間じゃねぇから。ここが不満だとかそういうんじゃなくて…何だったら毎日通いたいくらいだ」
「いえ、流石に毎日はやめてください。この近辺ではここだけだと思います。ここから10分くらい歩いたところに病院と連携しているところなら、あるようですが」
「歌舞伎町にはここだけか?」
「ええ。…地図書きましょうか?」
「いや要らねぇ。ちょっと気になったことがあって聞いただけだ。別に別の場所探して聞いたわけじゃねぇから、その今出した紙とペン仕舞え」
土方さんに凄まれ、取り出したメモ帳を仕舞うと納得したのか座っていた椅子に戻っていった。
それにしてもすごい凄みだった。こんな職業をしていると利用する客層は様々だけどあんな怖い顔見たことがない。もしかして「ヤ」のつく職業なんだろうか。
「一応聞くが」
「ヤのつく職業かな?なんて考えていません」
「あ?ヤのつく職業?」
「(しまった。考えすぎて口に出してしまった)ヤ…ヤ…ヤクルコおじさん」
「一応、否定しておく。違うからな。聞きたいことってぇのは、この前知り合い…というか知り合いっていうのもむかつくくらいムカつく野郎がな。歌舞伎町の薬師屋に通ってるって聞いたんだ、人伝いに」
「はあ…歌舞伎町っていうなら、うちだけですね。」
頷いた土方さんは、暫し考えた様子でしかめっ面をすると、顔を上げて口を開けてから「いやでも」とまた考え込んでしまった。もしかしてその「ムカつく野郎」ってのも「ヤ」の付く人?でも土方さんみたいに目つきが悪いお客さんなんて思いつかないけれど。
「知らなかったら知らねぇって言えよ?いや多分知らねぇ、絶対に知らねぇと思う。アイツの口ぶり的に相当親しいらしいし、あんな奴と親しく出来るような奴には見えねえ…多分アイツのホラだろうが、一応確認しておかねぇと万が一って時に忠告してやれねぇ…」
後半はぼそぼそと小声になっていて聞こえづらいが相当やばい人らしいのはわかった。
ここに来てくれる人にそんな人思い浮かばないけれど。一体誰なんだろう。
「あー…坂田銀時って知ってるか?」
「知らないです」
「そうか…?なんだ、そうか。知らねぇか。わりいな、変なこと聞いたりして。」
ホッとした表情の土方さんから、どれだけ安堵したかが伝わってきた。
心配してくれたのだろうか。それにしてもその名前どっかで聞いたことあるようなないような。
でも「坂田さん」なんて呼んだことなんてないし、きっと知らない人だと思う。
「あの野郎だけは関わらねぇ方がいいからな、今後もちゃんと注意しておけよ?変な野郎が店に尋ねてきても目を合わさずに背中を見せずに静かに後ろに下がって、警察に通報しろ、いいな」
「その方は猛獣か何かなんですか?」
出来上がった胃薬を袋に入れて手渡すと土方さんは何かを思い出したように苦虫を嚙み潰したような顔をされた。
「まあ、同じようなもんだな。万事屋の野郎、冷や冷やさせやがって、全然知り合いじゃねぇじゃねぇか。あのバカの話を少しでも信じた俺がバ…」
「…あ、万事屋さんなら知ってますよ。毎日のようにお店に入り浸るので。今日も来られていました」
土方さんの言葉にかぶせるように言ってしまい、謝罪しようとした私に土方さんはクワッと見開いた目でこちらを凝視してくる。
「今なんて?」
「今日も来られていました」
「その前」
「毎日のようにお店に入り浸っています」
「もっと前」
「万事屋さんなら知っています」
それを聞いた土方さんの手から落ちた袋を拾い、もう一度土方さんの顔を見上げると、瞳孔の開いた瞳が白目になってその場に倒れられた。
(きゅ、救急車!?)
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。