先生に、聞いてみる。
「おーい、大丈夫?」
「大きな音が聞こえたのだが」
潤んだ瞳に蛍光灯の光はしみる。
涙が零れないように堪えていると、2つの声が聞こえた。
目をこすり声の方を見ると、先ほどまでの恭二と自分のように机を挟んで座る二人の男性が居た。
一人は無表情でこちらを見つめ、もう一人はひらひらと手を振っていた。
S.E.Mの硲道夫と山下次郎だった。
「なに、たかじょうにフラれちゃった感じ?」
手を振るのを止めた次郎はふにゃりと笑顔を浮かべる。
「……そんな所です」
何だか恥ずかしい気持ちになり、龍は二人が座る場所へ移動した。
膝はまだジンジンと痛んだが、耐えて痛みが消えるのを待つよりも動かして忘れたい気分だった。
道夫と次郎はミーティングをしていたようで、テーブルの上にはコーヒーが入ったカップや赤ペンの文字が細かく書き込まれた紙が無造作に置いてあった。
文字の細かさや字体から、紙を用意したのは道夫なのだろうと容易に想像が出来た。
「ふむ」
道夫は指を顎に添わせながら話す。
「木村君と鷹城君の組み合わせは珍しくはないが喧嘩をするイメージはないな」
真面目に考え出す道夫に龍は苦笑した。
「喧嘩じゃないですよ」
まるで自分に言い聞かせているようだった。
「相談したい事があったんです」
「相談?」
きょとんとするスカイグレーと茶鼠色の瞳を見て龍はぱちんと手を叩いた。
「そうだ、ぜひ道夫さんと次郎さんも教えてくれませんか?」
一人はクールな最年長。
もう一人は仕事になると化ける、秘めた力を持つ人。
目の前に居る彼らは――大人だ。
「2人になら俺の悩み、解決してもらえるかも!」
「教える」「解決」という言葉を聞いて、道夫は眼鏡の位置を正した。
「我々が教えられる事なら、喜んで協力しよう」
2つ返事だった。心なしか眼鏡の奥の瞳が燃えているようにも見えた。
「あっ、ありがとうございます!」
「はざまさん、宿題じゃないんですよ。って俺も参加ですか」
次郎は困ったように頭をかいた。
龍の話を聞いている間、道夫はずっと顎に指を添わせ、考えるように耳を傾けていた。
反対に次郎は身振り手振りを使いながら話す龍の目をじっと見つめ、うんうんと頷きながら聞いていた。
話が終わり、道夫はまた眼鏡の位置を正しながら顔を上げる。
「つまり、木村君には今大人の魅力というものがない為、我々からどうすればそういった類のものが出せるか聞きたい、と」
「すいません、変な事聞いちゃって」
「いや、そんな事はない。新曲、ひいてはファンの為だ。歌唱、ダンス、パフォーマンス。全て完璧にするというのは大切な事だ」
「大人の魅力、ねえ。確かに俺たちはきむらよりは大人、ていうかおっさんですけど」
次郎はふわあ、と欠伸をした。
「それこそ、いじゅういんはどうなの? いじゅういんこそ、きむらと同い年なのに大人の魅力満載、セクシーの塊! って感じじゃない」
「北斗さんとはこの話を貰ってから事務所で会ってなくて……。忙しそうですし」
そう言いながら龍はJupiterと伊集院北斗のスケジュールを思い出す。
ホワイトボードに書かれた予定表は、ユニットとしての仕事だけではなく、個人の仕事でも真っ黒だった。
思わずリスナーを装って北斗のラジオにメールを送ったのだが、それは黙っておいた。
「確かに、私はこの事務所の中でも最年長だ。年齢によって培った経験を話す事も可能だろう。しかし……」
そう言いながら道夫は次郎を見る。
「この話は、山下くんが適任だと思うのだが」
「え、お、俺ですか?」
完全に油断していた次郎は目尻から零れた涙を拭いながら口を開く。
「確かに、俺も知りたいです! あのライブでのセクシーさはどうやって出してるんですか?」
「ど、どうやってって……」
「ファッションショーでのポージング、ライブでのソロ歌唱。他にも色々上げられるが山下くんは本番になると素晴らしい集中力を発揮する。それによって行われたパフォーマンスはファンを魅了してやまないと私は思っている。そしてそれは私にも、舞田くんにもない、山下くんだけの強力な武器だ」
明らかに次郎の目が泳ぎ始めた。
龍と道夫を交互に何度も見る。
まさか自分が話をリードするとは思っていなかったのか、ライブの事を思い出したのか、顔が見る見る赤くなっていく。
そんな状態の次郎に、龍は強く頷きながら更に追い打ちをかける。
「俺、次郎さんのソロびっくりしましたもん! スタンドマイクに伊瀬谷よりもすごいファーつけて、ミラーボールがキラキラ回ってて……。ミラーボールがあんなに似合う人初めて見ましたよ!」
次郎は思わず両手で顔を覆った。
「勘弁して……」
小さな声が指の間から漏れた。
「本当の事なのに」
「全くだ」
悪意のない2人の言葉は、次郎のHPを削り続けた。
「きむらには悪いけど、俺、何も考えてないのよ」
「考えてない?」
龍のオウム返しに、次郎は「そ」と短く返事をする。
「正確に言うと考えないようにしてる。きむらも見てて分かったでしょ。俺意識しちゃうとすごく恥ずかしくなっちゃうから。だから何も考えないようにしてるの」
そう言いながら龍を見ると、整った眉毛はハの字になっていた。
あからさまにがっかりしている表情を見て次郎も眉を下げる。
「もちろん、プロデューサーちゃんやはざまさんやるい、ダンスの先生とも相談して、ファンはこうやったら喜んでくれるかな、とかは考えるよ」
次郎はカップに入ったコーヒーを一気に飲んだ。
「悪いね、参考になるような答えじゃなくて」
「ふむ、山下くんは天性の才能を持っていた、という事か」
「はざまさんすぐそういう事言う!」
次郎はまた焦ったように叫んだが、道夫は気にせず龍に向かって頭を下げる。
「木村君、すまない。我々では大きな力になれなかったようだ」
「そんな!」
龍は道夫に頭を上げるように促しながら、2人に笑顔を見せた。
「大丈夫です。俺、もうちょっと自分で考えてみます!」
龍の笑顔を見て、2人は顔を見合わせた。そして同じように笑みを浮かべる。
「がんばって、大人の階段のぼりなさいな」
「木村君のパフォーマンス、楽しみにしている」
「はい!」
問題が解決しなくても、龍は2人が話を聞いてくれた事がとても嬉しかった。
「大きな音が聞こえたのだが」
潤んだ瞳に蛍光灯の光はしみる。
涙が零れないように堪えていると、2つの声が聞こえた。
目をこすり声の方を見ると、先ほどまでの恭二と自分のように机を挟んで座る二人の男性が居た。
一人は無表情でこちらを見つめ、もう一人はひらひらと手を振っていた。
S.E.Mの硲道夫と山下次郎だった。
「なに、たかじょうにフラれちゃった感じ?」
手を振るのを止めた次郎はふにゃりと笑顔を浮かべる。
「……そんな所です」
何だか恥ずかしい気持ちになり、龍は二人が座る場所へ移動した。
膝はまだジンジンと痛んだが、耐えて痛みが消えるのを待つよりも動かして忘れたい気分だった。
道夫と次郎はミーティングをしていたようで、テーブルの上にはコーヒーが入ったカップや赤ペンの文字が細かく書き込まれた紙が無造作に置いてあった。
文字の細かさや字体から、紙を用意したのは道夫なのだろうと容易に想像が出来た。
「ふむ」
道夫は指を顎に添わせながら話す。
「木村君と鷹城君の組み合わせは珍しくはないが喧嘩をするイメージはないな」
真面目に考え出す道夫に龍は苦笑した。
「喧嘩じゃないですよ」
まるで自分に言い聞かせているようだった。
「相談したい事があったんです」
「相談?」
きょとんとするスカイグレーと茶鼠色の瞳を見て龍はぱちんと手を叩いた。
「そうだ、ぜひ道夫さんと次郎さんも教えてくれませんか?」
一人はクールな最年長。
もう一人は仕事になると化ける、秘めた力を持つ人。
目の前に居る彼らは――大人だ。
「2人になら俺の悩み、解決してもらえるかも!」
「教える」「解決」という言葉を聞いて、道夫は眼鏡の位置を正した。
「我々が教えられる事なら、喜んで協力しよう」
2つ返事だった。心なしか眼鏡の奥の瞳が燃えているようにも見えた。
「あっ、ありがとうございます!」
「はざまさん、宿題じゃないんですよ。って俺も参加ですか」
次郎は困ったように頭をかいた。
龍の話を聞いている間、道夫はずっと顎に指を添わせ、考えるように耳を傾けていた。
反対に次郎は身振り手振りを使いながら話す龍の目をじっと見つめ、うんうんと頷きながら聞いていた。
話が終わり、道夫はまた眼鏡の位置を正しながら顔を上げる。
「つまり、木村君には今大人の魅力というものがない為、我々からどうすればそういった類のものが出せるか聞きたい、と」
「すいません、変な事聞いちゃって」
「いや、そんな事はない。新曲、ひいてはファンの為だ。歌唱、ダンス、パフォーマンス。全て完璧にするというのは大切な事だ」
「大人の魅力、ねえ。確かに俺たちはきむらよりは大人、ていうかおっさんですけど」
次郎はふわあ、と欠伸をした。
「それこそ、いじゅういんはどうなの? いじゅういんこそ、きむらと同い年なのに大人の魅力満載、セクシーの塊! って感じじゃない」
「北斗さんとはこの話を貰ってから事務所で会ってなくて……。忙しそうですし」
そう言いながら龍はJupiterと伊集院北斗のスケジュールを思い出す。
ホワイトボードに書かれた予定表は、ユニットとしての仕事だけではなく、個人の仕事でも真っ黒だった。
思わずリスナーを装って北斗のラジオにメールを送ったのだが、それは黙っておいた。
「確かに、私はこの事務所の中でも最年長だ。年齢によって培った経験を話す事も可能だろう。しかし……」
そう言いながら道夫は次郎を見る。
「この話は、山下くんが適任だと思うのだが」
「え、お、俺ですか?」
完全に油断していた次郎は目尻から零れた涙を拭いながら口を開く。
「確かに、俺も知りたいです! あのライブでのセクシーさはどうやって出してるんですか?」
「ど、どうやってって……」
「ファッションショーでのポージング、ライブでのソロ歌唱。他にも色々上げられるが山下くんは本番になると素晴らしい集中力を発揮する。それによって行われたパフォーマンスはファンを魅了してやまないと私は思っている。そしてそれは私にも、舞田くんにもない、山下くんだけの強力な武器だ」
明らかに次郎の目が泳ぎ始めた。
龍と道夫を交互に何度も見る。
まさか自分が話をリードするとは思っていなかったのか、ライブの事を思い出したのか、顔が見る見る赤くなっていく。
そんな状態の次郎に、龍は強く頷きながら更に追い打ちをかける。
「俺、次郎さんのソロびっくりしましたもん! スタンドマイクに伊瀬谷よりもすごいファーつけて、ミラーボールがキラキラ回ってて……。ミラーボールがあんなに似合う人初めて見ましたよ!」
次郎は思わず両手で顔を覆った。
「勘弁して……」
小さな声が指の間から漏れた。
「本当の事なのに」
「全くだ」
悪意のない2人の言葉は、次郎のHPを削り続けた。
「きむらには悪いけど、俺、何も考えてないのよ」
「考えてない?」
龍のオウム返しに、次郎は「そ」と短く返事をする。
「正確に言うと考えないようにしてる。きむらも見てて分かったでしょ。俺意識しちゃうとすごく恥ずかしくなっちゃうから。だから何も考えないようにしてるの」
そう言いながら龍を見ると、整った眉毛はハの字になっていた。
あからさまにがっかりしている表情を見て次郎も眉を下げる。
「もちろん、プロデューサーちゃんやはざまさんやるい、ダンスの先生とも相談して、ファンはこうやったら喜んでくれるかな、とかは考えるよ」
次郎はカップに入ったコーヒーを一気に飲んだ。
「悪いね、参考になるような答えじゃなくて」
「ふむ、山下くんは天性の才能を持っていた、という事か」
「はざまさんすぐそういう事言う!」
次郎はまた焦ったように叫んだが、道夫は気にせず龍に向かって頭を下げる。
「木村君、すまない。我々では大きな力になれなかったようだ」
「そんな!」
龍は道夫に頭を上げるように促しながら、2人に笑顔を見せた。
「大丈夫です。俺、もうちょっと自分で考えてみます!」
龍の笑顔を見て、2人は顔を見合わせた。そして同じように笑みを浮かべる。
「がんばって、大人の階段のぼりなさいな」
「木村君のパフォーマンス、楽しみにしている」
「はい!」
問題が解決しなくても、龍は2人が話を聞いてくれた事がとても嬉しかった。
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