Chapter1-3
「これが、新型のガンダム……」
モビルスーツデッキに入ると、ヒューガは唖然とした。
コロンブス級補給艦・バリャドリードのモビルスーツデッキはかなりの広さを誇る。ただ詰め込むだけであれば現在の主力量産機のジェガンならば最大40程度搭載が可能であり、これは0097年でも一番の搭載量である。
だが、ヒューガが唖然としたのはそれではない。
ハンガーに収められている新型ガンダムのバックパック部分がすっぽりと抜けてしまっていて『ない』のだ。
「え、未完成品? それとも、まだ組み立ててる途中なの?」
「いいえ、これはしっかり仕上がっていますよ」
と、ノアは壁を蹴って、無重力のモビルスーツデッキに身を舞わせた。
それに続くように、ヒューガとティアもデッキに体を漂わせる。
機体自体もシンプルだった。
ガンダムの特徴の一つであるデュアルアイはもちろん、全体的に角ばったフォルム、白を基調とした塗装からわかるが、バックパックのない理由がわからない以上、一抹の不安が湧いてくる。
塗装もガンダムをリファインしていると聞いたが、色合い的にはその後継機、RX-78NT1 ガンダムNT-1、アレックスの愛称で呼ばれていたモビルスーツに近い。
「0079にできたRX-78をモデルにしていますが、トリコロールカラーはやめて色はシンプルに青と黒を配しています。派手ですからね、あれは」
「いや、それより……」
「武装のビームライフルは専用の大型ビームライフルを用意しています。射程距離、威力共に普通のビームライフルを凌駕しています。ビームマグナムほどではありませんが、アンチビームコーティング程度なら無いも同然です。それから……」
聞いていない。
ヒューガの問いかけをノアはまったく聞いていない。
「どうやら、技術のことになると頭がいっぱいになっちゃうタイプみたいね」
「はぁ、そうらしい」
ヒューガは目を細め、ため息交じりに返事をした。
そして、ガンダムリアームズの武装の一通りの説明が終わるのに10分近くの時間が経過し、彼は満足そうに、やり切った表情で苦笑いを浮かべる二人に向き直った。
「何か質問はありますか?」
「あぁ、待ってた。ずっとな」
「?」
「バックパックがないんだが、どういうことだ?」
ヒューガの質問に、ノアは口元を緩ませて奥を指差した。
見慣れぬモビルスーツが2機、恐らくこれも新型なのだろうが、ノアが差しているのはそれではないようだ。
さらに奥に、8、いや、6枚の青いウィングを持った戦闘機がハンガーから伸びたワイヤーによって固定、吊るされていた。
「まさか、コア・ファイターか」
「はい」
コア・ファイター。
自力帰還可能な脱出ポッドとして開発され、パイロット、戦闘データ、モビルスーツによってはそれら以上に重要なシステム、AIの回収などが目的のものである。
ガンダムはコア・ファイター自体が胴体部に変形し、文字通りモビルスーツのコアとなるバーティカル・イン・ザ・ボディー方式だったが、これは違う。
ホリゾンタル・イン・ザ・ボディー方式。
コア・ファイターのスラスターや推進剤もモビルスーツの時にも利用できるメリットもあるが、戦闘時にスラスターが損傷すると脱出ポッドの役割を果たすことができなくなってしまうデメリットも有している。
それともう一つのデメリットが、
「て、ことは全天周囲モニターじゃないのか?」
ヒューガは慌てて、ノアに詰め寄った。
「まぁ、完全な全天周囲モニターではありませんね。コクピットの下部と後方部はサブカメラからのサブスクリーンで補助します」
頭を抱えるヒューガを余所に、ティアは静かにコア・ファイターへと近づいていく。
そして、遠目からウィングに見えた下方向に伸びる筒状のものを軽くノックする。
「これってメガ粒子砲なのかしら?」
「あ、わかりますか。メガ粒子砲ではなく高出力ビームキャノンです。あと30mmバルカン砲も付いてますので戦闘も十分にこなせます」
そんな説明を聞き流して、ヒューガは顎に手を当てて悩んでいた。
戦闘において、特に宇宙空間での戦闘では360度の方位を警戒しなくてはならない。下方、後方は言わずもがな最も注意しなければならない。
サブスクリーンに映し出されると言われても、生きたがりで臆病なヒューガにとって、それは不安要因だった。
そんな様子を見ていたノアが、
「大丈夫ですよ」
と、ヒューガの持っているファイルを取って、あるページを広げて彼に差し出す。
「なんだよ」
「このガンダムリアームズには『インテンション・オートマチック・システム』が搭載されています。これはパイロットの思考がコクピット周りに配されたサイコフレームによってダイレクトにモビルスーツの動きに反映されて、手動操作よりもはるかに反応速度、動作精度、機動性能がアップします」
それを聞いたティアの顔色が変わる。
「待って、ノアくん。それって、あのユニコーンにも搭載されてた……」
「本当によくご存じですね。そうです、ユニコーン、バンシィ、シナンジュに搭載されたシステム」
「なんでそんな危険なシステムを! テストパイロットとは言っても部品じゃないのよ!」
ヒューガは怪訝そうに眉をしかめた。
「何をそんな怒ってるんだ、ティア」
「あんたは何にも知らないから、そんなのほほんとしてられるのよ! いい、『インテンション・オートマチック・システム』はパイロットの考えを、モビルスーツを自分の体のように制御できる反面、殺人的な重力加速度がかかるの。最大機動は5分が限界。ユニコーンのパイロットは専用の薬物投与システム付のパイロットスーツを着ていたらしいけど……それにこのシステムは……」
パチパチパチ
ティアの言葉を遮るように拍手がデッキに響いた。
「本当に、すごい勉強家ですね。ここまでの情報は公には流れていないはずなのに」
「私、説明書を渡されて、『はい、どうも』って人間じゃないの。気になったことは一から十まで調べるタイプなのよ」
目を伏せ、何かを悩む仕草をティアは見せるが、すぐに顔を上げてノアに向き直る。
「それにそのシステムは、ニュータイプじゃないと意味がないはずよ」
ノアの目が驚きで真ん丸になる。
「ノアくんは、ヒューガがニュータイプだとでも言うの?」
ティアの口からこぼれた言葉にヒューガは思わず息を飲んだ。
オレが……ニュータイプ?
一瞬、そんな思考が頭を過ぎる。
「あははは、そんなわけないじゃないですかっ」
しかし、ノアの一笑がヒューガの思考を壊して、目の前の現実に引き戻した。
「ニュータイプだったら、この前の赤いギラ・ズールも難なく対処できたでしょう。それにティア曹長は一つ思い違いをしています」
ぴくりとティアの眉が上がる。
「技術者がいつまでも欠陥品をそのままにしておくと思いますか?」
「え?」
ハンガーに直立するガンダムリアームズを視界に入れて、ノアは続ける。
「『インテンション・オートマチック・システム』は限定的で、欠陥もありますが素晴らしいシステムです。でも、兵器の一つとしては誰にでも扱えるものでなくてはいけません。だから、このガンダムリアームズに搭載されている『それ』はオリジナルの半分程度でリミッターをかけています」
「リミッター」
ヒューガの口から無意識に言葉が漏れた。
「はい。さらに、オールドタイプ、一般のパイロットにも扱えるようにモビルスーツにサイコフレームを使用するのではなく、パイロットスーツのヘルメットの内部フレームにサイコフレームを組み込んで、有線でモビルスーツにフィードバックされます」
そこまで話して、ノアはハッと我に返った感じで自身の腕時計を見やり、微笑みを浮かべた。
「これから会議があるので、今日はこれで失礼します。そうですね、こんな話を聞いてしまうと、このテスト運用も懐疑的で不安なものになったでしょうし、ルナツーに着いたときに正式な返事をください」
「あ、いや、そんなことは」
「いいんです、いいんです。わからないことがあれば何でも聞きに来てください。それじゃ」
ノアが床を蹴って離れていく。
その姿を見送りながら、ヒューガはガンダムリアームズに目を向け直す。
両肩部と胸部、両脚部スラスターを紺に近い青、腹部は淡い黒、あとは目が覚めるような白でまとめられたモビルスーツは、黙ってヒューガを見下ろしていた。
いや、機械が見下ろすわけがないが、ヒューガにはガンダムリアームズがまるで寂しそうな子供のように自分を見下ろしているように感じたのだ。
「ガンダム……」
ぐっと拳を握る。
心臓の音が、そばにいるティアにも聞こえてしまうかもしれないくらいに大きく、早く、高鳴っている。
不安ではない。
興奮でもない。
表現しがたい、いろいろな感情がどろどろと渦巻いている『何か』がヒューガの手を伸ばした。
まるでガンダムを求めるように。
モビルスーツデッキに入ると、ヒューガは唖然とした。
コロンブス級補給艦・バリャドリードのモビルスーツデッキはかなりの広さを誇る。ただ詰め込むだけであれば現在の主力量産機のジェガンならば最大40程度搭載が可能であり、これは0097年でも一番の搭載量である。
だが、ヒューガが唖然としたのはそれではない。
ハンガーに収められている新型ガンダムのバックパック部分がすっぽりと抜けてしまっていて『ない』のだ。
「え、未完成品? それとも、まだ組み立ててる途中なの?」
「いいえ、これはしっかり仕上がっていますよ」
と、ノアは壁を蹴って、無重力のモビルスーツデッキに身を舞わせた。
それに続くように、ヒューガとティアもデッキに体を漂わせる。
機体自体もシンプルだった。
ガンダムの特徴の一つであるデュアルアイはもちろん、全体的に角ばったフォルム、白を基調とした塗装からわかるが、バックパックのない理由がわからない以上、一抹の不安が湧いてくる。
塗装もガンダムをリファインしていると聞いたが、色合い的にはその後継機、RX-78NT1 ガンダムNT-1、アレックスの愛称で呼ばれていたモビルスーツに近い。
「0079にできたRX-78をモデルにしていますが、トリコロールカラーはやめて色はシンプルに青と黒を配しています。派手ですからね、あれは」
「いや、それより……」
「武装のビームライフルは専用の大型ビームライフルを用意しています。射程距離、威力共に普通のビームライフルを凌駕しています。ビームマグナムほどではありませんが、アンチビームコーティング程度なら無いも同然です。それから……」
聞いていない。
ヒューガの問いかけをノアはまったく聞いていない。
「どうやら、技術のことになると頭がいっぱいになっちゃうタイプみたいね」
「はぁ、そうらしい」
ヒューガは目を細め、ため息交じりに返事をした。
そして、ガンダムリアームズの武装の一通りの説明が終わるのに10分近くの時間が経過し、彼は満足そうに、やり切った表情で苦笑いを浮かべる二人に向き直った。
「何か質問はありますか?」
「あぁ、待ってた。ずっとな」
「?」
「バックパックがないんだが、どういうことだ?」
ヒューガの質問に、ノアは口元を緩ませて奥を指差した。
見慣れぬモビルスーツが2機、恐らくこれも新型なのだろうが、ノアが差しているのはそれではないようだ。
さらに奥に、8、いや、6枚の青いウィングを持った戦闘機がハンガーから伸びたワイヤーによって固定、吊るされていた。
「まさか、コア・ファイターか」
「はい」
コア・ファイター。
自力帰還可能な脱出ポッドとして開発され、パイロット、戦闘データ、モビルスーツによってはそれら以上に重要なシステム、AIの回収などが目的のものである。
ガンダムはコア・ファイター自体が胴体部に変形し、文字通りモビルスーツのコアとなるバーティカル・イン・ザ・ボディー方式だったが、これは違う。
ホリゾンタル・イン・ザ・ボディー方式。
コア・ファイターのスラスターや推進剤もモビルスーツの時にも利用できるメリットもあるが、戦闘時にスラスターが損傷すると脱出ポッドの役割を果たすことができなくなってしまうデメリットも有している。
それともう一つのデメリットが、
「て、ことは全天周囲モニターじゃないのか?」
ヒューガは慌てて、ノアに詰め寄った。
「まぁ、完全な全天周囲モニターではありませんね。コクピットの下部と後方部はサブカメラからのサブスクリーンで補助します」
頭を抱えるヒューガを余所に、ティアは静かにコア・ファイターへと近づいていく。
そして、遠目からウィングに見えた下方向に伸びる筒状のものを軽くノックする。
「これってメガ粒子砲なのかしら?」
「あ、わかりますか。メガ粒子砲ではなく高出力ビームキャノンです。あと30mmバルカン砲も付いてますので戦闘も十分にこなせます」
そんな説明を聞き流して、ヒューガは顎に手を当てて悩んでいた。
戦闘において、特に宇宙空間での戦闘では360度の方位を警戒しなくてはならない。下方、後方は言わずもがな最も注意しなければならない。
サブスクリーンに映し出されると言われても、生きたがりで臆病なヒューガにとって、それは不安要因だった。
そんな様子を見ていたノアが、
「大丈夫ですよ」
と、ヒューガの持っているファイルを取って、あるページを広げて彼に差し出す。
「なんだよ」
「このガンダムリアームズには『インテンション・オートマチック・システム』が搭載されています。これはパイロットの思考がコクピット周りに配されたサイコフレームによってダイレクトにモビルスーツの動きに反映されて、手動操作よりもはるかに反応速度、動作精度、機動性能がアップします」
それを聞いたティアの顔色が変わる。
「待って、ノアくん。それって、あのユニコーンにも搭載されてた……」
「本当によくご存じですね。そうです、ユニコーン、バンシィ、シナンジュに搭載されたシステム」
「なんでそんな危険なシステムを! テストパイロットとは言っても部品じゃないのよ!」
ヒューガは怪訝そうに眉をしかめた。
「何をそんな怒ってるんだ、ティア」
「あんたは何にも知らないから、そんなのほほんとしてられるのよ! いい、『インテンション・オートマチック・システム』はパイロットの考えを、モビルスーツを自分の体のように制御できる反面、殺人的な重力加速度がかかるの。最大機動は5分が限界。ユニコーンのパイロットは専用の薬物投与システム付のパイロットスーツを着ていたらしいけど……それにこのシステムは……」
パチパチパチ
ティアの言葉を遮るように拍手がデッキに響いた。
「本当に、すごい勉強家ですね。ここまでの情報は公には流れていないはずなのに」
「私、説明書を渡されて、『はい、どうも』って人間じゃないの。気になったことは一から十まで調べるタイプなのよ」
目を伏せ、何かを悩む仕草をティアは見せるが、すぐに顔を上げてノアに向き直る。
「それにそのシステムは、ニュータイプじゃないと意味がないはずよ」
ノアの目が驚きで真ん丸になる。
「ノアくんは、ヒューガがニュータイプだとでも言うの?」
ティアの口からこぼれた言葉にヒューガは思わず息を飲んだ。
オレが……ニュータイプ?
一瞬、そんな思考が頭を過ぎる。
「あははは、そんなわけないじゃないですかっ」
しかし、ノアの一笑がヒューガの思考を壊して、目の前の現実に引き戻した。
「ニュータイプだったら、この前の赤いギラ・ズールも難なく対処できたでしょう。それにティア曹長は一つ思い違いをしています」
ぴくりとティアの眉が上がる。
「技術者がいつまでも欠陥品をそのままにしておくと思いますか?」
「え?」
ハンガーに直立するガンダムリアームズを視界に入れて、ノアは続ける。
「『インテンション・オートマチック・システム』は限定的で、欠陥もありますが素晴らしいシステムです。でも、兵器の一つとしては誰にでも扱えるものでなくてはいけません。だから、このガンダムリアームズに搭載されている『それ』はオリジナルの半分程度でリミッターをかけています」
「リミッター」
ヒューガの口から無意識に言葉が漏れた。
「はい。さらに、オールドタイプ、一般のパイロットにも扱えるようにモビルスーツにサイコフレームを使用するのではなく、パイロットスーツのヘルメットの内部フレームにサイコフレームを組み込んで、有線でモビルスーツにフィードバックされます」
そこまで話して、ノアはハッと我に返った感じで自身の腕時計を見やり、微笑みを浮かべた。
「これから会議があるので、今日はこれで失礼します。そうですね、こんな話を聞いてしまうと、このテスト運用も懐疑的で不安なものになったでしょうし、ルナツーに着いたときに正式な返事をください」
「あ、いや、そんなことは」
「いいんです、いいんです。わからないことがあれば何でも聞きに来てください。それじゃ」
ノアが床を蹴って離れていく。
その姿を見送りながら、ヒューガはガンダムリアームズに目を向け直す。
両肩部と胸部、両脚部スラスターを紺に近い青、腹部は淡い黒、あとは目が覚めるような白でまとめられたモビルスーツは、黙ってヒューガを見下ろしていた。
いや、機械が見下ろすわけがないが、ヒューガにはガンダムリアームズがまるで寂しそうな子供のように自分を見下ろしているように感じたのだ。
「ガンダム……」
ぐっと拳を握る。
心臓の音が、そばにいるティアにも聞こえてしまうかもしれないくらいに大きく、早く、高鳴っている。
不安ではない。
興奮でもない。
表現しがたい、いろいろな感情がどろどろと渦巻いている『何か』がヒューガの手を伸ばした。
まるでガンダムを求めるように。
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