幕開けはいつも唐突に 3
ある日の昼食。いつもなら好野が先に来て座っているはずだが、大絃が食堂に好野の姿はどこにもなかった。日替わりランチを受け取り、食事をしながら好野が来るのを待ったが、講義が始まるギリギリの時間まで待っても、彼女は姿を現さなかった。
体調が良くなかったのかもしれないと思い、彼女にメールを入れ大絃は講義へ向かった。
今日は食堂に来なかったね。体調が悪くて早退でもしたのかな?
それとも課題か何かで忙しかった?
少し心配になったのでメールしました。手が空いた時にでも返事ください。
夕方に帰宅してメールを確認すると返信が来ていた。
大絃くん、ごめんなさい。
私は大絃くんという彼がいながら、他の人のことを好きになってしまいました。
もうあなたに顔向けできません……本当にごめんなさい。
多分どんなに話したとしても、私の心は動かないと思います。
こんなメールだけで別れを告げる私を軽蔑してくれて構いません。
大絃くん、これまでありがとう。さようなら。
「え? どういうこと……だ?」
すぐに電話をかけてみたが既に着信拒否されていた。つい数分前まで大好きだった彼女のこの仕打ちに放心状態となり、ただ茫然としていた。何かの間違いかもしれないと思いつつも、耳に残った虚しい機械音だけが何度も繰り返し思い出されて力が抜けてしまう。
どれくらいの時間そうしていたか分からない。
ひどいのどの渇きを感じ、重い体を動かす。気付かぬ内にとっぷりと日は暮れていて、電気を点けていなかった室内は暗かった。手探りでキッチンまで行き、コップ一杯の水をあおる。
一息吐くと、ベッドの上に置き去りにしていたスマホの画面が明るくなっており、何かしらの通知が届いたことを示していた。部屋の電気を点けて力なく画面を確認すると生駒からの電話着信だった。
気力的にはかける元気はなかったものの、1人で悶々としているとまた動けなくなってしまうような気がして、かけ直すことにした。
2コール目が鳴るタイミングで生駒は電話に出た。
『大ちゃん? ごめん、忙しかった?』
「あー、いや。全然」
『なんか、桃夏ちゃんの様子がおかしかったから、2人に何かあったのかと思って……。俺が首を突っ込むことではないかもしれないけど、なんとなく気になってさ』
生駒は大学が違うものの、好野とはバイト先が一緒だった。たれこむようで気が引けたんだけど……と前置きをして、彼女の様子が語られた。
今日のシフトに彼女は入っていなかったはずだが店に来ていたのでおかしいと思い、しばらく様子を窺っていると少しして今日は別店舗に行っていたはずの店長もやってきたらしい。そこからの推測として、恐らくバイトを辞めるつもりのようだと語られる。
好野が帰る時に目があったが、戸惑った表情をして足早に帰ってしまったと聞くと、そこまで自分や共通の友人から逃げ、相手と一緒になりたいと思う程相手を好きなのか……。どこか寂しくもあり、好野が幸せになれるのであればそれはそれでいいと思う。大絃の中ではひとまずの心の整理はついたように思えた。
ただ、やはりメールだけでお別れというのは納得いかない。復縁を迫る気も、相手に迷惑をかけるつもりもない。とにかく詳細を聞き、しょうがないね、さようなら。そう言葉を交わしてちゃんと別れを告げたいと大絃は思うのだった。
しかし、大絃はブロックされてしまっているので自分からは動きようがない。
「汐、まだ桃と連絡つく?」
『え? 大ちゃんから連絡取れないの?』
「電話は着拒されてた。メールは繋がるかもしれないけど……どうだか」
一瞬、間が空いたのは生駒の中でこれまでの状況を頭の中で整理していたのだろう。また、何パターンかある程度状況を予想していたのかもしれない。
『……何があったか聞いても、いい?』
恐る恐るといった様子で尋ねる。
「他に好きな人が出来たから別れてほしいって、メールが来てフラれた」
大絃は隠すことなくさらりと事実を告げた。生駒であれば片方の意見だけを鵜呑みにして軽率な行動を取るような人間ではないと知っているからこそ話せたことだった。
『何それ……、メールだけ?』
「ああ、今日の昼、食堂に来なくて心配でメールしたんだよ。夕方に返信来てて確認してみたら……まあ、さっき言ったような内容だった訳だ」
ぐっと息を呑むのが電話越しにも分かった。思いの外、生駒は好野に対して怒りの感情を抱いていた。
『……大ちゃんは、それでいいの? 』
「よかねーよ。なんかさっきの話聞いて、俺のところには戻ってこないことはわかったけど、やっぱさ、メールだけは良くないよな? ちゃんと顔合わせて言葉でさよならしたい。連絡つくようだったら、場を設けてくれないかな? こんなこと……頼んで、ごめん」
『なんで俺に謝るんだよ、バカ。いいよ、どうにかしてセッティングしてみる』
「汐……ありがとう」
『幼馴染のよしみだ、任せなさい。じゃあ、またね』
通話が切れると無性に寂しくなり、涙が溢れた。この日は、怒りと寂しさと虚しさがごちゃまぜになった感情を出し切るつもりでひたすら泣いた。どうせ誰もいないのだ。
体調が良くなかったのかもしれないと思い、彼女にメールを入れ大絃は講義へ向かった。
今日は食堂に来なかったね。体調が悪くて早退でもしたのかな?
それとも課題か何かで忙しかった?
少し心配になったのでメールしました。手が空いた時にでも返事ください。
夕方に帰宅してメールを確認すると返信が来ていた。
大絃くん、ごめんなさい。
私は大絃くんという彼がいながら、他の人のことを好きになってしまいました。
もうあなたに顔向けできません……本当にごめんなさい。
多分どんなに話したとしても、私の心は動かないと思います。
こんなメールだけで別れを告げる私を軽蔑してくれて構いません。
大絃くん、これまでありがとう。さようなら。
「え? どういうこと……だ?」
すぐに電話をかけてみたが既に着信拒否されていた。つい数分前まで大好きだった彼女のこの仕打ちに放心状態となり、ただ茫然としていた。何かの間違いかもしれないと思いつつも、耳に残った虚しい機械音だけが何度も繰り返し思い出されて力が抜けてしまう。
どれくらいの時間そうしていたか分からない。
ひどいのどの渇きを感じ、重い体を動かす。気付かぬ内にとっぷりと日は暮れていて、電気を点けていなかった室内は暗かった。手探りでキッチンまで行き、コップ一杯の水をあおる。
一息吐くと、ベッドの上に置き去りにしていたスマホの画面が明るくなっており、何かしらの通知が届いたことを示していた。部屋の電気を点けて力なく画面を確認すると生駒からの電話着信だった。
気力的にはかける元気はなかったものの、1人で悶々としているとまた動けなくなってしまうような気がして、かけ直すことにした。
2コール目が鳴るタイミングで生駒は電話に出た。
『大ちゃん? ごめん、忙しかった?』
「あー、いや。全然」
『なんか、桃夏ちゃんの様子がおかしかったから、2人に何かあったのかと思って……。俺が首を突っ込むことではないかもしれないけど、なんとなく気になってさ』
生駒は大学が違うものの、好野とはバイト先が一緒だった。たれこむようで気が引けたんだけど……と前置きをして、彼女の様子が語られた。
今日のシフトに彼女は入っていなかったはずだが店に来ていたのでおかしいと思い、しばらく様子を窺っていると少しして今日は別店舗に行っていたはずの店長もやってきたらしい。そこからの推測として、恐らくバイトを辞めるつもりのようだと語られる。
好野が帰る時に目があったが、戸惑った表情をして足早に帰ってしまったと聞くと、そこまで自分や共通の友人から逃げ、相手と一緒になりたいと思う程相手を好きなのか……。どこか寂しくもあり、好野が幸せになれるのであればそれはそれでいいと思う。大絃の中ではひとまずの心の整理はついたように思えた。
ただ、やはりメールだけでお別れというのは納得いかない。復縁を迫る気も、相手に迷惑をかけるつもりもない。とにかく詳細を聞き、しょうがないね、さようなら。そう言葉を交わしてちゃんと別れを告げたいと大絃は思うのだった。
しかし、大絃はブロックされてしまっているので自分からは動きようがない。
「汐、まだ桃と連絡つく?」
『え? 大ちゃんから連絡取れないの?』
「電話は着拒されてた。メールは繋がるかもしれないけど……どうだか」
一瞬、間が空いたのは生駒の中でこれまでの状況を頭の中で整理していたのだろう。また、何パターンかある程度状況を予想していたのかもしれない。
『……何があったか聞いても、いい?』
恐る恐るといった様子で尋ねる。
「他に好きな人が出来たから別れてほしいって、メールが来てフラれた」
大絃は隠すことなくさらりと事実を告げた。生駒であれば片方の意見だけを鵜呑みにして軽率な行動を取るような人間ではないと知っているからこそ話せたことだった。
『何それ……、メールだけ?』
「ああ、今日の昼、食堂に来なくて心配でメールしたんだよ。夕方に返信来てて確認してみたら……まあ、さっき言ったような内容だった訳だ」
ぐっと息を呑むのが電話越しにも分かった。思いの外、生駒は好野に対して怒りの感情を抱いていた。
『……大ちゃんは、それでいいの? 』
「よかねーよ。なんかさっきの話聞いて、俺のところには戻ってこないことはわかったけど、やっぱさ、メールだけは良くないよな? ちゃんと顔合わせて言葉でさよならしたい。連絡つくようだったら、場を設けてくれないかな? こんなこと……頼んで、ごめん」
『なんで俺に謝るんだよ、バカ。いいよ、どうにかしてセッティングしてみる』
「汐……ありがとう」
『幼馴染のよしみだ、任せなさい。じゃあ、またね』
通話が切れると無性に寂しくなり、涙が溢れた。この日は、怒りと寂しさと虚しさがごちゃまぜになった感情を出し切るつもりでひたすら泣いた。どうせ誰もいないのだ。
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