ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
目次

31話 「記憶屋③」


ファックスの方を見ると何枚かの書類がまとめて出てきたままの状態で置かれていた。カウンターに置かれたままのペンを手に取り、引き出しに仕舞い、書類を手に取り一応すべて目に通すと、「処理済み」としてシュレッダーに一枚ずつ掛けていく。

「記憶屋」を始めた当初はどんな依頼内容にも一生懸命だった気がする。最後は何の未練もなく笑って成仏してほしい、そんな願いから「記憶」を扱うようになったけれど、今の自分をあの頃の自分が見たらきっとがっかりするだろう。

あの日、初めて人が消える瞬間を目にした時から、仕事に私情を持ち込まないようになった。

からん、からん、と扉につけたドアベルが軽い音を立て、思考の渦に飲まれそうだった頭を引き戻し、顔を上げると昨日の男が居た。お客さんだろうと思い笑顔で挨拶をしようとしたまま、固まった。何でいるの。彼とは最低限の面識しかないというのに、あの男の関係者と言うだけで嫌悪感があふれ出してくる。それと同時に自分の顔からだんだんと表情が抜け落ちていくのを感じた。

男はそんな私の様子など気に留めることもなく店内に足を踏み入れると、カウンターの前を素通りして店内を見回しながら歩いていく。その様子は私を「調律師」が呼んでいると伝えにきたあの日で最後だと思っていたけれど、男はやはり本を手に取る訳でもなく、ただぐるぐると本棚の間を歩き回っているだけだった。

そんな男に私も声を掛けるでもなく、出したままだった「記憶本」を手に取り、それらを元あった場所に戻していくと、静かな店内には私が脚立を組み立てる音と、男の靴音だけが響いていた。

カウンターに戻り、今日成仏していった3人の記憶本に今日までの記録をつけたしていく。
昔は分厚い本で処理されていた「記憶」も今では現世の科学技術の目まぐるしい発達に合わせて電子化が進みパソコンを用いた処理が主なものになっている。けれど、どんなに時が経ってもその人だけの「一冊」を作ることに意味がある気がして、本は本として置いたままになっていた。

『本日、「記憶屋」の方へ来店する。未練は、20年前に友人に渡し損ねた『思い出の品』を生前、渡せずにいたことだった。『思い出の品』は故人の自室のデスクの中に保管されている模様。故人の意向では友人のもとへ送り届けてほしいとのこと。要検討』

メールに今回の「探し人」の情報を書き込み役所宛てへと送信する。本来ならこの後の処理は役所を通した「調律師」がどうすべきか判断をつけるものの、あの男がそんな手間を掛けるはずがなかった。そんな人間味あふれる行動をしていればもう少し未練なく安らかに成仏する人間も増えるのだが、現実問題無理な事だろうとはわかっている。そんな事をしてしまったら、生者に私たちの存在を知らせることになる。それは禁忌のひとつであり、絶対にあってはならないことだ。

メールの送信画面を見つめながら顔を顰めていると、男の足音が鳴り止み、顔を上げるとカウンターの前に立っている男がじっとこちらを見つめていた。確か、調律師に呼ばれていた名前は、そう。ヤクシャマル。どんな漢字を書くか知らないけれど、この男が調律師のもとに居る限り関わることもないだろう。

「なにか?」

パソコンに視線を戻すと「検討する」概ねが書かれた返信が入っていて、やはり下の方にスクロールしていくとこの件の預かりは「調律師」になるらしい。思わず舌打ちを打つと、男がそんな私を一瞥してから目を逸らした。

「あの人のことが嫌いか?」

まさか会話を振られるとは思わず、返信を打っていた手が止まり、男の方を軽く睨むように見ると、男は私の方を見てはおらず、特に反応もなかったため気付いていないらしい。

「大嫌いよ」

「なんでだ?」

なんで?顔を上げると本当に分からないと言った風な男に思わず笑ってしまう。乾いた笑い声に男が顔を顰めるけれど、あの人を嫌いだと答えて「なんで?」なんて言うのあなたくらいよと言ってやりたい。あの男は平然と人を消す。どんなに頼み込んでも、冷徹なまでに突き放すことが出来る男だ。どんなに悪魔だと罵られた男とてあの男より情のない人間はいないだろう。仲間だろうが、友人だろうが、あの男にとっては全てが取るに足らない存在でしかない。この街の、嫌われ者。それがあの調律師だった。

「あなたもあの男に長く関わっていけばわかるんじゃないかしら。あの男がどんな人間かも」

敢えては教えない。
パソコンに向き直った私にこれ以上何を聞いても無駄だろうことがわかった男はそのまま店内を後にした。それに何も表示されていないパソコンから出入口のほうへと視線を移すとパソコンを閉じてカウンター横にある椅子に腰掛けた。


参ツ葉

「記憶屋」を営んでいる。
前世の記憶があり、「街」に残ることを決めた数少ない人間のひとり。
今の明るい雰囲気が素ではあるが、この頃は彼女なりに色々と悩みながら仕事をしていた。
天真爛漫のおちゃらけたキャラに見えるが、情に厚い。

調律師

死者と世界のバランスを見て時には冷たい宣告を出す仕事をしている男。
温和そうな見た目とは裏腹に切り捨てるものはきっぱり切り捨てる、「情のない人間」として人付き合いはよくない。参ツ葉とは「とある出来事」から対立している。

葯娑丸

調律師のもとで働いている男(猫)。
調律師と周りとの関係性についてまだ知らない。
記憶屋には度々訪れており、その目的は本人しか知らない。

目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。