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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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30話 「記憶屋②」



簡素な服をまとい、鏡の前に立つと普段のゆったりとした服装とは全く違うスーツ姿に違和感を覚える。空いた時間にと特に時間帯は指定されなかったけど、早く行って早く済ませたい。まだ朝日が昇り切らない頃ではあるが、「記憶屋」を休む訳にはいかないと催促すればこの時間でも構わないといった返答を得た。ワイシャツの襟を正し、鏡を見ると第一ボタンを締めるのが億劫でそのまま家を出ることにした。直前で付ければいいだろうこんなもの。出来れば会いたくもないが、仕事柄そうもいかない自分の境遇に嫌気が差した。

路地に入ると昨日の男が立っていて、こちらを一瞥すると顎を引いて、自身の後ろを指した。先を見ると、スーツ姿の男が数名立っていて、どうやらこの先は車で移動するらしかった。車内に入ると、後部座席と運転席は仕切りがある為後部座席の方から運転席を見ることは出来ず、左右にある窓にはマジックミラーのようなものが貼られているらしい。どうやら私の視界だけを上手い事債ぎりたいらしいそれらは、場所を特定させない為なのだろう。今もきっと道順を覚えさせないように適当に走り回っているに違いない。一般人を嫌うお偉いさんが考えそうなことだ。

散々連れ回された道中、車内にいるスーツの男達は喋るどころか瞬きひとつすることはなく、スーツの男たちの向こうにいる黒髪の男、昨日「記憶屋」にやってきた男は素知らぬ顔でどこかを眺めている。

すまし顔をしている男を観察してみると、どこか整った顔立ちも、今の私には腹立たしく見えた。いや整った顔立ちが、というよりも、あのすまし顔が腹立たしかったんだ。携帯も車に乗った時に取り上げられ、することもなく、男の横顔を観察し、意図を探るのも飽き、足を組みなおすと沈黙の続いている車内の空気を壊すことにする。

「今更何の用なの」

男に言っても無駄なことは分かっている。
きっとこの男はただ、「あの人」に遣わされてきたにすぎない。
男は私の方を一瞥すると「内容は聞いていない」とだけ答えた。

十数分だろうか、長い移動時間は突然終わりを告げ、男はスーツの男達に目配りすると、先々に降りてそのまま前を歩いて行ってしまう。慌てて続けて降りると、来たくもなかった建物が見えて、あからさまに顔を顰めると、出迎えた秘書らしき女はそんな私を気にもせずに「こちらです」と案内を始めた。

長い廊下を歩き進み突き当りを右に曲がると、その先には重厚感溢れる扉があった。その前には先に着いていたのか扉の前の廊下に立っていた男がいた。

「この先にいる」

男はそういうと、扉に手をかけ先に中へ入って行った。
それを目で追っていると後ろから秘書の女が「どうぞ先へ」と促してくる為、思い足をやっとのこと上げながら同じように扉を開け、中に入った。



扉を開けた先には、室内とは思えないくらいの広さの空間が広がっていた。
その場所には「白色」しか存在しておらず、どこまでも続いていく空間はまるで世界が白色に塗りつぶされたか、外界とは別の空間に飲まれてしまったような感覚になる。

「来たか」

秘書が隣に並んだのが分かり、この先はどうするか尋ねる為に口を開こうとした時だった。
脳に響くような低い声に思わず口を紡ぐと、向こうから2人の男がやってきた。
ひとりは先程の男、そしてもうひとりは私が会いたくなかった男。

ゆるりと笑った顔すら、胡散臭い、そんな男を睨みつけると、男は困ったように肩を竦ませたけれど腹の中では何とも思っていないだろう。

この男はこの世界の調律師。
調律師とはこの世界にやってきた「死者」と「世界」のバランスを調節するもののことを示し、男の采配で未練がいつまでもなくならない死者たちは輪廻の渦に飲まれていった。しかしそれですべてがリセットされるわけではない。そうして「現世」の未練を持ったまま輪廻に戻ってしまった魂は、生まれ変わった「来世」で「前世」の記憶が残ってしまう。「前世」でのことで「来世」でも苦しむことになるなんて、そんなこと良い筈がないじゃない。
でも、男は人を人とも思わない、未練が終わっていようがなかろうが関係のないこの男に何度怒りを覚えたか分からない。死者ひとりひとりに情を持ち接していてはこの街は未練を持った死者で溢れかえる、それはわかっている。男のようにどんな時でも冷静に切り捨てるそんな人物が居なければならないことも知っている。

壊れたビデオテープのように砂嵐混じりの「記憶」が脳裏をよぎる。
繰り返されるように見続けた「未練」を残したまま悲痛に消えていった人たちを見てきたのは男じゃない、私の方だ。それを男に言ったところで「そうか」と言われて終わるのだろうが。

それから私は、男の淡々と業務を伝える声を聞きながら、沸々と吹き上がる怒りを鎮めるように極めて冷静に話を聞いていた。今はあの時のことは関係ない、と自分に言い聞かせるように。

そんな男の後ろで、黒髪の男が私を見つめてから興味もなさそうに背を向けてこの場から去っていくのを視界の端におさめながらも、私はただ黙ったまま男の言葉を聞くと早々に踵を返して部屋を後にした。長居は無用。あの男と出来るだけ長く共に居ないように、あの男同様に冷め切ったこんな場所から早く逃れるように。そこから先の事は覚えていない。ただ車に揺られ、「記憶屋」へ帰ってきた私は先程まで感じた不快感を払しょくするように仕事にのめり込んだ。


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