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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第6話

 二人は笑みを絶やさず芝居がかったようすで、ピエロのヴァールをライオンのラッテの背に乗せた。新しい趣向かと観客は見守る。そして、ライオンはヴァールを背中に乗せ、カッツェとともに舞台裏に引き下がっていった。
「大変申し訳ございません」小男のアッフェが小さな体を一層縮めるようにして、頭を下げた。「竜は雨になると気性が激しくなり…………」
 ブーイングが巻き起こった。
 カヤは驚いた。紳士淑女しかいないはずなのにブーイングが上がったからだ。
 ローレンツ二世がふいに手をあげた。それほど大きな動作ではない。けれど、それを見た人間が黙り、隣の者を黙らせた。国王ローレンツ二世に視線が集まる。しばらくすると静寂が満ちた。
 ローレンツ二世は一つせき払いをすると語りだした。
「実に楽しい出し物であった」
 ローレンツ二世の言葉に賛成するように拍手が起こった。
「竜が雨の日に気性が激しくなるとはついぞ知らなかった。思えば、竜の性質についてはまだまだ未知数だな。……さて、危険をともなうのなら、今日のサーカスはこれまでで良いのではないかな?」
 ローレンツ二世の性格を表すような穏やかな言葉。ブーイングは起こらない。けれど、多くの者が不満そうな表情をしている。
「今夜のパーティーはこれまでで最も華やかになるであろう。なぜなら、それは私の娘――カヤを歓迎するためのパーティーだからだ!」
 もっとも華やかなパーティー! その言葉に、ほとんどの人が、サーカスよりも今晩のパーティーに心が傾いたようだ。
 カヤはローレンツ二世がどうして事態の収拾にすぐに乗り出したのか分かった。カヤのパーティーに影響しないように気を回してくれたのだ。それに気づいて嬉しさに涙ぐみそうになった。
「どうかね、諸君。待ちに待ったパーティーを、一足早く開くというのは……」

 六人もの侍女にかしずかれ、ほんの少し乱れただけの髪を整えられて、化粧を直されたカヤはひとつため息を吐いた。
 巨大な姿見に映る黒髪のセミロングに、手足の細い十三歳の少女は、表情いっぱいに困惑を表していた。
 侍女達は、軽い嫉妬と羨望のこもった目で、ときおりカヤを見ていたが、できるかぎり視線を合わせないようにして仕事を進めている。その作業は一人でも十分なのに侍女は六人もいる。黒い宝石のはまった小さな冠を持つ侍女にいたっては、それを頭に載せるためだけにそこに存在しているらしい。その冠は、今から始まるパーティーのために用意された物だ。
 カヤのお化粧直しが終わった。
 ずっとそばで控えていた侍女がカヤの頭上に冠を置く。金髪碧眼の侍女。その白い指先がわずかに震えている。
 カヤは侍女の顔をそっと盗み見た。
 どうも黒い髪の上に、王家の紋章の入った冠を載せるのに強い抵抗を感じているらしい。
 カヤはこんな冠などほしくなかった。たとえこの冠ひとつ売り払えば、王都に屋敷を構えられるのだとしても。ただ父に会いたかった。ただそれが王だったというだけのことだった。
 こんなことになるなら……、とカヤは弱気になる。王が鷹狩りに出掛けたときにでも忍び寄ればよかったとさえ思う。カヤなら、王の護衛を遠ざけ、王のすぐそばによることは不可能ではない。
 小さな冠がカヤの頭上におさまった。
 侍女たちは一礼して下がった。 
 カヤはもう一度鏡を見た。
 ローレンツ二世が、このパーティーのために用意してくれたドレスと冠だ。さすがに素晴らしい出来だった。
 表情はそれでも優れない。さきほどの侍女たちは豪華なドレスに嫉妬していた。けれど、ついこの間まで侍女たちよりもずっと質素に暮らしてきたのだ。喜びよりも戸惑いの方がずっと大きい。
 扉がノックされた。
「どうぞ」
 鏡を見つめたまま答えた。またごてごてした宝飾品かそれとも化粧でも追加されるのかと思って、珍しくつっけんどんな声になった。
 誰かが入ってきた。
 鏡に映る背後に立つ人物が、ローレンツ二世であると気づき、驚いて振り向く。
「気に入らなかったかね?」
 ローレンツ二世は言った。
「……いいえ、お父様」不意打ちと非礼を行ったため、カヤは赤くなった。「……その、ドレス、ありがとうございます。……それにこの冠もドレスも……えっと、……とても素敵ですわ」
 カヤはこういった物をどう褒めていいのかわからず、しどろもどろになった。
 ローレンツ二世は苦笑した。
「あまり気に入らないだろう。……あまりにもこの前までの暮らしと変化してしまったからな」
 カヤは黙り込んだ。
 ローレンツ二世はその様子を気遣うように見た。
 彼は、たしかに戦争を繰り返し、領土を広げ、そして歴史さえもエーヴィヒ王国にとって都合の良いように改竄したエーヴィヒ王国の王の一人だ。けれど、穏やかで、やさしい人柄だった。
 この五十年ほどはまずまず平和といってよい。かつての大戦争に比べれば、小競り合いと呼べる規模のものばかりだった。
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