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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第5話

 これにはさすがにそばにいた侍従達も度胆を抜かれたそうだ。
 アンネローゼの剣とヒルデの槍の腕前は、カヤは全く知らなかったが、相当有名らしい。
「私、槍は好きではないわ。気品がありませんもの。やはり武器も美しくなくては」
 アンネローゼにそう言われて、ヒルデは言い返した。珍しいことだ。
「お姉様はそうおっしゃるけど、槍も美しいですし、槍ほど合理的な武器はありませんわ。それに女だと剣は不利な気がするわ」
「そうかしら」
「そうよ」
「でも、私は男にだって負けたことはないわ」
 アンネローゼは毅然とした態度で言い放った。
 本当だろうか。アンネローゼが言ったことが事実だったとしても、それはあくまで、お姫さまを相手にした、王国の騎士の話ではないのか、とカヤは思った。手加減があったのではないか。それなら勝って当然。これほど気の強いアンネローゼに、圧勝でもしようものなら、どれほどの言いがかりをつけられるか分かったものではない。
 次に舞台に現れたのは、猛獣使いのカッツェと名乗る美女だった。ラッテと名づけたライオンを使って数々の曲芸を見せる。玉転がしから火の輪くぐりまでなんなくこなす。美女と野獣の組み合わせは、男性の興奮をそそるのか、どの出し物よりも盛り上がった。
「かわいいね、かわいいね、ライオンさん」
 シャルロットは王妃の手を引っ張って、しきりに話しかけていた。
 王妃は「そうね。ネコみたいで可愛いわね」と、にこやかに応じている。
 たしかにこの距離なら、とカヤは思った。あんな風に愛嬌たっぷりに言われるがままに動くライオンを見ていると可愛いと思えなくもない。それでも、草原で、林で、丘で、実際に野生のライオンやトラやクマに遭遇したことのあるカヤは、ただ単に可愛いと思えないのも事実だった。
 あのライオンは自分の境遇をどう思っているのだろうと埒もないことを考えてしまう。ステージ衣装を着せられたライオンは、芸を終えると舞台裏に帰って行った。その似合わない原色の服を着せられたライオンに、慣れないひらひらのドレスを着せられた自分を重ね合わせていた。
 その後も、カッツェの見事な指揮のもと、ゾウやクマ、トラといった、バルコニーから見下ろして見かけた動物たちが次々に現れては芸をして帰って行った。その他にも綱渡り、空中ブランコとさまざまな出し物が行われた。
 おそらく出し物のほとんどが終わったのだろう。しばらく間があった。
 突然、ピエロのヴァールが舞台中央に現れた。
 一瞬の静寂の後、一際大きな歓声が上がった。
 舞台をほとんどの観客が凝視している中、突如としてピエロが登場したのだ。
 カヤは目を見開いた。
 まったく見えなかった。どうやって現れたのかわからない。
 アンネローゼとヒルデは歓声を上げている。
「見事な手品だ」ローレンツ二世も絶賛した。
 カヤは背筋に冷たいものを覚えた。実力が計れない。
 ピエロもナイフ投げも猛獣使いも、その他の団員たちも、皆、染めたりカツラをかぶったりして、ピンクやブルーやイエローの髪をしている。だから地毛はどんな色なのか分からない。けど、少なくとも、カヤはこのピエロが自分の中に流れている半分の血と同じ血が流れていると直感していた。黒い瞳のピエロ。原色の派手な衣服と濃いメイクの中、その黒い瞳だけは、ピエロの本当の姿を物語っている。
「皆様、出し物は気に入って頂けましたでしょうか?」
 拍手で迎えられる。
 ピエロは大きく手を振り、愛想を振りまいた。
 そして、お辞儀をした。頭を下げたピエロの肩は震えている。
 やっぱり喜んでいるみたい……。カヤはそう思った。不審に思っている観客はいない様子だ。この名高いエーヴィヒ王国の王都で大成功を収めたのだから当然だ。そう、どの顔にも書いてある。紳士淑女は皆、この俺が、この私が、認めてあげたのだから、当然、感動にむせび泣きそうになっているのだろうと思っている。観衆の表情から、カヤにはそれが手に取るようにわかった。
 きっとローレンツ二世がいなければ、ここにいる人間たちの大多数はカヤの存在を無視するか下賤な者を見るような目で見ただろう。伝統とは、高貴とされる存在を生むが、同時に下賤とされる存在も生んでしまう。高貴だけとはいかない。伝統とはそういうものだ。
 ピエロが顔を上げた。
「最後の出し物は、皆様、お待ちかね、竜を使った出し物でございます」
「おおう!」
 という大歓声に、ピエロのヴァールの声が掻き消されてしまう。
 ピエロは微笑んだまま歓声が静まるのを待っている。
 ふいにパラパラという音がした。聞き慣れない音に、大勢の人が天井を見上げた。雨が降り出したのだ。
 ふいにピエロのヴァールの顔が一瞬歪んだ。一瞬だったので、気づいた者は少なかっただろう。
 カヤはピエロのヴァールが演技を忘れて棒立ちになっているように感じた。
 すると、舞台裏から、猛獣使いの美女カッツェとライオンのラッテ、そしてナイフ投げのアッフェが現れた。
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