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そとづら

ジャンル: その他 作者: 久宮
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第10話

「自分で言うのも何なんですけど、俺、この顔だしこの身長じゃないですか。だから、学生時代から、結構モテてたんです」
「…まぁ、そうだろうな」
林が合いの手を入れる。
「もう中学生のあたりから、なんとなく『ソッチ』系なんじゃないかって気づいてて。でも、中学生でゲイとか…自分が嫌で彼女作ったりして、必死に否定してたりして。そんな感じで女の子とは長く続くわけなくて…。で、高校くらいには諦めてて」
何も言わずに、林は佐々木の話を聞いている。
「で、大学も決まって、高校ももう少しで終わりって時に、どこから漏れたのか分からなかったんですけど、俺がゲイだって噂が広がっちゃって…」
佐々木は、ひきつったような笑顔で話を続ける。
「いやー、いつも勝手に俺も周りにいたような奴らに『気持ち悪い』だの『近くにいたらホモがうつる』だの、好き勝手言われて。…友達だと思ってた奴らも、なんとなく遠ざかって行ったりして」
林は布団の上から、仰向けに寝ている佐々木の胸のあたりをポンポンと叩いた。
「あーこれが現実かって。だから、大学生になってからは、フツーに女の子とも遊んで、フツーに彼女作って、フツーに合コンとかも行ったりして…。周りが思う『フツー』な事をしてきたんです」
そう言った後、佐々木は急に明るい声を出した。
「で、おもて面の『俺』が出来上がりました。そしたら、周りの奴らは勝手に俺のイメージを作り上げてるのが面白くなってきて、なんでも完璧にこなす『かっこいい佐々木』を求められてれば、それに応えてきたんですよ」
「それはそれは…」
林は、少し苦笑したような声で言う。
「さっき、おもて面って言ってたけど、それって疲れないのか」
「疲れるっていうか、もう10年近くやってきたことなんで」
佐々木は笑いながら答える。
「…誰かに自分の事を分かってほしいとか、誰かが分かってくれるんじゃないかとか…別に今更思わなくなったって感じですかね」
そう言った瞬間、胸のあたりをたたいていた林の手が、佐々木の頭に触れる。
「なんですか」
まるで子供の様に頭をなでられた佐々木は、目だけで林を見ながら言う。
「いやー、お前、俺より重症化してんじゃん。寂しいからそんな事言うなよ」
林は優しい目で佐々木を見ながら話す。
「確かに、俺らの性癖って、みんなが分かってくれるもんじゃないけど、そんなに自分を押さえつけなくてもいいんじゃねーの」
今度は、佐々木が黙って林の話を聞く。
「別に人格とか行動って、性癖に左右されるわけでもないし、普段生活してたる分には、それって人には分かんないんだし」
「そんな事は分かってるんですよ」
林の言葉を遮るように、佐々木が言う。
「そんな事、俺だって分かってるんです。…ただ……」
次の言葉を言おうか、佐々木の声が詰まる。
「…本当の自分を知られて、また誰かに言われるのが怖いんじゃないのか?」
佐々木が黙っていると、林が静かに話しかける。
「俺の勝手な意見だけど、ゲイだっていう事よりも、自分の事で何か言われるのが心配ってゆーか、嫌ってゆーか。俺にはそんな風に思えるよ」
「誰だって、人に何か言われるのは嫌だし、裏切られるのとかも怖いじゃないですか。…それに、それが素の自分だったら…もう俺自身に逃げ道なんかない」
静かに話す林とは対照的に、佐々木は図星を付かれ衝動的に大きな声が出てしまった。
「…すいません」
「いや。お前もそんな声が出せるんだな」
笑いながら林は話を続ける。
「俺は、バーニャカウダーを食べてるお前よりも、キュウリの一本漬け食ってるお前も好きだよ」
「…なんの話っすか」
いまいち意味が分からず、林の顔を見る。
「作った笑顔と話し方で気取りながら呑む酒よりも、自分の思うように楽しみながら気軽に呑む酒の方がうまいじゃん」
「俺、普通にバーニャカウダー好きっすよ」
「大事なのはそこじゃねーよ」
ピンとこない表情で言う佐々木に、林はつっこみを入れる。
「ハハハッ。嘘です。分かりますよ。…ってか、例えがジジ臭いですよ」
佐々木は笑いながら返す。
「素の俺でいいなら、本当は仕事も適当に済ませたいのが本音なんで、そっちの面倒もみてもらえますか」
佐々木は笑顔で林に言う。
「そっちは別な話。お前の仕事ぶりには感謝してんだから、仕事は今まで通りで頼むな」
「なんすか、それ」
都合がいいなと言いながら、また佐々木は笑い出した。
「あー、なんかスゲー笑った気がする。会って数ヶ月の人に、あっさりバレるとか…俺の演技力もまだまだだったんすね」
伸びをしながら佐々木は言う。
「そんなことねーよ。ただ、本当に昔の俺に似ている気がして、なんかほっとけなかったんだ」
少しの沈黙があった。
「ま、すぐに今の外面をかえることはできないだろうけど、少しでもお前が自分を否定しないでいいように、俺を使ってみないか」
「使う?」
「今のままじゃ、佐々木は佐々木を嫌っているように見えるんだよ。少しでも、お前が自分と向き合えるように、俺相手のときはおもて面じゃないお前も出してみろって事」
そんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。今まで付き合ってきた人にも「本当のあなたが知りたい」と言われたことがあるが、そもそもその付き合いこそが『嘘』の感情から始まったものだ。
そう考えると、この林の言葉に、今まで感じたことのない気持ちがせりあがってくるのが分かった。それを悟られないように、佐々木は小さく笑い始めた。
「あー、もうここまでバレてんだから、ついでに言っときますね」
仰向けの身体を林の方に向けて話す。
「俺、係長が来た時、いいなぁ…って思ってたんですよ。でも、ノーマルだと思ってたし、既婚だと思ってたんで何にもアクション起こさなかったんですけど…これからどんどんアピっていきますから。これから覚悟してくださいね」
林が驚いた顔をする。まさか告白のようなことをされるとは思ってもみなかったのだろう。
「そこまで開き直るとは…。ハハッ、じゃー頑張っておとしてみろよな」
林も佐々木の方を向きながら答えた。
今は部下として「かわいい」と思っているが、そのうち恋愛感情の「かわいい」と思う日が来るのかどうか、林にもまだ分からないが、今の佐々木の笑顔は純粋にかわいいと思えた。
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