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そとづら

ジャンル: その他 作者: 久宮
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第9話

佐々木は、身体がビクッとなりそうなのを、一瞬で我慢した。そして、何か答えた方がいいのは分かっていたが、言葉が出てこない。
そして、今までの自分の行動を考えてみた。特に、男性社員とばかり話しをしたり、行動していたわけでもない。ましたや、女性を毛嫌いした態度をとってきた覚えもない。
(なんで急にそんな事言うんだ…)
佐々木は必死に考えてみたが、思い当たる節が見つからない。
「いや、違うんなら、失礼なことを言った。すまない」
佐々木が黙っている間に、林が誤ってくる。
「そうだよな。茂森さんと付き合ってたこともあるんだし、そんな事言われたら困るよな」
少し笑ったような声が聞こえる。そして、また佐々木の背を向けたのが分かった。
「…そうだって言ったら、どうなるんですか」
佐々木は林に背を向けたまま、小さな声で言った。
(こんなこと言ってどうするんだろう…俺)
言葉を口にしながら、心の中でそう思っていた。
「…そうなのか」
林も背をむけたまま、一言だけ答える。
「だったら…」
お互い一言だけの会話が終わると、しばらくの間静かになった。
そして、それを破るように、佐々木が今度は林に質問する。
「もしかして、係長も男がすきなんですか」
そんな事あるわけがない。そんなに自分に都合のいいことが起こるはずがない。と思いながらも、つい口が開いていた。
「いや…」
林が言う。
(やっぱ、そうだよな…)
「じゃ、俺みたいのと一緒に布団にいるの気持ち悪いっすよね。俺、やっぱソファに…」
そう言いながら、布団から出ようとした時、林が話し始めた。
「男ってか、どっちもイケるんだわ」
「…は?」
林の告白に、少し間の抜けた声が出た。
「なんで、急にそんな事聞いてきたんですが」
上半身を起こしたままの状態で、佐々木は林に聞いてみる。
「なんで…ってか、正直ずっと気になってたんだよね」
(ずっとって)
佐々木は心の中で反復する。
「なんて言うのかな。昔の俺の行動に似てるってゆーか、必死に自分を作ってるってゆーか…」
言いながら、林は体を仰向けにした。
「なんすか、似てるって」
一方、佐々木は体の向きを変えずに言葉を返す。
「なんとなく自分を相手に合わせがちなところとか、必要以上に自分を演じてるところとか、相手を近寄らせないところとか…まぁ、うまく言えないんだけど、そんなとこかな」
林はつらつらと言う。
「係長は素っぽいですけど…」
佐々木が思っていることと返す。
「素っていうか、これに落ち着いたってとこかな。それに、今の俺に似てるってことじゃないし。俺にも若い時があったのよ」
「なんすか、おっさんみたいなこと言って」
「いや、現におっさんだろ。この年じゃ」
佐々木の返しに、林は笑って答える。
「係長が独りなのと、それって関係してるんですか」
この話の流れで、気になった事を聞いてしまえと思った佐々木は、自分から質問する。
「男だけじゃなくて、女も大丈夫なんすよね」
その質問に、林は少し考える。
「そーだね。関係してるっていえば関係してるよな、やっぱ」
一旦、そこで話を区切ると、自分の左手を上げる。
「まぁ、いろいろめんどくさいから、こんなことに指輪もしてるわけだし」
独り身なのに、左手の薬指の指輪。それがもとで、林が結婚しているのだと思っていた。
「女性と付き合って、『実はバイなんだ』って打ち明ければ、『何それ』『男同士とか気持ち悪い』って言われるし、男と付き合えば『バイとか無理』『結局女のトコに落ち着くんだろ』って言われるし…。もうめんどくさくてな」
「そんなの、バイだって言わなきゃいいだけの事じゃないんすか」
佐々木は、考えるより先に口に言葉が出ていた。
「まぁ、そうなんだろうけどなぁ」
林は笑いながら、そう話す。
(やっぱ、この人ちょっと残念なのか…)
佐々木は、少し失礼な事を思った。
「最初は、かっこいい自分を見せたくて、いろいろ演じたりしてるんだよ。それに、自分の性癖がどう思われるか、やっぱ心配じゃん。自分のイメージを壊したくなくて、結構頑張ってるんだけど、『この人なら分かってくれんじゃないかな』みたいなってあるじゃん。…でも、結局それもダメで…ってなってくると、『あぁ、全部めんどくせーな』ってなるわけよ」
「それは、なんとなく分かりますけど、それと指輪ってなんの関係が?」
「ああ、これね。これは、本当に虫よけ」
「は?」
さらっと言う林に、佐々木は思わず、身体を林の方に向けた。
「この年になって、結婚してないと周りのうるさいし、社会人的にも信用されにくいし、それに、男も女ももう声かけられるのもめんどくさいし…。で、これに落ちいたってわけ」
確かに、会社員として、ある程度の年齢になったら結婚しているかしていないかで、相手を判断してくるやつも少なくはない。そう考えると、たった指輪一つで、それが解決するのは、安いのかもしれない。
「…それも分かる気がします」
一拍置いた佐々木の返事に、林は佐々木の方を見る。
「俺、本当は男しかダメなんです」
話すつもりはなかったが、気が付いたら口から出ていた。
「え?お前茂森さんと付き合ってたんだろ。それに、他にも彼女いたって部署の奴らも言ってたし…」
「係長の指輪と同じです」
佐々木はそう言いながら、仰向けになって話し出す。
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