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そとづら

ジャンル: その他 作者: 久宮
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第7話

「林さん、また飲みましょうねー」
「おう」
「ちゃんと前見て歩けよ」
「大丈夫だって。じゃ、林さん、佐々木、お疲れさまでしたー」
駅に着くと、茂森は上機嫌に構内に入っていった。
「ったく、うるさいやつ」
茂森を見送りながら、佐々木はつぶやいた。
「そうか?うちに部署にはいない感じの子だったし、今日誘ってもらって楽しかったよ」
タクシープールに向かいながら、林はそう言った。
「そうっすか」
楽しかったと言ってもらえて、佐々木もよかったと思った。
「それに、うちの部署じゃみられないお前もみれたしな」
と、林は言いながら笑顔を見せる。
「なんすか、それ」
タクシープールに着くと、金曜日という事もありそこそこの列ができていた。そして、二人は列の最後尾に並ぶ。
「いや、お前って、社内とか会社の連中がいつと、なんかおとなしいっていうか、かっこつけてるっていうか。ちょっと完璧主義者っていうか、素を見せないようなところがあるじゃん」
その言葉に、おもわず林の方を見る。
(そんなこと初めて人に言われた…)
「おっ。合ってるって感じか」
林は佐々木の顔を覗き込みながら、また笑顔で言った。
「なんでそう思うんですか?」
会社での付き合いはあるものの、特別プライベートな話などはしたことはない。それに、会社での飲み会を除いては、今日が一緒に飲んだのも始めてだ。なぜそんな事を思ったのかが、率直に気になった。
「んー。なんだろうな。なんとなくそんな風に感じた」
中身のない答えが返ってきた。
「もしかして、適当ですか?」
「適当ってことはないんだけど、まぁそう感じただけってことで」
「はぁ…」
よく見ているのか、そうでもないのか、よく分からなくなったが、これ以上聞いても何も出てこなそうなので、ここで聞くことをやめた。
そんな会話をしているうちに、数台のタクシーがタクシー乗り場に戻ってきた。それは、ちょうど佐々木たちの番まで足りるかどうかという台数だった。前からタクシーに乗り込み始め、列進んでいく。すると、佐々木たちのところがちょうど最後になった。
「係長、お先にどうぞ」
佐々木は、林に先を譲ろうと声をかける。普通に考えても、上司を先に帰らせるのが一般的だ。
「いや、乗合で帰ればよくないか。次、どのくらいでタクシー戻ってくるか分からんし」
と、林が声をかける。
「いや、俺は大丈夫ですよ」
佐々木が遠慮の言葉を口にするが、
「いいから乗れって」
ともう一度言われた。後ろにまだ列があることや、運転手を待たせていることから、佐々木は林の隣に乗り込むことにした。
「先にお前が下りていいからな」
そう言われ、佐々木は素直に運転手に行き先を告げた。
「まじで、今日は楽しい酒だったなぁ」
と言いながら、目を閉じている林。きっと、赴任してから、仕事関係の人と飲むことはあっても、仕事じゃない話をしながら酒を飲む機会は減っていたのだろう。林の、その言葉を佐々木はうれしく思いながら、窓の外を見ていた。
しばらくすると、隣から静かな呼吸が聞こえてきた。佐々木が振り返ると、林が腕を組んだまま、寝息を立ていた。
(酒も入ってるし、眠くなっても仕方ないよな)
車内は静かで、空調も聞いていいて、疲れた体は眠気に勝てないこともある。自分が降りる前に起こせばいいと思い、そのままにしておいた。

あと1.2分で着くころに、運転手に降りる場所を伝える。そして、林を起こすことにした。
「係長、そろそろ俺降りるんで起きてください」
声をかけるが、起きる気配がない。仕方ないので、身体をゆすってみるが、「うーん」と寝ぼけた声しか返ってこない。
「…マジか」
佐々木は独り言ちる。
「お客さん、このあたりで大丈夫ですか?」
運転手に話しかけられ、窓の外をみると、もう自宅から近い場所に来ていた。
「はい」
運転手に返事をし、再び林を起こしにかかる。
「係長、起きてください。せめて、家がどこかくらいは教えてもらわないと」
今度は、はっきりした声で話しかけるが、唸る声のみで、目が明く気配がない。
「着きましたけど、お連れさんはどうしますか?」
佐々木は運転手に声をかけられ、どうするか悩む。林の家を知らないため、このままタクシーに乗せておくわけにはいかない。かといって、このまま林が起きるまで、タクシーの中にのせておくのは、金曜の稼ぎ時にはタクシーの運転手にとっては、迷惑以外の何物でもない。
「すいません。もう少し行ってもらっていいですか?」
佐々木は、林を自宅に連れて行く事を決め、大通りに停車してもらうのではなく、自宅マンションの目の前までタクシーをつけてもらう事にした。
タクシーがマンション前に着くと、支払いを済ませる。そして、林に声をかけ、車から引きずりおろす。
まだ寝ぼけてはいるが、肩を貸せば歩くことはできそうだとわかると、そのままエントランスを抜けエレベーターに乗る。いくら歩けるとはいっても、所詮は寝ぼけていて、ほとんど力が入っていない。自分より体躯のいい男を歩かせるのには、相当体力がいる。
(んで、俺がこんなことになってんだよ。ってか、重いんだよ)
心のなかで文句を言いながら、なんとか自宅前までたどり着き、カギを開ける。
(あー、玄関に投げ飛ばしたい)
そんなことを思いながらも、寝室まで運び、今度はベッドに投げつけた。
「あー重かった…」
ベッドに投げ入れられた林は、何か言っていたようだが、そのまままた寝息を立て始めた。
「もう、スーツとか脱がさなくていいよな」
スーツがシワになってしまうだろうが、もうそこまでしてやる力は残っていない。とりあえず、掛布団だけかけてやることだけをし、部屋を出た。
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