タオルが彼を離さない
びっくりしてしまうほど、いつも見なれていた表情とは真反対の笑顔をするんだなと少し見とれてしまった。手渡したタオルと濡れて張り付いた、シャツがやけにリアルに脳にこびりついていく。
「何も言わないんだ?それとも残念、オレに興味ない? 」
タオルを頭にのせて豪快に拭き取っていく。雑な動作とは裏腹ないつもみたいな柔らかな笑顔をチラリと見せたかと思ったら、また意地悪そうに笑ってみせた。
「なんだ。脈ありそうだと思ってたんだけどなぁ」
紙を乾かしているタオルで表情は見えない。だけど、耳を疑うようなあまりに小さくて聞き取りにくい声で、確かに「脈あり」って言ったような感じがした。混乱した頭で、何度も何度も壊れたラジオみたいに脈ありってワードが、脳内を洗脳しつくした。かろうじて生き残った思考回路が、必死に考えをまとめようとしている。焦ってばかりでまともな答えなんて考え付かなかった。それにしても、知ってたのだろうか、オレの気持ち。いや、まさかバレない自信はあったはずだけど。
「あ、秘密だったりした? もしかしてもっと親しくなってからとか?ゆっくり距離縮める気だった?焦らすの好きなの?オレもう待てないよ?」
彼のギャップと馴染みがないチャラついた軽薄な物言いに頭がついていかない。思考回路がずっと、空回りしていて美味く言葉にならなかった。さっきまで頭の上で時々彼の表情を隠していたタオルはいつの間にか、テーブルに置かれていた。
「純情系だったんだ。ごめんね。ビックリさせちゃったかな?」
オッサン捕まえて純情系ってなんだよ。オレの気持ちを無視したまま話が続いていて、彼ひとりが話をしている。いつもと全く違う二人の空気感にも落ち着かず戸惑いを隠せなかった。
「ま、だけど、オレ。マスター好きなんでこれからはグイグイいかせてもらいますね。お仕事モード以外のオレも好きになってね」
これで俺たち晴れて、俺たち両思いとなりました。
これで俺たちハッピーエンド、おしまいって、違う。
「こけた拍子に頭でも打ったのか?急にキャラが変わるととこっちは年だからさ、脳がついていかないんだよね。わりぃ」
「やっといつもの軽口だね。良かった。だけど、なかったことになんてさせないよ。これからはどんどんアプローチしてくつもりなんで、ヨロシク。」
なんとか絞り出して、うまくかわしたつもりだったけど、話の矛先はオレの方に向いたままのようだ。手に持ったタオルで、髪を乾かしたあといつの間にか止んでいた外にかけってでていったアイツの後ろ姿を遠く見えなくなるまで、ただ呆然と眺めていた。やけにリアルにタオルありがとうって言葉が耳の奥で深く鳴り響いていた。
馬鹿みたいに、爽やか好青年の彼に淡い恋心を抱いて悶々としていたこの1年前。なんの変化もなかったただのマスターと客の関係が急に変わるなんて想像もしていなかった。彼には大切な家族がいて、にこやかに子どもの話でもされるようになるのだとばかり思っていた。だから、不毛な恋ばかりするのをやめて自分だけを見てくれる相手を探さないとと、思っていたのだ。今の関係を続けながら諦めるのは難しいだろうとは思っていたけど、これはあまりに急展開すぎる。でも。だけど。
「まさかだよな」
ただ、好きになっただけなのに心のなかでこっそり左手の薬指にあなたの旦那は大丈夫、誠実だって話しかけていたのがバカバカしくなってしまう。
「本当なのだろうか」
自分の願望に近い本音を声に出したとたん、急に本当って言葉が嘘っぽく軽く響いてしまう。バカバカしい、何を期待しているんだろうか。
「俺だけを見ていて欲しい」
いっそ本音をさらすなら、叶わない願望をぶちまけたってかまわない。俺だって相思相愛みたいなそんな恋がしたい。だけど。たぶん。きっと。
バカバカしい思いばかりに溺れていたら、甘い夢から覚めてしまうような現実をまのあたりにしてしまうのじゃないだろうか。残念なことに、今までの恋愛が全く参考にならないのはわかりきっていた。ただ、気がつかないうちに足かせになってしまっていたのかもしれない。素直に幸せの中に飛び込めるほど、いい思いを味わったことなんかなくて。いつだってこんなもんだと、冷めたふりばかりしていた。もしかしたら、恋愛と呼べる経験はもしかしたらなくて欲望に忠実にただ、発散してただけだったかもしれない。苦笑いするしかないじゃないか。だって、初恋は実らないと相場はきまっているのだから。俺の勝手な願望が悪夢になってしまったのだと思いたかったのだけど、テーブルの上のタオルが、夢じゃなかったと言っている。そっと手にとって、今日の出来事を思い出しながら目を閉じた。確かに、彼はここにいた。夢じゃなかった。まだ、彼を好きなままでいたいと願った一縷の望みはくだけ散った。
だから、もう終わってしまったんだ。今日、好青年に片思いしてた俺は失恋した。もう、彼はどこにもいない。
つづく
「何も言わないんだ?それとも残念、オレに興味ない? 」
タオルを頭にのせて豪快に拭き取っていく。雑な動作とは裏腹ないつもみたいな柔らかな笑顔をチラリと見せたかと思ったら、また意地悪そうに笑ってみせた。
「なんだ。脈ありそうだと思ってたんだけどなぁ」
紙を乾かしているタオルで表情は見えない。だけど、耳を疑うようなあまりに小さくて聞き取りにくい声で、確かに「脈あり」って言ったような感じがした。混乱した頭で、何度も何度も壊れたラジオみたいに脈ありってワードが、脳内を洗脳しつくした。かろうじて生き残った思考回路が、必死に考えをまとめようとしている。焦ってばかりでまともな答えなんて考え付かなかった。それにしても、知ってたのだろうか、オレの気持ち。いや、まさかバレない自信はあったはずだけど。
「あ、秘密だったりした? もしかしてもっと親しくなってからとか?ゆっくり距離縮める気だった?焦らすの好きなの?オレもう待てないよ?」
彼のギャップと馴染みがないチャラついた軽薄な物言いに頭がついていかない。思考回路がずっと、空回りしていて美味く言葉にならなかった。さっきまで頭の上で時々彼の表情を隠していたタオルはいつの間にか、テーブルに置かれていた。
「純情系だったんだ。ごめんね。ビックリさせちゃったかな?」
オッサン捕まえて純情系ってなんだよ。オレの気持ちを無視したまま話が続いていて、彼ひとりが話をしている。いつもと全く違う二人の空気感にも落ち着かず戸惑いを隠せなかった。
「ま、だけど、オレ。マスター好きなんでこれからはグイグイいかせてもらいますね。お仕事モード以外のオレも好きになってね」
これで俺たち晴れて、俺たち両思いとなりました。
これで俺たちハッピーエンド、おしまいって、違う。
「こけた拍子に頭でも打ったのか?急にキャラが変わるととこっちは年だからさ、脳がついていかないんだよね。わりぃ」
「やっといつもの軽口だね。良かった。だけど、なかったことになんてさせないよ。これからはどんどんアプローチしてくつもりなんで、ヨロシク。」
なんとか絞り出して、うまくかわしたつもりだったけど、話の矛先はオレの方に向いたままのようだ。手に持ったタオルで、髪を乾かしたあといつの間にか止んでいた外にかけってでていったアイツの後ろ姿を遠く見えなくなるまで、ただ呆然と眺めていた。やけにリアルにタオルありがとうって言葉が耳の奥で深く鳴り響いていた。
馬鹿みたいに、爽やか好青年の彼に淡い恋心を抱いて悶々としていたこの1年前。なんの変化もなかったただのマスターと客の関係が急に変わるなんて想像もしていなかった。彼には大切な家族がいて、にこやかに子どもの話でもされるようになるのだとばかり思っていた。だから、不毛な恋ばかりするのをやめて自分だけを見てくれる相手を探さないとと、思っていたのだ。今の関係を続けながら諦めるのは難しいだろうとは思っていたけど、これはあまりに急展開すぎる。でも。だけど。
「まさかだよな」
ただ、好きになっただけなのに心のなかでこっそり左手の薬指にあなたの旦那は大丈夫、誠実だって話しかけていたのがバカバカしくなってしまう。
「本当なのだろうか」
自分の願望に近い本音を声に出したとたん、急に本当って言葉が嘘っぽく軽く響いてしまう。バカバカしい、何を期待しているんだろうか。
「俺だけを見ていて欲しい」
いっそ本音をさらすなら、叶わない願望をぶちまけたってかまわない。俺だって相思相愛みたいなそんな恋がしたい。だけど。たぶん。きっと。
バカバカしい思いばかりに溺れていたら、甘い夢から覚めてしまうような現実をまのあたりにしてしまうのじゃないだろうか。残念なことに、今までの恋愛が全く参考にならないのはわかりきっていた。ただ、気がつかないうちに足かせになってしまっていたのかもしれない。素直に幸せの中に飛び込めるほど、いい思いを味わったことなんかなくて。いつだってこんなもんだと、冷めたふりばかりしていた。もしかしたら、恋愛と呼べる経験はもしかしたらなくて欲望に忠実にただ、発散してただけだったかもしれない。苦笑いするしかないじゃないか。だって、初恋は実らないと相場はきまっているのだから。俺の勝手な願望が悪夢になってしまったのだと思いたかったのだけど、テーブルの上のタオルが、夢じゃなかったと言っている。そっと手にとって、今日の出来事を思い出しながら目を閉じた。確かに、彼はここにいた。夢じゃなかった。まだ、彼を好きなままでいたいと願った一縷の望みはくだけ散った。
だから、もう終わってしまったんだ。今日、好青年に片思いしてた俺は失恋した。もう、彼はどこにもいない。
つづく
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