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彼が恋する理由

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 中野安樹
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【番外編】星屑のデザート

長年、片意地を張ってきた身としては、素直になるっていうのは難しい。なによりアイツの優しさに漬け込んで、不器用なまでに、突っかかってしまう。頑なに意地をはってしまって、イイ年したおっさんがなにやってんだろうってぐらい恥ずかしくて、いたたまれない。

「こんなとき、なんかこう」

自分の気持ちを、うまく気持ちを伝えられたら、イイのに。それに、せっかく気持ちを伝えるならやっぱりこう、サプライズ的なことをしてみたい。ガキ臭いかもしれないけど、アイツの喜ぶ顔がみたいのかもしれなくて。浮かれまくった脳内がやけにキラキラしたこっぱずかしい、花畑になっているのが痛い。

「サプライズ、かぁ」

声に出してみても、違和感は感じられないとすると、悪くないかもしれない。それでもいくら、サプライズとはいえ外に出掛けるとか、人目のあることは気が引けてしまう。ふたりきりの室内でできることなら、すなおになれるのではないだろうか。ここは、素直になるためにもなんとか、自分でもできることはないかと、喫茶店の天井を見上げ、思案を巡らす。

「誕生日や記念日でもないしなぁ」

創造力が貧困なのか、長い間恋愛から遠ざかっていたためか、サプライズといわれると思い付くのはケーキくらいしかおもいつかない。それこそ、ケーキなんてプロの技を発揮するチャンスだろうが、なにかが違う。飯は、いつもつくってるしなぁと、思うけど何かたりない。どれもこれも、パッとしないものばかりでなかなか、思考がまとまらずイライラしてばかりだ。


そうこうしているうちに小さく、カランっと入り口のベルがなった気もしたが、カウンター席でダラダラ、していて気がつかなかった。目の前に人影がニュッと現れて、心臓が飛び上がりそうになる。驚いた瞬間、だらしなくすがっていたため、態勢くずしてしまい、椅子から転げ落ちそうになった。すんでのところで抱き止められ、自分の情けなさと認めたくはないけど、トキメキで頬が熱くなる。ヤバい、耳まで赤くなったかも。波多野のヒヤリとした冷たい指先が赤く火照った首筋から、耳の付け根まで撫でる。触れたそばから、肌がざわめくようにゾクリとして、反射的にその手を払いのけてしまった。

「大丈夫ですか?赤いですよココ」

わかってても素知らぬ顔で、指先が触れるか触れないかの位置でからかってくる。本当にコイツを好青年だと片想いしていた自分に性悪だと教えてやりたい。

……けど、いじめられるのも好きなくせに。

反発したところで、そう波多野に言われるのは目に見えている。

「無事で良かった」

近づいてきた唇は、俺の耳元で優しくあなたが目の前で痛い思いするのはいやですから、ねと、ささやいた。助けてもらったお礼をいうつもりが、気恥ずかしくて何も言えずに波多野を避けるように下を向いてやり過ごそうとしたら、ぎゅっと強く手を握ってきた。

「なっ」

反射的に顔をあげると、やけにとろける切なそうな……。優しい、その顔に反射的に心臓が激しく自己主張し始める。なんだか急にいたたまれなくなり捕まるものかと、あがけばあがくほど声にはならず、金魚みたいにバクバクと口が動くだけだった。

「なにしてんですか、金魚みたいに」

嬉しそうにクスクス笑いながら、いたずらっ子の笑みを浮かべ耳元まで、寄ってきた。息を吹き掛けたかと思ったら、すくっちゃいますよとささやかれる。波多野のかすれた声に反応してしまった自分がもう、どうしようもなく恥ずかしくなり、全身が燃えるように赤く染まったのを自覚した。


おもだるい、熱に浮かされるような時間は思ったよりあっという間にすぎてしまっていた。クリアになった頭の中で、さっきまで悩んでいたサプライズがくっきり浮かびあがっていた。あのとき、波多野に抱き止められた瞬間の安心感やなんとも言えない感覚が、今なら表現できるかもしれない。


明日、さ。誘ったら来てくれるかな?思考回路は乙女のまま、波多野がどんな反応を示すか想像しただけでドキドキしている。かたちのみえないザワザワした不安だけが、心をよぎるものの、なぜか波多野に対する絶対の自信があった。たぶん、アイツは即答することはあっても、断ることはないだろう。

「いつもの、仕返ししてやる」

いつも、人をからかってばかりいるアイツの驚く顔がみられるかもしれない。波多野が少しでも、慌ててくれれば溜飲が下がるってもんだ。からかわれ過ぎてすでにもう、波多野をよろこばせるという目的を見失っている感もある。アイツを驚かせるためにコッソリ準備して、いきなり呼び出してやろう。もう、ワクワクが止まらない。はやく、アイツの顔がみたい。あ、いや、アイツの驚く顔がみてみたい。


こんなにただ計画するだけで、ワクワクするのは、すごく久しぶりな気がした。きっと、いつまでも心に残る大切な思い出のひとつになるに違いない。そう考えたら、楽しみすぎて明日が待ち遠しくなる。

さぁ、明日は忙しくなりそうだ。

【番外編】つづく
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