よんじゅっこめ
「アリーさん」
仕事がやっとひと段落ついた夜。
後ろを随分と気にしながらやってきたマットにSは首を傾げながら同じようにマットの後ろを覗き込んだ。
そこにいるのは先程偵察から帰ってきたばかりのメロ。普段から機嫌がいいとは言えない、むしろ不機嫌でいることの多い彼だが、今日は別段と不機嫌に拍車がかかっていた。普段なら気にも留めない筈の細かなことにまで苛立ちをあらわにし、鋭い瞳孔で睨みをきかせてくるものだからマットも困っているようだった。
「さっきからメロの機嫌がすごく悪いんだけど。」
「そのようですね。捜査中に何か喧嘩でもしましたか?」
彼は玄関から入ってきた時からすでに不機嫌そうだった。
後ろから来るマットが何を話し掛けてもドスの利いた声で「ああ」としか答えず、そして視線は捜査本部内をきょろきょろと行ったり来たりを繰り返してから更に不機嫌さが増していた。それ故の質問だ。
潜入捜査に出掛ける前はいつもの調子だった彼が帰ってきてからこの様子。ならば出掛けている間に何かがあったのだろうと。
「捜査が終わって帰るまでは別に不機嫌じゃなかったんだけどな…帰ってきた途端何かがないとか呟いてから、もうあんな感じだったんだよ」
「何かがない、ですか。彼のチョコレートは」
「あそこに山積みにしといた。俺もチョコレートがないから不機嫌だと思ったから。けどチョコレートにも見向きもしないしずっとあそこに座って壁の方睨みつけてんだぜ!?」
「メロが、チョコレートに見向きも…重症ですね」
「わっと!?びっくりした、いきなり隣に立つなよニア」
急に現れたニアにマットは大袈裟なくらいに飛び退いたが、彼の後ろからニアがやってくるのが視界の端に映っていたSは冷静に「チョコレート以外で彼があそこまで感情的になるものなんてあったでしょうか」とあごの下に手を置く。それに対してマットから「気付いていたなら教えてよアリーさん!?」なんて抗議が着たがそこの返答は割愛された。
「ああ、そう言えば」
ワイミーズハウス出身者の個人情報は固く守られている。
しかし、同じハウス出身者であれば毎年その月の誕生日の子をお祝いするパーティーに参加していれば、知る機会はあった。
「12月13日でしたね。うっかりしていました」
日めくりカレンダーの方を見ると、今日は12月15日と記されていた。
ここ1週間はメロもマットと共に潜入捜査に向かっていて祝うことも出来なかったが、今日は捜査解決し全員捜査本部に集まった日だった。
日にちを言えば思い出した表情の2人は、メロの誕生日を忘れていたというより捜査に追われていて日付を忘れていたのかもしれない。3人の視線はそのままメロの方を向き、そしてお互いに顔を見合わせると頷き合った。
「Lに頼んで、メロに簡単な任務を伝えてくれるように言って来ました」
「メロの誕生日を忘れてしまうなんて案外薄情なんですね。皆さん」
ニアの後ろからきたLは「ちょうどワタリから来たものを渡しておきました」と数枚の書類を親指と人差し指ではさみ、ひらひらと振って見せた。
「あなたは覚えていて敢えてスルーしたということですか?」
「遅れてしまったのは仕方ありません。協力して彼の誕生日パーティーを盛り上げていきましょう」
Sが目を細めじとりとした視線を向けると、ニアの隣にいたマットがさっとニアに耳打ちするように「聞きまして奥さん!?あそこにいる人、部下の誕生日を敢えて無視したんですって!やーねぇ!」と言ったが、ニアからは至極迷惑そうな顔をされて大人しく近くにあった椅子に体操座りをした。
「ケーキはチョコレートケーキにしましょう。今ワタリに手配してもらっています」
「決行日は今日の夜。L,メロに渡した任務は最短でどのくらいで終わりますか?」
「彼の技量なら18時には終わるでしょう。その後の移動時間を考慮しても18時半にはここに来るかと」
「ならばその間に誕生日プレゼント、飾り付けを手分けして用意しましょう。誕生日プレゼントは私とマット君、Lとニアは器用なので飾り付けをお願いします」
ニアは手元にあったおりがみを片手に床に座り、マットとSは玄関に向かった。
そんな中ひとりそこに立ったままだったLは「待ってください」と言うと玄関に向かっていたマット、Sの方に向き直る。
「S、何か忘れていませんか」
「なにか、ですか?」
真面目な顔をして問い掛けてくるLに、マットと顔を見合わせるがマットも首をかしげるだけ。
色々と用意しようとすれば確かに足りないかもしれないが如何せん今日の18時半までにすべてを終わらせる為には時間が足りない。
今から飾りとプレゼントを選びに行って、更にハウスメンバーだけが集まる日に合わせるのであれば捜査がひと段落ついた今日くらいしかない。
「パーティーに必要なスナック菓子が足りません。追加で買ってきてください」
「メロ君は、スナック菓子は食べませんが。」
「私用です」
「行きましょうマット君。」
「スナック菓子も追加するの?!チョコレート専門店から別の店に回る時間なんて」
「スナック菓子は買いません。行きましょう」
バタン、と閉まった扉にLは「短気ですね」と呟くと手元にあった携帯でワタリに電話を掛けた。
「…ただいま」
どんなに不機嫌であっても、嫌なことがあっても挨拶はきちんとしなさい。
昔ハウスで働いていたシスターに耳に胼胝ができるくらいに言われ続けていた習慣はハウスを卒業した今でも身に染みついていた。
メロがエレベーターを降り本部に足を踏み入れるとざわついていた室内は静かになり、それに舌打ちをこぼしながらさっさとLに報告書を叩きつけて帰ろうとした。
扉を開けるといつも誰かしらがいる室内は薄暗く、話し声がしたのが嘘のようにシーンと静まり返っている。何だ誰もいないのかと奥のデスクに書類を置いて携帯を取り出そうとした時だった。
「Happy birthday!メロ!」
パーティー帽子をかぶりクラッカーをパーンと鳴らしながらソファの陰からマットが出てきたのは。
再びシーンとした空気が流れ「あれ?あれ?」とマットが首をかしげる中、ひょこりと違うソファの陰から姿を現したLがそんなマットに向けて「マット君しっかりしてください。君のおかげで私たちまで盛大にすべったみたいじゃないですか」とじと目を向けてくる。
「せーのって言ったら全員で立ち上がるって話だっただろ!?なんで俺しか立たないの!」
「せー``の``で立ち上がると言ったのに、まだ``の``を言い切る前に立ち上がるからです。フライングしたのは君ですよ」
「細か!細かすぎる!」
どうやら先程メロの耳に届いていた話し声はどのタイミングで姿を現すのかの相談の声だったらしい。
既に姿を出しているマット、Lとは違い未だにソファの陰に隠れたままのニア、Sはこんな時でもケンカをし始める2人に「やれやれ」と言いたげな視線を送った。
「すみませんでした、メロ君。君の誕生日に少し遅れてしまいましたが、今日が誕生日ということにしていただけませんか?」
「忘れていたんじゃなかったのかよ…」
「忘れるわけないじゃないですか…と言いたいところですが、君に嘘は通じませんね。実のところ日付感覚がなくなっていたというのが言い訳です。寂しい思いをさせてしまいましたね」
メロは俯きながら何も言わない。
それに4人は困ったように顔を見合わせていたが、ポツンと聞こえてきた一言に安堵の表情を浮かべた。
仕事がやっとひと段落ついた夜。
後ろを随分と気にしながらやってきたマットにSは首を傾げながら同じようにマットの後ろを覗き込んだ。
そこにいるのは先程偵察から帰ってきたばかりのメロ。普段から機嫌がいいとは言えない、むしろ不機嫌でいることの多い彼だが、今日は別段と不機嫌に拍車がかかっていた。普段なら気にも留めない筈の細かなことにまで苛立ちをあらわにし、鋭い瞳孔で睨みをきかせてくるものだからマットも困っているようだった。
「さっきからメロの機嫌がすごく悪いんだけど。」
「そのようですね。捜査中に何か喧嘩でもしましたか?」
彼は玄関から入ってきた時からすでに不機嫌そうだった。
後ろから来るマットが何を話し掛けてもドスの利いた声で「ああ」としか答えず、そして視線は捜査本部内をきょろきょろと行ったり来たりを繰り返してから更に不機嫌さが増していた。それ故の質問だ。
潜入捜査に出掛ける前はいつもの調子だった彼が帰ってきてからこの様子。ならば出掛けている間に何かがあったのだろうと。
「捜査が終わって帰るまでは別に不機嫌じゃなかったんだけどな…帰ってきた途端何かがないとか呟いてから、もうあんな感じだったんだよ」
「何かがない、ですか。彼のチョコレートは」
「あそこに山積みにしといた。俺もチョコレートがないから不機嫌だと思ったから。けどチョコレートにも見向きもしないしずっとあそこに座って壁の方睨みつけてんだぜ!?」
「メロが、チョコレートに見向きも…重症ですね」
「わっと!?びっくりした、いきなり隣に立つなよニア」
急に現れたニアにマットは大袈裟なくらいに飛び退いたが、彼の後ろからニアがやってくるのが視界の端に映っていたSは冷静に「チョコレート以外で彼があそこまで感情的になるものなんてあったでしょうか」とあごの下に手を置く。それに対してマットから「気付いていたなら教えてよアリーさん!?」なんて抗議が着たがそこの返答は割愛された。
「ああ、そう言えば」
ワイミーズハウス出身者の個人情報は固く守られている。
しかし、同じハウス出身者であれば毎年その月の誕生日の子をお祝いするパーティーに参加していれば、知る機会はあった。
「12月13日でしたね。うっかりしていました」
日めくりカレンダーの方を見ると、今日は12月15日と記されていた。
ここ1週間はメロもマットと共に潜入捜査に向かっていて祝うことも出来なかったが、今日は捜査解決し全員捜査本部に集まった日だった。
日にちを言えば思い出した表情の2人は、メロの誕生日を忘れていたというより捜査に追われていて日付を忘れていたのかもしれない。3人の視線はそのままメロの方を向き、そしてお互いに顔を見合わせると頷き合った。
「Lに頼んで、メロに簡単な任務を伝えてくれるように言って来ました」
「メロの誕生日を忘れてしまうなんて案外薄情なんですね。皆さん」
ニアの後ろからきたLは「ちょうどワタリから来たものを渡しておきました」と数枚の書類を親指と人差し指ではさみ、ひらひらと振って見せた。
「あなたは覚えていて敢えてスルーしたということですか?」
「遅れてしまったのは仕方ありません。協力して彼の誕生日パーティーを盛り上げていきましょう」
Sが目を細めじとりとした視線を向けると、ニアの隣にいたマットがさっとニアに耳打ちするように「聞きまして奥さん!?あそこにいる人、部下の誕生日を敢えて無視したんですって!やーねぇ!」と言ったが、ニアからは至極迷惑そうな顔をされて大人しく近くにあった椅子に体操座りをした。
「ケーキはチョコレートケーキにしましょう。今ワタリに手配してもらっています」
「決行日は今日の夜。L,メロに渡した任務は最短でどのくらいで終わりますか?」
「彼の技量なら18時には終わるでしょう。その後の移動時間を考慮しても18時半にはここに来るかと」
「ならばその間に誕生日プレゼント、飾り付けを手分けして用意しましょう。誕生日プレゼントは私とマット君、Lとニアは器用なので飾り付けをお願いします」
ニアは手元にあったおりがみを片手に床に座り、マットとSは玄関に向かった。
そんな中ひとりそこに立ったままだったLは「待ってください」と言うと玄関に向かっていたマット、Sの方に向き直る。
「S、何か忘れていませんか」
「なにか、ですか?」
真面目な顔をして問い掛けてくるLに、マットと顔を見合わせるがマットも首をかしげるだけ。
色々と用意しようとすれば確かに足りないかもしれないが如何せん今日の18時半までにすべてを終わらせる為には時間が足りない。
今から飾りとプレゼントを選びに行って、更にハウスメンバーだけが集まる日に合わせるのであれば捜査がひと段落ついた今日くらいしかない。
「パーティーに必要なスナック菓子が足りません。追加で買ってきてください」
「メロ君は、スナック菓子は食べませんが。」
「私用です」
「行きましょうマット君。」
「スナック菓子も追加するの?!チョコレート専門店から別の店に回る時間なんて」
「スナック菓子は買いません。行きましょう」
バタン、と閉まった扉にLは「短気ですね」と呟くと手元にあった携帯でワタリに電話を掛けた。
「…ただいま」
どんなに不機嫌であっても、嫌なことがあっても挨拶はきちんとしなさい。
昔ハウスで働いていたシスターに耳に胼胝ができるくらいに言われ続けていた習慣はハウスを卒業した今でも身に染みついていた。
メロがエレベーターを降り本部に足を踏み入れるとざわついていた室内は静かになり、それに舌打ちをこぼしながらさっさとLに報告書を叩きつけて帰ろうとした。
扉を開けるといつも誰かしらがいる室内は薄暗く、話し声がしたのが嘘のようにシーンと静まり返っている。何だ誰もいないのかと奥のデスクに書類を置いて携帯を取り出そうとした時だった。
「Happy birthday!メロ!」
パーティー帽子をかぶりクラッカーをパーンと鳴らしながらソファの陰からマットが出てきたのは。
再びシーンとした空気が流れ「あれ?あれ?」とマットが首をかしげる中、ひょこりと違うソファの陰から姿を現したLがそんなマットに向けて「マット君しっかりしてください。君のおかげで私たちまで盛大にすべったみたいじゃないですか」とじと目を向けてくる。
「せーのって言ったら全員で立ち上がるって話だっただろ!?なんで俺しか立たないの!」
「せー``の``で立ち上がると言ったのに、まだ``の``を言い切る前に立ち上がるからです。フライングしたのは君ですよ」
「細か!細かすぎる!」
どうやら先程メロの耳に届いていた話し声はどのタイミングで姿を現すのかの相談の声だったらしい。
既に姿を出しているマット、Lとは違い未だにソファの陰に隠れたままのニア、Sはこんな時でもケンカをし始める2人に「やれやれ」と言いたげな視線を送った。
「すみませんでした、メロ君。君の誕生日に少し遅れてしまいましたが、今日が誕生日ということにしていただけませんか?」
「忘れていたんじゃなかったのかよ…」
「忘れるわけないじゃないですか…と言いたいところですが、君に嘘は通じませんね。実のところ日付感覚がなくなっていたというのが言い訳です。寂しい思いをさせてしまいましたね」
メロは俯きながら何も言わない。
それに4人は困ったように顔を見合わせていたが、ポツンと聞こえてきた一言に安堵の表情を浮かべた。
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