ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

relieve

原作: その他 (原作:IDOLiSH7) 作者: cmcm
目次

relieve1

 大神万理が書き置きを残して姿を消したその日から、折笠千斗は夢を見るようになった。それは決まって悪夢で、たいていの場合、万理は夢の中で命を落とした。
 夢は、社交性のなかった千斗が、万理を捜すためにライブハウスのスタッフや貸しスタジオのオーナーを尋ねては不遜な態度を取って喧嘩になったときも、手を差し伸べてくれたひとたちに悪態をついて自ら助けをなくしたときも、千斗を心配した春原百瀬が何日にも渡って尋ねて来たときも変わることはなかった。
 その後、千斗が千として、百瀬が百となり、Re:valeの名でメジャーデビューをしてからもあたりまえのように続いたし、気がつけば千の日常となっていた。よくない夢を見続けることが自分の精神にどのような影響を及ぼすのかなどは考えなかった。だってそこには万理がいるのだ。意味のわからないメモだけを残していなくなってしまった存在がそこにいる。現実ではないが、会えるというそれだけでじゅうぶんだった。

 千は百に、夢の話をしたことはない。
 百はやさしいこだから、夢の中とははいえ万理が死ぬと聞いたら、こころを痛めるだろう。そしてきっと千を励ますような言葉をかけるに違いない。ユキさん、だいじょうぶですよ。バンさん、きっと元気でいます。見つかりますって。
 そのすれ違った感覚の説明を、千は上手くできる気がしなかった。変なふうに誤解をされるなら、言わないほうがいい。それでなくとも過去に、千が感情にまかせて書いた万理の殺人計画や遺書をめぐって一悶着あったのだから。
 のちに百も万理が死ぬ夢を見ていたと聞かされたときは驚いたが、それでも千は自分も見ているのだということは話さなかった。

「ユキ、起きて」
 百の声がする。
「ユキ」
 すこしざらざらした、独特な声。肩をゆすられて千の意識は浮上した。
「モモ……?」
「もうそろそろ袖で準備していてって、おかりんが」
「ああ、うん」
 返事をしたものの、頭が靄がかかっている。千はソファに横たえていた身体を起こすと、額を手のひらで押さえて何度かゆるく頭を振った。ねむいという気持ちと起きなくてはという気持ちが脳内でせめぎあっている。だが、傍目にそれは伝わらないのだろう、額を押さえた状態のまま動かなくなった千を百が覗き込んできた。
「ユキ、また寝ちゃったの?」
「……起きてる。ちょっと待って」
 睡眠から覚醒するまでの時間は戦いだ。千としては、起きなくてはという気持ちに勝ってほしいし、そうでなくては困る。だが、そこをないがしろにするように、がしりと百が千の腕をつかんだ。
「待っててあげたいんだけど、時間ないから行くよ。引っぱってくからついてきて」
 百はいささか強引に千を立たせ、半分寝たままの千を連れて歩いていく。慣れたもので、誰かとすれ違ったり障害物があるときには、千を支えながらうまくかわしていた。
 歩いているうちに千の目も醒めてくる。耳に入ってくる音がだんだんクリアになって、ステージ袖に着くころには自分がテレビ番組の歌謡祭に出るのだと思い出した。目に見える範囲で衣装が皺になっていないことを確認して、結っていない髪の毛を軽く両手で整える。
「……髪、乱れてない?」
「うん。イケメンしかいないよ!」
「ふふ、ありがと」
 百の言葉で気分が一気に上向く。千はステージ袖に用意されているケータリングから飲み物を取り、咽喉を潤した。
「そういえば、ユキが寝てる間にバンさんが挨拶に来てくれたんだよ、MEZZO"のこたちと一緒に。あとでまた顔見せてくれるって」
 ステージを眺めながら百が言う。
 いまスポットライトを浴びているのは、自分たちのひとつ前のグループだ。最近力をつけてきた五人組の女性アイドルが、全力でパフォーマンスをしている。
 彼女たちよりもいくつか前にMEZZO"の出番は終わっているはずだから、彼らがここにいないということは、一旦控室に戻ったのかもしれない。フィナーレ前にまた現れるだろう。
「Re:valeさん、お願いします」
 スタッフから声がかかる。見れば、女性アイドルたちが反対側の袖に手を振りながら歩いていくところだった。同時にRe:valeを紹介するアナウンスが入る。刹那、巻き起こる割れんばかりの歓声。求められているのだという実感。
「行こう」
 百へ声をかけると、千はステージへ一歩を踏み出した。

 Re:valeが売れていなかったころは、それこそまどろめば万理の夢を見た。時間があったし、それだけ会いたいという気持ちが強かったのかもしれない。
 けれど忙しくなるにつれ、当たり前のようにすこしずつ頻度は下がる。万理のいた場所にほかのものが入り込んで、千の中を埋めていく。万理のいる場所が小さくなっていく。だが縮みはしたが、それでも、それはいつだって千のこころの中心にあった。
 この夢をいつまで見ていられるのだろう。千はいつのころからか、そんなことを考えるようになった。一年間。二年間。そして五年目。
 再会できたら見なくなるのかもしれないとも思っていたのに、その予感は当たらなかった。想像以上に近くにいた万理と連絡先を交換して、ときどき顔をあわせるようになったというのに、千は思い出したように夢を見たし、夢の中に現れる万理は命を落とし続けた。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。