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鶴丸国永の恋文日記

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: 杉田
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 うちの審神者に、最近届いた文がある。
 封はまっ白で、包み方も素っ気ない。情緒がない、というべきか。それでも何か、ピンと来るものがあったのは、宛名も、差出人の名も無い奇妙さだったからだ。
 俺は近侍を務めて長く、主とも仲が良い、と自負している。身の上話の様な個人的な会話は少ないが、それは互いに見栄を張っている所為だろう。相手にとって、頼もしい存在で居たいから――出来るだけ湿っぽいや感傷、弱味は見せたくない、という訳だ。
 しかしその、心地良い距離感、と図に乗っていた俺の認識に、とうとう罅が入る日がやってきた。
近侍たる俺は、本丸を訪う鳩たちから郵便物を受け取るのも、仕事のひとつだ。要不要の是非を見極め、仕分けをし、差出人も、見るとも無しに確かめている。
だから、すぐに気付いた。
「これは、戦績じゃあないな。主」 
 政府関係書類は一目で分るし、最近は電信が多い。かといって私信にしては、愛想が無さ過ぎる見た目の文だった。俺はこれでも、雅なる平安の御代の生まれな訳で、多くの男女が、色鮮やかな薄様に季節の草花を添えて、人情を通わせる様を見て来た。
 つまりは、
「変な手紙だな」
 私信の手紙ってのは、自ずから、匂やかな情緒が漂うものなのだ。
「宛書も無いが、差出人の名も無いんだ。だれかの悪戯か?」
 俺が首を捻っていると、審神者が、忍びやかに笑った。
「なんだ? 君、心当たりがあるのか?」
「……有ります」
「へえ?」
 俺はつい、疑わしげな声を出した。
「本当か? すごく怪しいんだが」
 大丈夫、と頷くので、俺は不承不承に文を渡した。主に届く不審物は、当然、近侍たる俺がしかるべく処分すべきだが、心当たりがあるなら勝手は出来ない。
 ふと、頬を撫でる様な風が吹き込んだ。
「花が……」
 折しも春爛漫だ。審神者の権限で、本丸の四季はさまざまに変えられるが、今は春。庭の桜が満開で、毎日、美しい紅色の霞を引く様だ。
 桜の花弁は、審神者の居間の、縁先にまで吹き込んでくる。その一つを拾い上げ、俺は何気なく審神者を見た。彼女は、手渡された文を、机の上に戻していた。俺は疑問を覚えた。
何故今、披かないのかと訊きかけて、俄かに閃くものがあった。
「なあ、君」
 審神者が無心に顔を上げる。まだ二十歳。ほんの小娘だ。
 まさかとは思いつつ、あえて冗談めかして、問いかけた。
「それは、恋文か?」
「違いますよ」 
 主は吃驚した様に、言下に否定した。しかしすぐ、表情が変った。気まずそうな、気恥ずかしそうな……。
そして、視線を逸らした。
 その初々しい素振り。
 か細い肩先から、困惑する気色が滲み出て、俺も呆気に取られた。おいおい、何の冗談だ? と茶化したい位だがそんな雰囲気ではない。シリアスだ。
 しかし信じ難い。本当だろうか? 主が、俺に、隠し事を持っていたという事。しかも、今後も俺に明かす意思はないと、態度で表明した事。
 勿論、審神者は、己の色恋沙汰を、近侍に報告する義務なんてない。
 俺は、場を繕うことも思いつかずに、追われる様に立ち上った。ここで今、血相変えて追及したところで始まらないだろう、と頭の隅でちらりと計算が働く。
俺は渾身の努力で平静を装いつつ、春の麗らかな陽射しを浴びつつ、ううん、と伸びをした。
「さて、俺はちょっくら、道場の方でも見て来るかな。今日から新しい編成で手合せしてる筈だ。上手くいってるか、様子を見て来るぜ」
 審神者は頷いた。そして、
……鶴丸。
 もう、暢気そうないつもの笑顔で、俺の名を呼んだ。よろしく頼みます、と。
 審神者の部屋を出た途端、俺はバタバタと忙しなく、廊下をのし歩いた。いくら驚きが趣味で、生甲斐の俺でも、これは深刻にならずにいられない。俺一個人の思惑もさることながら、審神者の恋愛は本丸の今後をも左右する、一大事なのだ。
 しかも、ことの重大さは、
「――主も、満更でもないって感じだったじゃないか!」
「おっと……鶴丸の旦那」
「あっ、すまんすまん」
 夢中で歩いていた所為で、ばったり、薬研藤四郎とぶつかってしまった。眼鏡越しの怜悧な眸が、じっと俺を見つめた。
「どうかしたのか? 随分慌ててるみたいだが」
「いや……」
 俺は髪をわしゃわしゃ掻き回しつつ、考えた。とりあえずこの件、誰かに相談しなければ、とは思うものの、人選は気を遣うべきだ。主への傾倒が只事でない、長谷部や巴形なんかは論外だし、滝行や戦や兄貴ばかりに興味が集中している連中も、張り合いがない。
 その点、この薬研なんかは、お誂え向きかもしれない。
 短刀なので見た目は幼いが、藤四郎吉光の作だから、年頃は本丸の中でも中堅だ。戦場では勇猛だが、日常は大人びた物腰で落ち着いている。情誼に厚く、口も堅く、医家の心得がある分、他人への気配りにも長けている。
「……」
 相談相手にはまさに打ってつけ、適任じゃないか、と思いつつも、俺は何故か口籠った。俺自身の心の整理が、まだ出来ていない所為だろうか。
 俺の逡巡する様子を見てとったのか、何事もそつなく、頼もしい薬研は、彼の方から態度を決めてくれた。
「ま、旦那が何に思い煩ってるかは知らんが、俺っちで良ければ、いつでも声を掛けてくれ。あんたの為なら、いくらでも時間は作るぜ」
「おいおい、自惚れさせるなよ」
 俺は苦笑した拍子に気が抜けて、やっと我に返った。 
「そのうち、寄らせて貰うぜ。君は頼りになるからな」
「ああ、歓迎するぜ」
 梢の彼方から、のどやかな鳥の鳴き声が聞えた。春に相応しい、可憐な囀りだ。
 雅な事は解らん、が口癖の薬研だが、珍しく気を惹かれたらしく、独り言の様につぶやいた。
「春は、始まりの季節だ。命が芽吹き、万物が蠢動を始める。……旦那も気を付けるんだな」
「俺が? 何に」
「春の病に、かな」
 なんだか図星を突かれた様で、どきりとした。もっとも、病人は俺じゃなく、主な訳だが。
 俺は少々、白々しくもなかったが、
「何だそりゃ。花粉症か?」
「ハハ、お惚けが上手いな」
 薬研は肩をそびやかして、バシッと俺の背をどやしつけたかと思うと、スタスタと廊下を去って行った。
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