隠れ里の狩人
番(つがい)の飛竜が里の周辺に巣を作った。
大陸の東の何処か。
大都市ドンドルマから大きく離れ、ハンターズ・ギルドが管轄しない辺境に存在する集落はかつて勇名を馳せた狩人(ハンター)であった里長(さとおさ)が近辺を縄張りとしていたモンスター達を悉く退け、その生息域を奪うことで拓かれた。
村とも呼べぬ規模の、せいぜいが隠れ里を自称する程度の集落である。
当然、縄張りを奪い返さんとするモンスターの襲撃や他所から流れてきた個体による里の領域への侵入などそれなりの頻度で起こる。
そのたびに里長は武器を取り、そして脅威を退けてきた。
故に其処に住む者達も荒事には慣れていて、新たな脅威の出現にも楽観はせずとも自らの生活が脅かされることはないと考えていた。
なぜなら我等には里長がいる。
若かりし頃には単独で古龍ですら屠った彼の英雄ならば、珍しくもない飛竜種など物の数ではあるまい。
確かに空の王者と陸の王女の組み合わせは非常に危険で、下手な腕と経験しか持たないようなビギナーならば半刻と持たずに火達磨になるか毒の海に沈むことになるだろう。
しかしある程度の経験と知識を得て、装備を整え、自信と実績を積み上げてきた中堅どころの狩人ならば、よほど油断しない限りは危なげなく狩れる程度の相手である。ましてや里長ならば万が一もあるはずがない。
住人達の認識はこんなところで、事実それは間違いではなかった。
彼らは思う。今回も里長が出て、それで終わりだ。
子供たちは里長の新たな武勇伝の誕生を無邪気に喜び、女たちは祝宴の段取りを話し合い、男たちは2頭の飛竜の死骸をどうやって里まで運び入れるか、そしてそれから得られる素材をどう処理するかを相談する。
里を覆う空気に緊張感は漂えど悲壮感や焦燥感はなく、飛竜の襲来ですら日常の一端、味気ない日々の生活に彩を与える一種のイベントという様相。
それほどに住人たちは里長を信頼していて、そしてそれは里長という狩人の絶対的な実力と実績によるものである。
そして見事に事が成され、里に英雄が凱旋するとき。
住人達はギルドが優れた狩人に与える称号にあやかって彼をこう呼び称えるのだ。
【モンスターハンター】と。
★ ☆ ★
口腔内に赤熱した火の粉が燻る。
怒りに血走った瞳は瞳孔が開き、憎悪の感情がありありと見て取れた。
激情に駆られて咆哮するのは空の王者と称される火竜リオレウス。
いずれ生まれる幼竜のため、近隣に生息する草食竜を狩りに出かけた火竜が寝床に戻ると彼にとって信じられない光景が広がっていた。
寝床はあちらこちらが削られ崩され、片割れたる雌火竜が守護していたはずの卵は無残にも割られている。そして、何より彼の激情を掻き立てたのは、かつては随一の美しさを誇った深緑の鱗を無残にも刻まれ、最大の武器たる尾を断ち切られて倒れる雌火竜リオレイアの姿4であった。
その命はすでに潰えている。
その姿に陸の女王たる威容はすでになく、蹂躙の限りを尽くされた肢体はあまりにも惨い有様。
リオレウスは下手人が何者か想像するまでもなく理解していた。
人族どもの仕業である。
それなりに永い時を生きる中で、何度も相対した。
同胞を狩り、その血肉を纏う気狂いども。
振るう牙や爪ですら他者から奪い取ったものだ。
他の竜や獣共はそんなことはしない。
奴らは殺した者を弄ぶ。
怒りと殺意に身を焦がし、空の王者は飛翔した。
憎き敵を焼き尽くすために。番を殺された憎しみを晴らすために。
そして、彼の視界を閃光が覆った。
第一話 了 第二話へ続く
大陸の東の何処か。
大都市ドンドルマから大きく離れ、ハンターズ・ギルドが管轄しない辺境に存在する集落はかつて勇名を馳せた狩人(ハンター)であった里長(さとおさ)が近辺を縄張りとしていたモンスター達を悉く退け、その生息域を奪うことで拓かれた。
村とも呼べぬ規模の、せいぜいが隠れ里を自称する程度の集落である。
当然、縄張りを奪い返さんとするモンスターの襲撃や他所から流れてきた個体による里の領域への侵入などそれなりの頻度で起こる。
そのたびに里長は武器を取り、そして脅威を退けてきた。
故に其処に住む者達も荒事には慣れていて、新たな脅威の出現にも楽観はせずとも自らの生活が脅かされることはないと考えていた。
なぜなら我等には里長がいる。
若かりし頃には単独で古龍ですら屠った彼の英雄ならば、珍しくもない飛竜種など物の数ではあるまい。
確かに空の王者と陸の王女の組み合わせは非常に危険で、下手な腕と経験しか持たないようなビギナーならば半刻と持たずに火達磨になるか毒の海に沈むことになるだろう。
しかしある程度の経験と知識を得て、装備を整え、自信と実績を積み上げてきた中堅どころの狩人ならば、よほど油断しない限りは危なげなく狩れる程度の相手である。ましてや里長ならば万が一もあるはずがない。
住人達の認識はこんなところで、事実それは間違いではなかった。
彼らは思う。今回も里長が出て、それで終わりだ。
子供たちは里長の新たな武勇伝の誕生を無邪気に喜び、女たちは祝宴の段取りを話し合い、男たちは2頭の飛竜の死骸をどうやって里まで運び入れるか、そしてそれから得られる素材をどう処理するかを相談する。
里を覆う空気に緊張感は漂えど悲壮感や焦燥感はなく、飛竜の襲来ですら日常の一端、味気ない日々の生活に彩を与える一種のイベントという様相。
それほどに住人たちは里長を信頼していて、そしてそれは里長という狩人の絶対的な実力と実績によるものである。
そして見事に事が成され、里に英雄が凱旋するとき。
住人達はギルドが優れた狩人に与える称号にあやかって彼をこう呼び称えるのだ。
【モンスターハンター】と。
★ ☆ ★
口腔内に赤熱した火の粉が燻る。
怒りに血走った瞳は瞳孔が開き、憎悪の感情がありありと見て取れた。
激情に駆られて咆哮するのは空の王者と称される火竜リオレウス。
いずれ生まれる幼竜のため、近隣に生息する草食竜を狩りに出かけた火竜が寝床に戻ると彼にとって信じられない光景が広がっていた。
寝床はあちらこちらが削られ崩され、片割れたる雌火竜が守護していたはずの卵は無残にも割られている。そして、何より彼の激情を掻き立てたのは、かつては随一の美しさを誇った深緑の鱗を無残にも刻まれ、最大の武器たる尾を断ち切られて倒れる雌火竜リオレイアの姿4であった。
その命はすでに潰えている。
その姿に陸の女王たる威容はすでになく、蹂躙の限りを尽くされた肢体はあまりにも惨い有様。
リオレウスは下手人が何者か想像するまでもなく理解していた。
人族どもの仕業である。
それなりに永い時を生きる中で、何度も相対した。
同胞を狩り、その血肉を纏う気狂いども。
振るう牙や爪ですら他者から奪い取ったものだ。
他の竜や獣共はそんなことはしない。
奴らは殺した者を弄ぶ。
怒りと殺意に身を焦がし、空の王者は飛翔した。
憎き敵を焼き尽くすために。番を殺された憎しみを晴らすために。
そして、彼の視界を閃光が覆った。
第一話 了 第二話へ続く
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