第八十三話 怪盗猫の冒険その四
ゴウトと名乗ったセンザンコウ……に取り憑いている人物は……いや、人物かもモルガナには分からなかったが。何か言葉をブツブツと発し始めていた。
『……それって、呪文ってヤツか?』
『……そうだ。集中力が要るんだ。黙っていてくれるか?』
『悪かった。黙っているから、やってくれ』
『素直でいい黒猫だ。オレのような、得体の知れないモノを信じるとはな』
『他に手はない。我が輩はな、あの可愛そうな女の子を救ってやりたいんだ。正直、お前を完全に信じてもいいのかは、分からないが……でも、我が輩は、情報を手に入れたいんだ』
『……そうか』
ゴウトは呪文を再開する……義理堅い黒猫もいたものだと、ゴウトは術を練り上げて行きながらも考えていた。
猫とはもっと自由な動物である、義務に囚われて生きるような動物ではないが……このモルガナとかいう年若い悪魔は……どうやら相当に変わった運命に操られているらしい。
……長生きはしてみるものだ。
ゴウトは崩れかけの体でそんなことを思いながら、魔術を口にする……モルガナの耳には単語として聞き取ることの出来ない、不思議な発音たちであったが、魔術が始まったことは分かる。
校長室の床に、白い光りを放つ魔方陣が広がっていく……モルガナは足下に近づいてくるそれから、逃れることはない。ゴウトを信じている……いや、正確には、ゴウトから流れて来る、どこか蓮にも似た気配のことを信じていた。
光に包まれていく。
白い光りの粒子たちが、逆再生する桜吹雪みたいに舞い上がっていく。温かな光だった……まるで、命を宿しているような光……?
ゴウトの声が、耳ではなく、モルガナの頭のなかに響いて来た。
『―――いいか、モルガナよ、意識をハッキリと保つことに集中しろ』
『お、おう。なんだか、心地よいな、この光……眠たくなっちまうぞ』
『眠れば、お前は見たいモノを見れなくなる。この土地の因縁についてな……この光は、天使が与えた祝福の光』
『……天使、だと?』
『……邪険にするな。おそらく、お前は誤解をしている。お前が敵意を向けるべき存在は天使ではない……天使を騙っている存在だ』
『天使のフリをしているってことか……そうか。そうだな、そっちの方が、納得が行く』
『この土地には悪神がいる……それを封じるために、信仰と……信仰が呼んだ天使ミカエルの力を、我々は利用したのだ……』
『天使の力を、利用…………くっ。なんだ……眠くなってくるというか……意識が、消えて行くようだ……ッ』
『もう少しだけでいいんだ。耐えろ』
『……ああ……っ』
『見えてくるはずだぞ。見えないか、モルガナよ……?』
『……ん……そうだな…………校舎が、見える……古い、木造の校舎…………それに……黒猫だ……我が輩に似てる……?』
『フフフ。たしかに、似ているかもしれない。使い魔か、モルガナ。お前も主がいる……』
『主か……そうだな。我が輩は、イゴールに作られたんだ。でも、今は……そうじゃない。自分の意志で、蓮のそばにいることを選んだんだ』
『罪過の拘束からは、遠い存在でもあるか……オレとは、あまり似ていないのかもしれないが……黒猫っぽい存在同士だ、上手く合わせろよ……オレの言葉を、繰り返せ』
『……ああ……言ってくれよ、ゴウト』
『……行くぞ?……我は汝、汝は我……』
……っ?
その言葉は……ペルソナ?……心のなかに疑問の波が押し寄せるが、モルガナは首を振る。余計なことを考えている場合ではない。この温か過ぎる光に包まれていると、あまりにも心地よくなって、眠ってしまいそうになるのだから……。
余計なことに気を取られている余裕はないのだ。吉永比奈子のために、我が輩は……知るべきことを知るんだ!!
『我は汝、汝は我!!』
『我が瞳に、宿り……過ぎ去りし時に、邂逅するがいい、稀なる客、モルガナよ!!』
白い光が輝いて……モルガナは、自分がどこか遠くに吹き飛ばされていくような感覚に支配される。世界の果てまで飛ばされるような……あるいは、地の底目掛けて、何百メートルも落っこちていくような。もしかすると、それらが融け合うように混じったような感覚に近しいかもしれない。
落ちていきながら、飛び。天地をくるくると逆転するように回転しながら、左にも右にも回っていく。それなのに、不思議と目が回ってしまうことはない……白い光が、視界の全てを押し潰すように輝き……まるで、大きな白い翼にでも抱かれているように、フワフワとしたやさしい光に……モルガナは包まれている。
……コレが、天使の力かもしれない。
ニセモノの天使サマとやらじゃなくて、本当の天使の力……悪しきモノを封じるために、この聖なる信仰の土地に宿った力……だとすると、お願いだ、天使。かわいそうな女の子がいるんだ。救うべき子供だ。だから……慈悲深くて、やさしくて、大きな力を持っているのなら……我が輩に、どうすれば良いかを教えてくれ――――――。
―――モルガナの答えに、白い光は弾けることで答えてくれる。光の奔流のなかで、モルガナは、落っこちていくべき場所を見つけていた。
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