四十章 母との出会い
タリアは一歩下がり、それからクラウディアの斜め前に移動する。
するとクラウディアの視界は一気に広がり、ボートからこちらの船にのぼり移動してくる人の姿が見える。
タリアが単独で戻ってくるはずがない。
だとするなら、タリアの後を追うように姿を見せた細身の女性……金色の髪、どこか幼さが残るのだけど懐かしい感じがする、その人こそが会わせたい人なのだろう。
「マリアンヌ様……」
タリアがその女性の名を口にする。
それはとても親しみがあり、そして尊敬にも値するような雰囲気。
タリアがそこまでする人物はそれほど多くはないだろう。
話でしか聞いたことのない母、こちらに歩み寄ってくる人こそが、もしかしたら生きているかもしれないと言われていた母に違いない。
「タリア、彼女が?」
母かもしれない女性がクラウディアを見ながらタリアに問う。
彼女もまた、別れた娘の生存、そして近くまで来ていることを聞かされていたのだろう。
互いにざっくりと話はされているのならもう間違いない。
互いにあれは「娘」あれは「母」と意識する。
それでもそれ以上に進めないのは、お互い、いや、マリアンヌの方にできない理由が潜んでいるからである。
「さようでございます、マリアンヌ様。この方がリリシア様ですわ。今はクラウディア様と名乗られております」
「……そう、クラウディアというの」
母である女性の声はさえずるような声色でとても清らかだった。
「マリアンヌ様?」
「ごめんなさい、タリア。わたくしは……」
「マリアンヌ様がお気にされていることはだいたい察しがつきますわ。ですが、リリシア様を守るためにしたことですわ。それはリリシア様もご理解されていますわ。ね?」
マリアンヌを気遣っていたタリアの視線がクラウディアを見、そして同意を求めてくる。
たしかに、仕方がなかったことだと理解しているし、母を恨んだことなどない。
であれば、自分から手をさしのべればいいのではないだろうか。
わかっていてもなぜかできない。
そんなふたりの様子をじれったそうに見ているふたりの人物がいた。
ひとりはダジュール、もうひとりは真の帝王ルモンドだった。
ルモンドの存在に気づいた者たちが次第に増えていくと歓喜に近いざわつきが疑心に満ちたざわつきへと変わっていく。
その空気に気づかないクラウディアでない。
「その方は信用して大丈夫だと思います」
母であるマリアンヌを通り越しルモンドを見ながら言う。
「大丈夫ってクラウディア様。こいつはカーラの帝王、カルミラを裏切った国の帝王です!」
二十年前、もう子供という歳ではなかった者には、その記憶は今も鮮明に残っているのだろう。
またそれよりも上の年齢になれば属国の王の顔を覚えていても不思議ではない。
「たしかに、そうかもしれません。けれど、わたしたちが受けた事実だけがすべてではないと思うのです。だって、属国を予告もなく攻撃して滅亡させるなんて、非のない国に対してするでしょうか」
「じゃあ、クラウディア様はカルミラに非があったっていいたいのですか!」
どのような状況でも、王族を愚弄するということは、死罪になっても文句は言えない。
この場にはカルミラ国の王妃がいる。
そして王妃の護衛をしていたタリアがいる。
王妃が嫁ぐときに連れてきた護衛のケイモスもいる。
三人がクラウディアに対する非礼を指摘すれば、発言者は罪人となってしまうかもしれない。
その危険をおかしてまで主張した、それぼとの恨みがあるということだ。
「余への恨みがあることはわかった、が、それを娘に向けるのは筋違いであろう。意見があるならば余に言えばよい。とはいえ、余はもうただの男で権限など持ち合わせてはおらぬがな」
なんと、クラウディアを守ったのはルモンドだった。
この場合、ダジュールが妻をレイバラルの王妃を侮辱するなと怒るのが道理だろうが、それをしてしまってはダジュールの目的に協力をしてもらえないかもしれない。
だから口を挟まなかったというわけではないが、結果的にルモンドの方が早く動いた結果、こういう流れになってしまった。
落ち着いて考えれば一番穏便にクラウディアを助けられる方法であったのだと気づく。
恨みはその本人に向けろとルモンドは言ったが、だからといってカーラ帝国の帝王に直接文句を言える者がいるだろうか。
「……っう」
「なんだ、言わぬのか? そうか、では余はこれで失礼するとしようか」
そう言って再び海に戻ろうとする。
駆け寄って服の裾を掴んだのはクラウディアだった。
「なんだ、娘。そなたの目的は余ではないであろう? やっと母と再会できたのだ、その手は母を抱きしめるためのものだ。余を引き留めるものではない」
「わかってる。でも、あなたが去ろうとするから。どこに行くの? カーラ帝国には戻れないのに」
カーラ帝国には戻れない。
クラウディアの言葉に事情を知らない者たちはどよめき始めた。
「リリシア様、それはどういうことでしょうか」
船員はクラウディアと呼ぶ者もいればリリシアと呼ぶ者もいる。
歳が上の者ほどリリシアと呼び、若い人ほどクラウディアと呼ぶ。
それだけ王室に対する敬意の違い、また二十年前の記憶の鮮明さで呼び方が違っていた。
「リリシア様。我々は知る権利があると主張致します。リリシア様がお話難いのであれば……」
そのように言った者の視線がタリアへと注がれる。
「わしの記憶が正しければ、お主はマリアンヌ様の護衛をしていた者だな。タリアという軍人が側近でいたはずだ」
「はい、たしかにその通りでございます。わたくしのことをご存じとは、軍関係か王室関係か……でしょうか?」
「わかかりし頃、新人軍人の教育係りをしていたことがあるくらいだが、それでも教育の一環としてある程度の者は自国の王室のことを教わる」
「……そうでしたわね。では、わたくしがすべてをお話すればよいのでしょうか?」
「できるのならな」
「そうですね。できるかできないかでいえば、できませんわ」
「……なに?」
「残念なことに、実はわたくしも本当のところはわからないのですわ。ご存じなのは、ルモンド様かマリアンヌ様ではないでしょうか」
タリアの視線がルモンドとマリアンヌを交互にみた。
するとクラウディアの視界は一気に広がり、ボートからこちらの船にのぼり移動してくる人の姿が見える。
タリアが単独で戻ってくるはずがない。
だとするなら、タリアの後を追うように姿を見せた細身の女性……金色の髪、どこか幼さが残るのだけど懐かしい感じがする、その人こそが会わせたい人なのだろう。
「マリアンヌ様……」
タリアがその女性の名を口にする。
それはとても親しみがあり、そして尊敬にも値するような雰囲気。
タリアがそこまでする人物はそれほど多くはないだろう。
話でしか聞いたことのない母、こちらに歩み寄ってくる人こそが、もしかしたら生きているかもしれないと言われていた母に違いない。
「タリア、彼女が?」
母かもしれない女性がクラウディアを見ながらタリアに問う。
彼女もまた、別れた娘の生存、そして近くまで来ていることを聞かされていたのだろう。
互いにざっくりと話はされているのならもう間違いない。
互いにあれは「娘」あれは「母」と意識する。
それでもそれ以上に進めないのは、お互い、いや、マリアンヌの方にできない理由が潜んでいるからである。
「さようでございます、マリアンヌ様。この方がリリシア様ですわ。今はクラウディア様と名乗られております」
「……そう、クラウディアというの」
母である女性の声はさえずるような声色でとても清らかだった。
「マリアンヌ様?」
「ごめんなさい、タリア。わたくしは……」
「マリアンヌ様がお気にされていることはだいたい察しがつきますわ。ですが、リリシア様を守るためにしたことですわ。それはリリシア様もご理解されていますわ。ね?」
マリアンヌを気遣っていたタリアの視線がクラウディアを見、そして同意を求めてくる。
たしかに、仕方がなかったことだと理解しているし、母を恨んだことなどない。
であれば、自分から手をさしのべればいいのではないだろうか。
わかっていてもなぜかできない。
そんなふたりの様子をじれったそうに見ているふたりの人物がいた。
ひとりはダジュール、もうひとりは真の帝王ルモンドだった。
ルモンドの存在に気づいた者たちが次第に増えていくと歓喜に近いざわつきが疑心に満ちたざわつきへと変わっていく。
その空気に気づかないクラウディアでない。
「その方は信用して大丈夫だと思います」
母であるマリアンヌを通り越しルモンドを見ながら言う。
「大丈夫ってクラウディア様。こいつはカーラの帝王、カルミラを裏切った国の帝王です!」
二十年前、もう子供という歳ではなかった者には、その記憶は今も鮮明に残っているのだろう。
またそれよりも上の年齢になれば属国の王の顔を覚えていても不思議ではない。
「たしかに、そうかもしれません。けれど、わたしたちが受けた事実だけがすべてではないと思うのです。だって、属国を予告もなく攻撃して滅亡させるなんて、非のない国に対してするでしょうか」
「じゃあ、クラウディア様はカルミラに非があったっていいたいのですか!」
どのような状況でも、王族を愚弄するということは、死罪になっても文句は言えない。
この場にはカルミラ国の王妃がいる。
そして王妃の護衛をしていたタリアがいる。
王妃が嫁ぐときに連れてきた護衛のケイモスもいる。
三人がクラウディアに対する非礼を指摘すれば、発言者は罪人となってしまうかもしれない。
その危険をおかしてまで主張した、それぼとの恨みがあるということだ。
「余への恨みがあることはわかった、が、それを娘に向けるのは筋違いであろう。意見があるならば余に言えばよい。とはいえ、余はもうただの男で権限など持ち合わせてはおらぬがな」
なんと、クラウディアを守ったのはルモンドだった。
この場合、ダジュールが妻をレイバラルの王妃を侮辱するなと怒るのが道理だろうが、それをしてしまってはダジュールの目的に協力をしてもらえないかもしれない。
だから口を挟まなかったというわけではないが、結果的にルモンドの方が早く動いた結果、こういう流れになってしまった。
落ち着いて考えれば一番穏便にクラウディアを助けられる方法であったのだと気づく。
恨みはその本人に向けろとルモンドは言ったが、だからといってカーラ帝国の帝王に直接文句を言える者がいるだろうか。
「……っう」
「なんだ、言わぬのか? そうか、では余はこれで失礼するとしようか」
そう言って再び海に戻ろうとする。
駆け寄って服の裾を掴んだのはクラウディアだった。
「なんだ、娘。そなたの目的は余ではないであろう? やっと母と再会できたのだ、その手は母を抱きしめるためのものだ。余を引き留めるものではない」
「わかってる。でも、あなたが去ろうとするから。どこに行くの? カーラ帝国には戻れないのに」
カーラ帝国には戻れない。
クラウディアの言葉に事情を知らない者たちはどよめき始めた。
「リリシア様、それはどういうことでしょうか」
船員はクラウディアと呼ぶ者もいればリリシアと呼ぶ者もいる。
歳が上の者ほどリリシアと呼び、若い人ほどクラウディアと呼ぶ。
それだけ王室に対する敬意の違い、また二十年前の記憶の鮮明さで呼び方が違っていた。
「リリシア様。我々は知る権利があると主張致します。リリシア様がお話難いのであれば……」
そのように言った者の視線がタリアへと注がれる。
「わしの記憶が正しければ、お主はマリアンヌ様の護衛をしていた者だな。タリアという軍人が側近でいたはずだ」
「はい、たしかにその通りでございます。わたくしのことをご存じとは、軍関係か王室関係か……でしょうか?」
「わかかりし頃、新人軍人の教育係りをしていたことがあるくらいだが、それでも教育の一環としてある程度の者は自国の王室のことを教わる」
「……そうでしたわね。では、わたくしがすべてをお話すればよいのでしょうか?」
「できるのならな」
「そうですね。できるかできないかでいえば、できませんわ」
「……なに?」
「残念なことに、実はわたくしも本当のところはわからないのですわ。ご存じなのは、ルモンド様かマリアンヌ様ではないでしょうか」
タリアの視線がルモンドとマリアンヌを交互にみた。
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