第07話「希、あなたに託すよ」
雨が上がって翌日。
穂乃果たちは生徒会室で生徒会長の絢瀬絵里と副会長の東條希に部活申請の手続きの書類を提出しようとしていた。
「生徒会長! アイドル部の申請をお願いします!」
生徒会長は嫌そうな顔で穂乃果を見つめる。
「また? こんなの申請できるわけないじゃない」
あまりの嫌そうな態度に海未は憤りを感じた。
「何故ですか!? 部員は5人いるのに!」
生徒会長はため息を付いて言う。
「そういう問題じゃないのよ」
すると、副会長が横から入ってきて穂乃果たちに優しい声で話し始めた。
「実はな……。アイドル部って既にあるんや」
穂乃果たちは新しい情報に面食らった。アイドル部なんて今まで知らなかったからだ。
「えっ!?」
「活動が類似した部活なんて認められるわけないの。つまりあなた達の書類は通らない」
生徒会長はこれでチェックメイトだと言わんばかりの笑いを見せる。
しかし、次の瞬間その笑いがすっと消えた。
「――なんて結末にしたくなかったら、アイドル部に話をつけてくるんやで?」
副会長だ。余計なことを言い出した。
「ちょっと希!?」
会長は驚く。何を言っているんだと言わんばかりの焦りを見せる。
「ええやろ? えりち。問題ないはずや」
副会長はにやにやと笑っている。何を考えているのかよくわからない。
「分かりました! それなら話をつけてきます!」
笑顔になった穂乃果たちは生徒会室を後にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここは穂むら。
「吸い取れ〜バキュームのごとく〜♪」
昼間の俺は高坂家の家事担当だ。今は掃除機をかけている。
「竜くん宛に手紙が来てるわよ〜!」
突然穂乃果の母に呼ばれた。
「俺宛てに……誰だ?」
手紙を見てみる。宛名には俺の名前なんてどこにもなく、ただ「μ's マネージャー様」とだけ書いてあった。
「なんだぁ? これ」
不思議に思った俺は封筒を開封して、手紙の本文を確認してみる。
『本日14時に神田明神で待ってる』
「新手のラブレターか? んなことないと思うが……どうすっかなぁ」
なんだかよくわからないが、とりあえず俺は行くだけ行ってみることにした。
とりあえず、時間帯的にμ'sの練習には入れないので穂乃果に連絡だけ入れておく。
「穂乃果、今日ちょっと用事あるからそっち行けねぇわ……」
これで、準備完了だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここは夕方の神田明神。手紙の指示通り俺はやってきた。
「さてと……神田明神ってのはここか」
誰が俺を呼んだのか。それを確認しないことには始まらない。
数分待っていると背後から誰かやってきた。
「あなたが……μ'sのマネージャー?」
女の子だ。
「そうだけど……君は!」
俺は背後に現れた女の子に見覚えがある。
オレンジ色のショートヘアにスレンダーな身体、猫を思わせるような風貌。
「君は確かかよちんと一緒にいた……」
そうだ。かよちんと一緒にファーストライブに来てくれた子じゃないか。
なーんだμ'sのファンかぁなんて安堵していると女の子は苛立った声で叫んだ。
「気安くかよちんって口にするにゃっ!」
全部思い出したぞ。この子の名前は星空凛。かよちんの幼馴染で大親友。
凛ちゃんの話はかよちんからは何度か話を聞いている。
「あなたがかよちんをたぶらかしたんでしょ……許さないから!」
興奮した口調で凛ちゃんは話を続ける。
俺がかよちんをたぶらかした? なんの話だよ。
「いったいなんの話だよ……俺なんにも心当たりないんだけど」
俺はたぶらかすなんてそんな不穏なことはしない人間だ。
「あなたかよちんの男なんでしょ! かよちんを無理矢理アイドルにさせて何企んでるの!」
かよちんの男? 無理矢理アイドル?
完全に勘違いしている。問いただしてやれねば。
「無理矢理なんてあんまりだよ! あれはかよちんが望んだことだ!」
しかし、凛ちゃんは聞く耳を持たない。
「嘘だ! かよちんは周りに流されやすいんだ! だからあなたみたいな悪い男に騙されたんだ!」
「そんなことない! 本人に聞いてみろ!」
「聞いたってかよちんは答えてくれなかった! だからこうしてあなたをお灸をすえようと……!」
だめだ。何言っても理解してくれない。
どうすりゃいいんだ。練習中のかよちんでも呼び出すか?
っていうかお灸をすえるって何さ。俺なにかされちゃうわけ?
「え、ちょっと……それなんすか?」
凛ちゃんはなんだかよく分からない猫みたいなポーズを取ってシャーっと声を上げる。
威嚇のつもりなのか。
呆気にとられていると、凛は猛スピードで俺との距離を詰め目の前で強く手を合わせる。
「猫騙しにゃっ!」
唐突な出来事に俺はよろめいてしまう。
その瞬間、何かで叩かれたような感覚が頭を駆け巡り、意識が遠のいた。
「やったにゃ~! 大成功にゃ!」
薄れゆく意識の中、俺は凛ちゃんともう一人誰かいるのを見ていた。
そのもう一人は黒髪で背丈の低い人。女の子だろうか。
その人は手に重そうなカバンを持っている。俺はあれで殴られたんだろうな。
「もうμ'sのマネージャーなんて辞めなさい!」
もう一人の誰かがそう言葉を放ち、二人共その場から立ち去った。
それからの数時間の記憶はない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
目を覚ました時、俺は神田明神にいた。ただ、さっき凛ちゃんと口論になった境内ではなく建物の中。
寝込んでいた俺の隣には巫女さんがいた。紫色の長い髪が特徴だ。
「随分派手にやられたみたいやね?」
「えぇ、まぁ……。お騒がせしてすいません」
俺は謝ると巫女さんはどことなく違和感のある関西弁で言葉を返す。
「いや、ええんよ。それより……」
「それより?」
巫女さんは俺の手をギュッと握った。ちょっとドキッとする。
何をするつもりなんだ。
「自分の信念のままに、仲間とともに突き進むんやで。どんなに辛いことがあっても……」
そんな格言じみたことを巫女さんは言う。
「分かってますよ。俺はこれくらいで諦める男じゃありません」
「そう……ならええんや。それより、さっきの子にはくれぐれも気をつけてよ?」
巫女さんはそう俺に注意を促す。
「あの人のこと、知ってるんですか?」
「まぁね。ウチも音ノ木坂の生徒やから」
「はぁ……なるほど」
巫女さんは説明口調で語り始めた。
「さっきあなたを殴った子は矢澤にこ。かつてスクールアイドルだった……いわゆるμ'sの先輩やね」
「先輩……?」
スクールアイドルってμ's以外にいたのか。そんな人がどうして……。
「その矢澤さんって人はなんで俺を目の敵に?」
「別にあなたが嫌われてるわけじゃない。μ'sが嫌われてるんや」
巫女さんははっきりと言う。正直ショックだ。
「それはやっぱり……かつてスクールアイドルだったから?」
でも分からないでもない。
俺が知らないってことは今は活動していないアイドルということだろう。
もし仮に何かの理由で挫折せざるを得なかったのだとしたら、逆恨みも理解できる。こっちからしてみればいい迷惑なのだが。
「そういうことになるね。でもそれ以上に認めたくないんよ。……何も出来ないまま今を生きる自分を」
「……何も、出来ないまま」
「今、μ'sは否が応でもアイドル研究部やあの1年生の子、そして生徒会長と戦わなければならない。だからその時にあの子達に伝えてほしいんや」
「何を……?」
「変わる勇気を……な」
変わる勇気。真姫ちゃんやかよちんがそうだったように、みんな変わらなければならない。なりたい自分に。
なぜ俺がそれを伝えなければならないのかは分からない。でも、巫女さんが言うんだ。多分俺の役目なんだろう。マネージャーとしての、俺の役目。
「……分かりました。ところで、あなたの名前は?」
「ウチか? ウチは東條希。音ノ木坂の副会長や」
驚いた。この巫女さんは副会長だったのだ。ということは生徒会長の差し金……なわけないよな。
「生徒会の人間が何故μ'sに協力を?」
「だって……可能性感じたんやもん」
「可能性?」
どういうわけだ。抽象的すぎて分からん。
「ウチが未だかつて見たことのないほどの光、そして希望に満ち溢れた姿。ああいうの見てるとついつい手を出したくなるんよ。救いという名の手を」
希さんはそう熱く語る。
でもその気持ち、分からないでもない。
俺も穂乃果達を見ていて頑張れって応援したくなる。多分希さんが言ってるのはそういうことなのだろう。
「というわけで、これからよろしくな? 琴奈竜くん?」
希さんは握った手に力を加える。
「あの……希さん?」
俺は顔が熱くなる。多分こんなに美人な人に手を握られてるのが嬉しくてたまらないんだろう。
なんか穂乃果に申し訳ない気分になる。
そんな様子を察したのか希さんはニヤリと笑った。
「なーに想像してるん?」
俺はうつむいた。
穂乃果たちは生徒会室で生徒会長の絢瀬絵里と副会長の東條希に部活申請の手続きの書類を提出しようとしていた。
「生徒会長! アイドル部の申請をお願いします!」
生徒会長は嫌そうな顔で穂乃果を見つめる。
「また? こんなの申請できるわけないじゃない」
あまりの嫌そうな態度に海未は憤りを感じた。
「何故ですか!? 部員は5人いるのに!」
生徒会長はため息を付いて言う。
「そういう問題じゃないのよ」
すると、副会長が横から入ってきて穂乃果たちに優しい声で話し始めた。
「実はな……。アイドル部って既にあるんや」
穂乃果たちは新しい情報に面食らった。アイドル部なんて今まで知らなかったからだ。
「えっ!?」
「活動が類似した部活なんて認められるわけないの。つまりあなた達の書類は通らない」
生徒会長はこれでチェックメイトだと言わんばかりの笑いを見せる。
しかし、次の瞬間その笑いがすっと消えた。
「――なんて結末にしたくなかったら、アイドル部に話をつけてくるんやで?」
副会長だ。余計なことを言い出した。
「ちょっと希!?」
会長は驚く。何を言っているんだと言わんばかりの焦りを見せる。
「ええやろ? えりち。問題ないはずや」
副会長はにやにやと笑っている。何を考えているのかよくわからない。
「分かりました! それなら話をつけてきます!」
笑顔になった穂乃果たちは生徒会室を後にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここは穂むら。
「吸い取れ〜バキュームのごとく〜♪」
昼間の俺は高坂家の家事担当だ。今は掃除機をかけている。
「竜くん宛に手紙が来てるわよ〜!」
突然穂乃果の母に呼ばれた。
「俺宛てに……誰だ?」
手紙を見てみる。宛名には俺の名前なんてどこにもなく、ただ「μ's マネージャー様」とだけ書いてあった。
「なんだぁ? これ」
不思議に思った俺は封筒を開封して、手紙の本文を確認してみる。
『本日14時に神田明神で待ってる』
「新手のラブレターか? んなことないと思うが……どうすっかなぁ」
なんだかよくわからないが、とりあえず俺は行くだけ行ってみることにした。
とりあえず、時間帯的にμ'sの練習には入れないので穂乃果に連絡だけ入れておく。
「穂乃果、今日ちょっと用事あるからそっち行けねぇわ……」
これで、準備完了だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここは夕方の神田明神。手紙の指示通り俺はやってきた。
「さてと……神田明神ってのはここか」
誰が俺を呼んだのか。それを確認しないことには始まらない。
数分待っていると背後から誰かやってきた。
「あなたが……μ'sのマネージャー?」
女の子だ。
「そうだけど……君は!」
俺は背後に現れた女の子に見覚えがある。
オレンジ色のショートヘアにスレンダーな身体、猫を思わせるような風貌。
「君は確かかよちんと一緒にいた……」
そうだ。かよちんと一緒にファーストライブに来てくれた子じゃないか。
なーんだμ'sのファンかぁなんて安堵していると女の子は苛立った声で叫んだ。
「気安くかよちんって口にするにゃっ!」
全部思い出したぞ。この子の名前は星空凛。かよちんの幼馴染で大親友。
凛ちゃんの話はかよちんからは何度か話を聞いている。
「あなたがかよちんをたぶらかしたんでしょ……許さないから!」
興奮した口調で凛ちゃんは話を続ける。
俺がかよちんをたぶらかした? なんの話だよ。
「いったいなんの話だよ……俺なんにも心当たりないんだけど」
俺はたぶらかすなんてそんな不穏なことはしない人間だ。
「あなたかよちんの男なんでしょ! かよちんを無理矢理アイドルにさせて何企んでるの!」
かよちんの男? 無理矢理アイドル?
完全に勘違いしている。問いただしてやれねば。
「無理矢理なんてあんまりだよ! あれはかよちんが望んだことだ!」
しかし、凛ちゃんは聞く耳を持たない。
「嘘だ! かよちんは周りに流されやすいんだ! だからあなたみたいな悪い男に騙されたんだ!」
「そんなことない! 本人に聞いてみろ!」
「聞いたってかよちんは答えてくれなかった! だからこうしてあなたをお灸をすえようと……!」
だめだ。何言っても理解してくれない。
どうすりゃいいんだ。練習中のかよちんでも呼び出すか?
っていうかお灸をすえるって何さ。俺なにかされちゃうわけ?
「え、ちょっと……それなんすか?」
凛ちゃんはなんだかよく分からない猫みたいなポーズを取ってシャーっと声を上げる。
威嚇のつもりなのか。
呆気にとられていると、凛は猛スピードで俺との距離を詰め目の前で強く手を合わせる。
「猫騙しにゃっ!」
唐突な出来事に俺はよろめいてしまう。
その瞬間、何かで叩かれたような感覚が頭を駆け巡り、意識が遠のいた。
「やったにゃ~! 大成功にゃ!」
薄れゆく意識の中、俺は凛ちゃんともう一人誰かいるのを見ていた。
そのもう一人は黒髪で背丈の低い人。女の子だろうか。
その人は手に重そうなカバンを持っている。俺はあれで殴られたんだろうな。
「もうμ'sのマネージャーなんて辞めなさい!」
もう一人の誰かがそう言葉を放ち、二人共その場から立ち去った。
それからの数時間の記憶はない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
目を覚ました時、俺は神田明神にいた。ただ、さっき凛ちゃんと口論になった境内ではなく建物の中。
寝込んでいた俺の隣には巫女さんがいた。紫色の長い髪が特徴だ。
「随分派手にやられたみたいやね?」
「えぇ、まぁ……。お騒がせしてすいません」
俺は謝ると巫女さんはどことなく違和感のある関西弁で言葉を返す。
「いや、ええんよ。それより……」
「それより?」
巫女さんは俺の手をギュッと握った。ちょっとドキッとする。
何をするつもりなんだ。
「自分の信念のままに、仲間とともに突き進むんやで。どんなに辛いことがあっても……」
そんな格言じみたことを巫女さんは言う。
「分かってますよ。俺はこれくらいで諦める男じゃありません」
「そう……ならええんや。それより、さっきの子にはくれぐれも気をつけてよ?」
巫女さんはそう俺に注意を促す。
「あの人のこと、知ってるんですか?」
「まぁね。ウチも音ノ木坂の生徒やから」
「はぁ……なるほど」
巫女さんは説明口調で語り始めた。
「さっきあなたを殴った子は矢澤にこ。かつてスクールアイドルだった……いわゆるμ'sの先輩やね」
「先輩……?」
スクールアイドルってμ's以外にいたのか。そんな人がどうして……。
「その矢澤さんって人はなんで俺を目の敵に?」
「別にあなたが嫌われてるわけじゃない。μ'sが嫌われてるんや」
巫女さんははっきりと言う。正直ショックだ。
「それはやっぱり……かつてスクールアイドルだったから?」
でも分からないでもない。
俺が知らないってことは今は活動していないアイドルということだろう。
もし仮に何かの理由で挫折せざるを得なかったのだとしたら、逆恨みも理解できる。こっちからしてみればいい迷惑なのだが。
「そういうことになるね。でもそれ以上に認めたくないんよ。……何も出来ないまま今を生きる自分を」
「……何も、出来ないまま」
「今、μ'sは否が応でもアイドル研究部やあの1年生の子、そして生徒会長と戦わなければならない。だからその時にあの子達に伝えてほしいんや」
「何を……?」
「変わる勇気を……な」
変わる勇気。真姫ちゃんやかよちんがそうだったように、みんな変わらなければならない。なりたい自分に。
なぜ俺がそれを伝えなければならないのかは分からない。でも、巫女さんが言うんだ。多分俺の役目なんだろう。マネージャーとしての、俺の役目。
「……分かりました。ところで、あなたの名前は?」
「ウチか? ウチは東條希。音ノ木坂の副会長や」
驚いた。この巫女さんは副会長だったのだ。ということは生徒会長の差し金……なわけないよな。
「生徒会の人間が何故μ'sに協力を?」
「だって……可能性感じたんやもん」
「可能性?」
どういうわけだ。抽象的すぎて分からん。
「ウチが未だかつて見たことのないほどの光、そして希望に満ち溢れた姿。ああいうの見てるとついつい手を出したくなるんよ。救いという名の手を」
希さんはそう熱く語る。
でもその気持ち、分からないでもない。
俺も穂乃果達を見ていて頑張れって応援したくなる。多分希さんが言ってるのはそういうことなのだろう。
「というわけで、これからよろしくな? 琴奈竜くん?」
希さんは握った手に力を加える。
「あの……希さん?」
俺は顔が熱くなる。多分こんなに美人な人に手を握られてるのが嬉しくてたまらないんだろう。
なんか穂乃果に申し訳ない気分になる。
そんな様子を察したのか希さんはニヤリと笑った。
「なーに想像してるん?」
俺はうつむいた。
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