第四十三話 常在戦場
……あの少女が七不思議の飛び降り自殺した少女……モナの予想が正しければ、自分はずいぶんと悲しげな幽霊に遭遇したのかもしれない。ジョーカーはそんなことを考えていた。
『と、とにかく。城ヶ崎のところに向かおう。真っ暗にはなってしまったが、怪盗の目をこらせば、薄らとだが見えるはずだ』
「……ああ。あそこに……右手にドアがある。さっきの子が入って来たドアだが……他には出口らしきものはない」
『よーし。行ってみようぜ……幽霊の入って来たドアを開けるってのは、ちょっと、気持ち悪いが……他に選択肢はないんだからな』
ジョーカーはうなずき、そのドアへと素早く移動する。
鍵はかかっていない。ドアをゆっくりと開き、シャドウがうろついていないかを探るのだ……シャドウはどこにもいないし、気配も足音も感じ取ることは出来なかった。安全だ。
「行こう」
『おう』
ジョーカーはモナを背後に引き連れたまま、その廃屋のように荒れた通路を進んでいく……暗くて細い道ではあるが、その先に光の強い場所を怪盗の瞳を見つけ出している。あそこが、出口なのだろうか?
本能的な選択だった。理性的な確信もなければ、ロジックもない―――あるのは光に誘われる安心感のみだ。それでも、情報を持たないジョーカーたちは、そこに進んでみるしかない。
刻々と時間は過ぎ去っているのだから。城ヶ崎シャーロットが飛び降りると『予告』された時間までは、45分しかない……焦る。
それまでに、この場所の屋上に行かなければ、あの子供の幽霊によって、城ヶ崎シャーロットはこのマンションから投げ捨てられるのかもしれない……。
……一年前は、シュージン学園の三階の校舎で、下がやわらかい芝生の敷かれた地面だったから、『彼女』は助かった―――しかし、このマンションの高さは、シュージン学園の比較ではない。それに……地面は、なんとも硬いアスファルトだ。
どう考えても、そんな条件下で投げ捨てられたら……絶対に死んでしまう。それだけは避けなくてはならない。
……敵が待っていたとしても、構わないさ。
そんなことはモナだって承知の上だ。
戦いに対しての覚悟をしている。
そうだ。邪悪なまでの力から、残酷で容赦のない運命からヒトを守ろうとするのならば……こちらが傷つくことを恐れていては、届かないことだってあるのだから。戦いになったとしても、それは仕方が無いことなのだ。
ジョーカーとモナはそれぞれの武器に手をかけたまま、強い光のあふれる場所に辿りつく。そこは……エントランス・ホールだった。
そして…………敵は、いない。
『……うむ。我が輩たちの戦いの音に、ここを警備していたヤツらは誘導されてしまったようだな。エレベーターがあるぞ。ちょっと怖い気もするが……使うか?』
「……そうだな。逃げ場がないが……あっさりと最上階まで行ける可能性はある」
『ああ。時間的には階段を使っても、通常なら十分に間に合うが……外から見た大きさと、内部の大きさが違っている。まともな空間じゃない。見た目よりも長いダンジョンになっているかもしれないな……』
「ならば、エレベーターを使うとしよう」
『うん。お前の判断に任せるぜ、ジョーカー。ここ一番の勝負勘や勝負運では、お前に敵うヤツなんていないんだからな』
「任せておけ。行くぞ、モナ」
『おう!!』
そのエレベーターの扉の前に、ジョーカーとモナは移動する。エレベーターを呼び出すために、『上』のボタンを怪盗の指が押していた。
二人は周囲に警戒心に鋭く尖った視線を向けながら、上階からエレベーターが降りてくるのを待つ……。
『……くそ。足音が近づいて来ていやがるなッ。出来ることなら、ムダな戦いをしたくはない。こっちは最低限の装備しか持っていないんだしな……っ』
たしかに。拳銃の弾丸も、あと16発といったトコロだ。乱射すれば、一瞬で撃ち尽くしてしまいかねない数だった。
……シャドウたちの足音が近づいてくる……それと同時に、エレベーターもゆっくりとだが降りて来ている気配がある……どちらが自分たちの前に現れるのが早いのだろうか?
競走になっていた。
心が焦ってしまうが……ジョーカーは静かな呼吸を用いて集中する。この時間を戦術を練ることに使うのだ。可能性を頭に広げていく。どんなことが起きえるのか?……自分に得なこと、自分に不利益なこと。戦場のルールを把握することに務める。
将棋を指す時のように、あきらめないことだ。圧倒的に不利な戦局であったとしても、活路というものは存在しているものだ。常に状況を変えうる可能性を頭に思い描くことで、その兆しに対して反射的に飛びつくことも出来るのだから……。
チーン!
『よし、エレベーターが先に来たぞ!』
「……まて、モナ」
『ん?』
エレベーターの扉が開く。その開かれた扉の奥にいたのは、大柄なシャドウだった。青い仮面をつけた闇色の巨漢は、ジョーカーとモナがいきなり目の前に現れたことで、驚いていた。
……この可能性をも考えていたジョーカーの体が、鋭く踊っていた。狭いエレベーター・ルームに飛び込みながら、動揺したままのシャドウの背後に回る。
そして、その巨体に跳び乗ると、怪盗の指に力を込めてシャドウの青色の仮面に引っかけるのだ。
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