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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第5話

「そうだったんですね」
 ちょっと気まずい沈黙。
「で、どうでした? そのマンガ」
「ああ――」
 おれは言葉をさがす。けれど、いくら考えてもうまいいい方が見つからない。
「なんていうかさ……うーん……鬼気迫るっていうの? なんていうか、すっげえ迫力があって、すっげえよな」
 チョー語彙のないおれ。
「はい。わたしもそう思います」
 そんなおれの微妙な感想を聞いても、きちんとうなずく少女。
「その作者さんのこと、わたしはよく知りません。けど、気持ちはちょっとわかる気がします。……その作者さんがまえがきに書いていたんですが、自分は小さい頃からずっとマンガ家を目指していた。すごいネームも考えていた。それを形にしたい。でももう出版社も本屋もすべて終わった。だからこの場で発表する、と。……きっとその方は四六時中マンガを描いていると思います。死ぬまでの残りわずかな時間、すべてを使って」
「……なるほどなあ。確かにそういう人、おれも見かけたな。駅前をぶらついたときにインタビューを受けたよ。女のカメラマンでさ。フリーなんだけど、ぜんぜん売れないって。そもそも、もうテレビは再放送や再々放送や再編集ばっかで、ほとんど機能してないって。でも、だからこそ自分は撮るんだって。……きみのいいたいことって、そういう人たちのことだろ?」
「はい。……他にも、わたしのお友達の女の子は、太るのを気にしてずっとひかえめにしていたケーキやアイスを朝から晩まで思うぞんぶん食べているそうです。寝る前に食べると太るっていうから我慢していたそうですけど」
「……そういう〝目的〟や〝目標〟があるのか、ってことか?」
「はい。……お兄さんにはありますか? わたし、じつは、この子」
 彼女は、ぬいぐるみのようにおとなしくしてずっと吠えもしなかった犬を抱きあげる。
 ああ、そういやそれ犬だった。ぬいぐるみじゃねえよ。と内心自分のうかつさに驚く。
「この子と最後の期間を過ごしたい。それが願いなんです」
「犬と?」
「はい」
 …………まあ、不思議……ではないかなあ。恋人と過ごす、友人と過ごす、家族と過ごす、などはわりとポピュラー。最後の期間を愛する誰かと過ごしたいと思うのは当然の欲求だ。相手が犬ってのもなくはないか。
 けど。
 最愛。
 最後の期間を過ごす愛する相手ってことは、この小学生の少女にとって、犬こそが最愛ってことなんじゃないか?
 それは、…………うまくいえないけど、ひどく悲しいことのように思えた。
「母親の話で地雷を踏んでおいて、またこういうことを聞くのもなんだけど、お父さんやご兄弟はいるの?」
「兄弟はいません。父はいます」
「ああ。お父さんはいるのか……」
 おれはほっとした。
 と同時に、犬よりも大切にされてない父親ってなに? とちょっとツッコミたくなる。
 もし自分の娘が愛犬だけ連れて最後のときを過ごそうとしたら、おれが父親ならかなり深いショックを受けるだろうなあ。
「なあ。……お父さんがいるなら……」
「……いやです」
 きっぱりと少女。キッパリ少女と名づけたい。
「なんていおうとしたか、わかるの?」
「パパのもとに帰れとかでしょう?」
「まあ、ありていにいえば」
「パパは、このテツを捨てろといいます」
「捨てろ?」
 おれは疑問に思う。
 捨てる? どうして? エサ代? いや、もうエサ代なんて気にする必要はない。だとするとなんだろう? 焼きもちとか? うーん……。
「パパが強引にマナからテツを取りあげて捨てようとしたので、隙を見て逃げだしました」
「なるほど」
 テツとマナ、愛の逃避行、といったところだろうか。
 しかし、なぜ捨てさせようとするのかわからない。
「……なあ、どうしてお父さんは、その犬を捨てさせたがったんだ?」
「……逃げるのに邪魔だからです」
 少女が抱えられる程度の犬が邪魔? 意味がわからない。犬用のケージにでも入れておけばいいだろうに。ぶっちゃけランドセルの中にさえ収まりそうなほどだ。
 いや。そもそも逃げるったって、せいぜい海外だろう。アメリカ? ブラジル? ヨーロッパ? 少なくとも飛行機に乗れるだけの金と権力があるなら、犬一匹くらいどうとでもなりそうだ。
 だが、少女の顔にはかたくなな様子がうかがえる。聞くのは得策ではなさそうだ。
「わたしの望みはいいました。では、お兄さんの望みはなんですか? わたし、このテツといっしょに終末をすごせるなら、それでいい。他はどうでもいいです。もしお兄さんがなにかしたいこと、たとえば巨大な壁画を描きあげたいとか、お酒をたくさん飲みたいというのなら、それにつきあいます。もちろんお酒は頂きませんが、いっしょにいます」
 しばらく考えてみたが、やはりおれの答えは決まっていた。
「おれの目標はないよ」
「……ない、ですか?」
 自分の耳が信じられないというように、もう一度聞き返してくる。
「本当に、目標とか目的とか、したいこととか、やりたいこととか、ないんですか?」
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